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カテゴリ:制作現場
*ロケ4日目 10月14日(木) きょうはニューカレドニア本島の南に浮かぶ小島「イル・デ・パン」でのロケ。島で一泊できればよかったのだが、ホテルがすべて満室で日帰りを余儀なくされた。 ニューカレドニアでも最も美しいと言われる「イル・デ・パン」. 夕景や朝焼けの映像も欲しかったのだが、あきらめざるを得ない。 午前8時20分の便で島へ向かう。所要時間は25分。 かわいいプロペラ機に乗り込む。 定員40名は満席。 すぐに島影が見えてきた。 島に着いてまず訪ねたのは、左官の職人・S氏のお宅。左官と言っても、島では常に建築の仕事があるわけではない。S氏は生計の半分を左官の仕事で、残りの半分を漁業でまかなっている。巻き網などいろんな漁をするが、特に投網が得意なのだという。 前庭がパーッと広い、胸がすくような居住空間。庭木なのか、自然の林なのか、こんもりとした樹木。その下を心地よい海風が吹き抜 開放的なS氏宅。 庭の一角に立つ伝統的な家屋。 庭の林の向こうには昔ながらの家。納屋か物置などに使っているのかなと思いきや、S氏の息子(20代)の部屋だった。こうした建物は、夏は涼しく、冬(日本ほど冷え込まないとはいえ、ニューカレドニアにも冬はある)は温かいのだそうだ。 息子さんに部屋を見せてもらった泉谷さん、おみやげにと美しい巻貝をもらって大喜び。お孫さんへあげるのだそうだ。70年代フォーク界の暴れん坊も、今や孫を持つおじいちゃん。時の流れを感じるなぁ。お孫さんからは「じいじ」と呼ばれているとか。「じいじ・泉谷」・・・・・・・・なんとなく愛らしい。 S氏は、奥さんや息子さんたちと一緒に、カナックの伝統的な料理「ブーニャ」の作り方を披露してくれた。 まず、土の上にバナナの葉を十文字に敷く。そして、その上にヤムイモやカボチャ、バナナ、鶏肉などなど、いろんな食材を置いていく。 まずはマンゴーで枠を作る。 普通の人を相手にしたロケで大変なのは、やり直しがほとんどきかないこと。特に「ブーニャ」のような、普段はおめでたいときくらいにしか作らない大掛かりな料理は、「撮りそこなったからもう一度」というわけにはいかない。スタジオでやる料理番組のように、解説しながら段取りを踏んで進んでいくわけでもない。 その上、今回は泉谷さんというレポーターがいて、かつ、時間も限られている。カメラが複数あれば、1台は料理を、もう1台はレポーターをという風に撮り分けられるのだが、そんなぜいたくロケ、ローカル局ではめったにない。 今回もカメラマンは20代の若手、H君ひとり。なにを、どう撮るのか。彼のカンと感性が頼りだ。 調理現場を激撮するH君。がんばれ! ロケ現場のカメラマンが辛いのは、映像に集中できないことだ。何度も書いているが、今、音の専門家がロケに同行することはほとんどない。音の収録もカメラマンが責任を負わなくてはならないのである。 撮影前のカメラマンは目が回るように忙しい。映像の心配をする前に、まず、レポーターにワイヤレスのピンマイクを仕込み、音がきちんと録れる状態にしなければならない。イヤホンを耳に突っ込んで音の確認をしているところに、ディレクター氏の「音、準備できたか?!」という声が飛ぶ。 --いえ、まだです。すみません! と答えつつ、「くっそぉ、時間が欲しい」とぼやきつつも、素早く音をチェックし、カメラを肩にかついで、ようやく撮影開始となる。 S氏を撮るH君。耳にイヤホン。 撮影しながら、音もチェックする。どう考えてもこれはおかしい。カメラマンと音声マン(女性もいる)では、音に対する姿勢が違うはずだ。 カメラマンは映像が命、音は添え物。それで当然。音声マンは音に集中、どんな映像が切り取られているかは二の次。これも当然。 これはインタビューの取材テープを見ればすぐわかる。音声マンは、話し手の声のレベルを調整しつつ、収録していく。レベルが高すぎても低すぎても、聞き取りやすいインタビューにはならない。だから、話の内容よりは、音の質に神経をとがらせる。 カメラマンは違う。話の内容をきちんと聞いていなければ、いい映像は撮れない。漫然と聞き流していると、映像ものんべんだらり、締りのないものになってしまう。話が「ここぞ!」という箇所に差しかかる。カメラマンは、対象者の顔へグッと寄るなり、あえて動かずにいたり、瞬時の判断を迫られる。その繰り返しで生き生きとした映像が撮れるのだ。そのためには、カメラマンは音の質ではなく、その内容に没頭しなければならない。 