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十二月十八日　濃霧
　午前九時より今井氏と両人で市中に行、高田商会・正金銀行・三井物産会社・郵船会社等諸店へ出頭して、是より午後に至りアーレンス商会へ行。セツフエル氏及び藤山氏に遇会す（同氏は特用出来にて昨日当地に着すと云ふ）、是よりハミルトン会社へ行、社長に面会す。而して午後五時に帰宿す。此夜より諸工場の説明及び積り書を取調る。
十二月十九日　曇　小雪
　此日は今井氏と両人で早朝より説明書代価表の翻訳をなすこと終日、夜十時迄とす。
十二月二十日　日曜　晴
　午前九時より午後五時まで説明書を取調べ、及び独乙器械工場二ケ所へ電報及び郵便を発す。午後五時三十分よりハミルトン氏の自宅へ行、主人と談話すること七時迄。是より宿に帰り、此夜も注文品の草案をなす。
十二月二十一日　降雪
　午後十時藤山氏及びセツフェル両氏が来り、器械の件に付相談せり。午後一時両氏帰る。亦ロツカードハミルトン氏来り、是亦器械の件を談す。午後二時より諸説明書を取調べる。此夜八時三井物産会社の渡辺氏が来訪ありて器械の件に付相談せり。亦郵船会社の伊吹山氏来訪あり。
十二月二十二日　曇り
此日、朝より是迄取調済の諸工場説明書を整理して、購入する目的の器械を選択して、各部類を分ち、更に入札の手配せり。今井氏は此書類を英文に翻訳に従事せり。

１　「黎明日本の一開拓者」１７５ページ
「７月１４日に横浜を出帆してから満５か月間、汽車や汽船に乗っている時か日曜日以外はほとんど１日も休むことなく、当時化学的には日本より断然先進国であったアメリカ・イギリス・フランス・ドイツの４か国をあまねく歩いて、製糖工場だけでも２３か所を見学し、製糖機械製造所やその他の工場は数えることもできないくらいに視察しつくしたのであるから、父の頭も半年前とは格段の進歩をしていた。同じ精製糖業でも、各国共に部分部分で特長もあれば優劣の差もあることも解った。父は今度自分がこしらえる工場は、この４か国の粋を集めたものにしたいと考えた。しかも、資金に限度があるのであるからできるだけ安くこれらの機械を購入しなければならないと工夫をこらした。
そこで１２月１７日にフランス・ドイツ両国をあまねく視察して再びロンドンに帰った翌日から、これまで手もとに収集した機械類の見積書や説明書の翻訳を今井氏に協力してする一方、各国の機械の粋を集めてしかも我が国の国情に合う最新式の工場を設計することに先ず努力した。そして、それができあがると、一種の機械ごとにその製作を得意とする数個の製造所に命じて、詳細な仕様書を提出させた上で競争入札をさせた。それでもまだ高値だと思われるものには、その落札値からなお適当な値引きを要求した。ある製造会社などは２割５分の値引きを要求してやったところが、社長があわててロンドンに出かけて来て、父に会うなり２分５厘の間違いではないかと言ったというくらいになかなか厳しいものであった。これには、この数年来、自分で鉄工部を経営してきた経験が非常に役に立った。どの機械もおおよそその原価の推定ができるので、減価の要求もよく説明すれば先方に承諾させる力があった。現在残っている当時の契約書の控えを見ても、平均１割５分の値引きをさせている。これが主として掛け引きがないと言われているイギリスの工業家を相手としてであるから、相当やったものと言わなければならない。ある製造家などは『開業以来の最低価で取引した』とこぼしたそうであるが、東洋の鴨にも、たまには羽根の強いのがいることを示したのは、いささか痛快であった。」

十二月二十三日　曇り
　午前十時シエムスブカナン氏来り、骨炭キルンの件に付相談すること終日。此夜八時に至りて氏帰る。此日藤山氏は亦伯林に向て出発せり、（此夜九時ドクトルクツク来り、余の風邪気に付診察を受ける）。
十二月二十四日
　此日は前日より余は少しく風邪気なるを以て十一時迄臥床せり。正午より起きて日誌を再録す。今井氏は午後一時より市中に出る。高田・三井・アーレンスラスペ諸商店へ器械取調書を持参せり。
十二月二十五日　晴
　此日はクリスマス祭礼にて各戸は休業して七面鳥の料理するを礼とし、恰も我国の元旦の式に似たり。此朝ドクトルクツク氏来診あり。
十二月二十六日　雨降
　此日も前日同様（ボリシングデー）と号し、是亦大祭日なり。此日午後より今井氏は外出す。余は精糖工場器械据付に係する製図せり。

１　イギリスではクリスマスの翌日も国民の祝日。クリスマス・プレゼントの箱を開ける日だったことから、「ボクシング・デイ」の名がついた。クリスマスにカードやプレゼントを届けてくれた郵便配達人や使用人にお礼のプレゼントをするのが習わし。

十二月二十七日　日曜　晴
　此日も各例の休業なり。余は前日同様製図す。午後二時より三時までパウラメントヒルに行散歩す。此日晴天なるを以て市民も此ヒルに遊歩するもの夥多、甚だ振へり。今井氏は此夜八時帰宿す。
十二月二十八日　曇り
　今井氏は朝より市中へ行、アーレンス店及びハミルトン会社へ行、午後三時帰る。余は前日同断製図せり。此の夜八時よりハミルトン氏自宅へ行、主人及び次男（インジニヤース）ハロルド氏と器械に付ての談話せり。夜十一時帰宿す。
十二月二十九日　午前晴、午後曇る
　此日は前日同断製図及び翻訳をなす。此夜渡辺専二郎氏来訪す。亦下条氏も来訪す。
十二月三十日　曇り
　午前十時より今井氏と両人にてハイストリート写真師キルクツク方に行、写真撮影する。午後三時シャー会社（製銅工場）技士ジエムス・シーシヤース氏及びロツカードハミルトン氏両人来り、蒸溜器械に付て相談せり。而して七時頃帰る。
十二月三十一日　晴　
午前十時より余と今井両人にて三井物産会社へ行、渡辺氏に面会す。於是グリーノック市（器械製造所）ジーヒウストン氏に面会す。是より同氏と市中にて会食し、而してハムステツトの下宿に帰り、同氏と製糖器械に付相談すること数時間、氏帰る。直にブレーヤー・カンプペル及びマクリン会社長ブレーヤー氏来り、是亦無気罐の件に付相談す。午後七時三十分にして氏帰る。此夜ロッカード氏来り、樽製造器の見積り書を持参せり。
以上十一月一日より十二月三十一日迄日誌如此に御座候也。
第九号日誌