一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第859話 「日本三大ラーメン3」
一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第859話 「日本三大ラーメン3」 日本のラーメンと中国の麺料理を比較して気がつくことの一つに、日本ではラーメンの麺を製麺機を使って作ることが一般化していることがあるのですが、これは、明治以降に日本人が本格的にラーメンを作るようになった頃には既に製麺機が存在していたことが大きかったりします。 何を当たり前のことを?と考えてしまう人も珍しくないとは思いますが、たとえば、蕎麦や饂飩の場合、”手打ち”を看板にしている店は基本的に高級店というか値札がいささかお高いことになっていますし、素麺などだと”手延べ”が付くとありがたいものになるらしくこれまた高値になることが知られています。 今ひとつ意味不明なのが”自家製麺”と銘打っている場合で、そうした中に製麺機を使っている自家製麺が含まれていることは比較的知られた話になりますし、まあ確かに嘘はついていませんし客の側が勘違いしているだけといわれればそれまでですが、最大の問題は、下手糞が手打ちや手延べをして製麺したものより機械で製麺したものの方が品質が均一で味も良いことが珍しくないことかなと(笑)。 一時期、脱サラしたり早期退職したりして手打ち蕎麦の店を開業する人が増えた時期がありましたが、まあ、素人芸だけにピンきりで、早々に看板を下ろす店もあれば繁盛店になることもありと明暗が分かれる傾向が顕著にあり、なんだかな~と思わないでもありませんし、実はそのあたりを割り切っているのがラーメンの専門店といえなくもなかったりします。 たとえば、和食の板前や洋食のコックなどでオーナーシェフになれる程度の腕前になるまでには、一定の才能を有している上に、十数年程度の経験を積むことが前提としてあり、数ヶ月や1~2年といった学生アルバイトと大差の無い修行経験で開業して成功するというのは稀な事例といえますが、ラーメン店の場合は数ヶ月で開店して適当な薀蓄を語っているだけでそこそ繁盛店になることが珍しく無い稀有な業種だったりします。 つまり、麺に関しては業界で定評のある製麺所に発注すれば間違いが無く、トッピングに関してもチャーシューや煮卵といった定番はいくらでも業務用が購入できるわけですし、そういったトッピングを”売り”にする場合、往々にして肝心の麺やスープはインスタントラーメン並くらいになっている店が珍しくなかったりもします(いえほんとに)。 そのあたり、某・インスタントラーメン企業が自社の新ジャンルのインスタントラーメンを使ったラーメン店での一種のブラインドテストで客が気が付くかどうかを含めて実証試験をしたことがありましたが、結果的に”ラーメン専門店と遜色が無いかかえって旨い”といったあたりに落ち着いてしまい、かねがね思っていたことが実証されたのですが、現実問題、ラーメン一杯が800~1000円といった価格帯になると下手な定食屋のランチより高いだけに、”それだけの価値があるのか?”と考えないほうが嘘ではないかと(笑)。 ある意味で、ラーメンというのは立ち食い蕎麦と同じカテゴリーの食べ物だけに、やはり昼の大衆食堂の定食の価格が割高かどうかの一つの目安になると私は思いますが、その縛りの中で味を追求し工夫するから専門家で、そういった縛りを考えずに価格に転嫁するのならアマチュアと大差が無いのではなかろうか?ま、世の中には自分の舌を信じるのではなく値札を信じて価格が高いほど高級で旨いと信じる人が一定数いるのも確かな話ですが(笑)。 さて、中国の麺は大きく2つに分かれていて、一つは”拉麺”で、これは水とかん水などを加えて小麦粉をこねて団子状にし、それを両手で引き伸ばす作業を何度も繰り返して細い麺にしたもので、日本だと素麺の製麺工程に近いのですが、これに対して小麦粉をこねて団子状にするところまでは同じで、その後、麺棒を使って丸い板状に伸ばし包丁で細切りしていくのがチャーミエン”切麺”で、これは冷麦や饂飩の製麺工程に近いのですが、いずれにしても”チャーミエン”から”ラーメン”という言葉が生まれたというもっともな説があります。 まあ、日本の麺文化が大陸渡来であることを考えれば、ラーメンの製麺方法に、素麺方式と冷麦・饂飩方式の2つがあることに不思議は無いのですが、中国本来の”チャーミエン”の麺は手のばしによる麺でトップクラスの調理人が打つ麺ともなると素麺より細くなり、龍の髭とか絹の糸にたとえられることが稀ではないのですが、もちろんそういった製麺ができる人は極めて限られますし、1日に製造できる麺の量も限られるだけに付加価値が付くことになります。 その意味では、”その人にしか製麺できない麺で生産量が限られる”だから高値になるというわかりやすい話があるということで、製麺機で大量生産できる麺と大差が無いかかえって不味いのに”手打ちだから”というだけの理由で高値を払うほうがどうかしている習慣だと私なんぞは思うわけです ・・・ ハイテク日本では製麺機も下手な手打ちを越えているハイテク商品だけに。 ちなみに、日本で主流のラーメンは”柳麺”と書かれていることもあるのですが、日本では”切り麺”が最も一般的なラーメンの麺として定着し、高値のラーメン専門店でも麺が手打ちの”拉麺”という店は稀ですが、そのあたりの麺の評価を大半の日本人が気にしないか知らないが故にラーメン専門店の価格面での横暴が横行している気がしないでもありません。 