カメラマンに音声マンの役割をも担わせることは、映像に対する集中力を欠かせることになる。音声は録れてはいるが、テレビから流れて聞き取りやすい音質は望めない。望むほうが間違っている。 テレビにとって音声はとても大切だ。音のない、映像だけではどうしようもない場合でも、音声さえあれば映像をあてはめることでストーリーを紡ぐことができる。そのかけがえのない音をおざなりにしている局の姿勢は、どうにも納得できない。経費節減のためという理由で済む話ではないと思うのだが・・・・・・。 S氏一家の「ブーニャ」作りは、終盤に差し掛かった。 仕上げはココナッツミルク。 食材をきれいに並べると、ココナッツミルクをたっぷり。そして食材をバナナの葉で袋状に包み、ヤシの葉でしばって準備完了。このヤシの葉のしばり方で、中になにが入っているのかわかるのだそうだ。 風呂敷包みのような形にできあがった食材はふたつ。それをそばで焼いていた石の上に置く。そして、どんどん土をかぶせて行く。あっと言う間に風呂敷包みは見えなくなった。あとは1時間半ほど、じっくり蒸し焼きにする。 どんなできあがりになるのだろう? 楽しみだ。 焼いた石を乗せていく。 土をかぶせて、あとは待つばかり! 「ブーニャ」ができあがるまで、S氏の漁のようすを撮影に出る。 朝から垂れ込めていた雲がいつの間にか切れ、太陽がぎらぎら、輝き始めた。ロケを始めて4日目、初めて本格的な太陽光線が降りそそぐ。 ついに出た南国の太陽! 肌寒かった空気が一気にあたたまって行く。陽射しはじりじり、本当に肌を焦がすようだ。ニューカレドニアはオゾンホールがあいている影響で紫外線の量が日本の3倍あるという。日に焼けても黒くならず、赤くなってしまうタイプのぼくは、ロケ初日から顔と腕に日焼け止めを塗っている。が、初日の夜、耳がヒリヒリするのに気がついた。鏡を見ると耳が赤く焼けている。 「なんで? あ、日焼け止め、塗ってなかった」 ずっと曇りだったのに、耳にはしっかり紫外線があたっていたのだ。一日で皮がむけそうに。 --だから、ぼくはなるべく陽にあたらないようにしています。危ないですから。 と、コーディネイターのY氏。日本から来た観光客など、太陽さんさんが嬉しくてついつい焼き過ぎ、救急車で運ばれることもあるそうだ。用心、用心。 しかし、太陽の光に照らし出される海は、息を飲むほどに美しい。地元の人たちはイル・デ・パン島を「クニエ/海の宝石」と呼ぶとか。まさに、その通り! 波に削られたさんご礁。 浅瀬が続く湾を行く。 深くなるほどに海は色濃く。 いつものポイントに着くと、S氏は網を入れ始めた。このポイントでやるのは巻き網漁。「ピローグ」と呼ばれる木作りの舟に乗ったS氏は、弟さんを相棒に海へ網を入れ始めた。 ここは、島へ大きく入り込んだ湾の奥。でも、すぐそこ、目の前はもう陸地。こんなところで、いったいどんな魚が捕れるのだろう? 「ピローグ」を操るS氏。 弟と共に網を入れる。 網を入れ終えたS氏、長い竿で海面を叩き始めた。網の中にいる魚を驚かせ、網に追い込もうという寸法だ。時折り、仰天した魚が海面からピンと飛び跳ねる。中には飛び跳ねた拍子に網を越えて行く運のいいヤツも。S氏の竿叩きに合わせ、舵をとる弟さんは「ピローグ」を微妙に動かしていく。さすがに息はぴったりだ。 力を込めて海面を叩く! 4、5分ほど海面を叩いただろうか。S氏は網をあげはじめた。さぁ、なにが入っているのやら? 網をあげる。大漁か?! 捕れたのは、大きなボラ2匹と黄色い熱帯魚が2匹。残念ながら大漁とはいかなかった。S氏の腕のせいではない。時間に追われるこちらの要望をくみ、漁に向かない時間帯に敢えて海に出てもらったのだ。大感謝! さぁ、帰ろう。もう「ブーニャ」ができあがっているころだ! 「拉致された若者が遺体で見つかった」 今朝、その知らせに接して愕然とした。 ところが、その後、情報が二転三転。 運ばれてきたその遺体は違う人物のもので、もう一体、別の遺体が存在し、そちらが若者である可能性があるという。 日本という国の情報収集力を疑いたくなる醜態の連続。 米軍や他国情報筋などに頼り切りで、最先端で直接日本が情報に接していないのだろう。 しっかりしてくれよ!と言うのも、どこかむなしい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.02.13 21:31:15
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