では、日本のラーメンならではの進化がどこにあるのか?というと、これはスープにありということで、最初期の鶏がら醤油味のスープにしても、当時の南京蕎麦などと比べると明らかに脂(油)分が少なく、鰹節や昆布の出汁を加えて食べなれていた日本の蕎麦の汁に近づけているのですが、これは獣肉も食べなれている中国の食文化と、長らく魚や鳥類に”肉”の種類が限定されていた明治初期の日本の食文化の妥協点だったのではないかと。 かくして、ラーメンといえば東京の鶏がら醤油ラーメンから話が始まったわけですし、これを書いている時点でも醤油ラーメンは一定の勢力を有している定番ですから、日本3大ラーメンということになれば、東京醤油ラーメンが含まれなければ嘘ではないかと私は思います。 そんな醤油ラーメンしか無かった時代に最初の全国区化する変革が訪れたのが札幌味噌ラーメンの登場と普及で、味噌ベースの濃厚系のスープというハイカロリーを体が要求する北の地ならではの選択であり進化だったのではないかと思いますが、(私が知る範囲ではですが)外国人が好むラーメンの味のトップが意外と”(濃厚系の)味噌”で、豚骨や牛骨といった獣の骨エキス系でないあたりが興味深いところかなと。 ある意味で、江戸時代以前から中華料理の影響を受けていた九州北部で生まれ育ったと書いていいのが”とんこつ”系ですが、これは”におい”に好き嫌いが分かれたようで、ながらく北部九州の御当地ラーメンの座にとどまり、これを書いている時点でも、醤油や味噌ほど全国区か?と聞かれるとやや苦しいところがあるようです。 では、日本3大ラーメンの残る1つの座はどこになるのか?と聞かれれば、横浜タン麺(湯麺)が妥当ではないかと思いますし、言い方を変えれば、横浜塩ラーメンでもいいのかなと。 ただし、中華料理における湯麺(たんめん)が、本来はゆでた麺にスープを注ぎ入れたものを全般的に意味するのに対して、日本では醤油味のラーメンに対して、塩味のラーメンだけをタン麺と呼ぶ傾向があり、トッピングに(比較的ですが)調理した野菜が多いのが特徴となっているのですが、一説には、”醤油”、”味噌”とくれば後は”塩”ということになって開発されたという説もあります。 ある意味で、スープの見た目はパイタン系に近いのですが、パイタン系が日本だと”とんこつ”系に近いだけに、日本のタン麺はパイタン系と比べると淡白で文字通り”塩”を味わうところがあるのですが、実際、インスタントラーメン企業が出荷しているラーメンの売り上げから見ても、醤油、味噌、塩が御三家で、次点に”とんこつ”が加わる傾向があり、比較的”あっさり”目を好むのが日本人の一つの傾向かもしれません。 意外かもしれませんが、既に日本はインスタントラーメンを発明した国でありながら、国の単位だとインスタントラーメンの消費量では世界のトップの座から陥落して久しく、これを書いている時点だと3位あたりが定席になっていますが、2012年に世界の"即席めん"消費量に関しては1千億食を突破しています。 世界ラーメン協会が公表した2012年の即席めんの消費量によると、全世界で1,014億2,000万食(2011年987億4,000万食)で、初めて1,000億食を突破したそうですが、国/地域別に見ると、消費量トップは「中国/香港」の440億3,000万食。という人口や食の嗜好から考えても分かりやすい話になっています。 おそらく日本人が一番意外に感じるであろうことが、”2位”の”インドネシア(141億食)”ではないかと思いますが、実に3位の”日本(54億1,000万食)”の2倍を軽く越えて3倍近い消費量になっているのですが、これは、4位の”ベトナム(50億6,000万食)”や、5位の”インド(43億6,000万食)、6位の”アメリカ(43億4,000万食)”が日本の消費量と大差が無いことや、総人口の差などを考慮して考えるとインドネシアの国民食になりつつあるか、既になっていると考えていい水準ではないかと。 ベトナムやインドの消費量の増加も顕著な傾向ですが、7位以下を列記しておくと、7位”韓国(35億2,000万食)”、8位”タイ(29億6,000万食)”、9位”フィリピン(27億2,000万食)”、10位”ブラジル(23億2,000万食)”となっていて、ベトナムの”フォー”などを含めて麺料理が既に一般化しているアジア地域でスープの御当地化もすすめられながら即席めんが普及していくのは必然なのかもしれません。 常温で半年程度の保存が可能で、3分ほど茹でてスープを加えれば出来上がりで、目の玉が飛び出るほどの高額商品というわけでもない”即席めん”は、今後も各国、各地域でローカライズされながら消費が拡大していくと考えられますが、逆に言えば、国や地域によって味の好みがかなり異なるということで、たとえば、カップヌードルの中でなぜかフィリピンで”シーフードヌードル”が偏愛される傾向があることは比較的知られた話で、それに関して日本だと”醤油”が圧勝し続けて王座に君臨しているといった具合に、御当地の味が一番ということになりやすいのが和式ラーメンの一つの特徴でもあるのかもしれません。 初出:一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第859話 (2013/10/30)