登山や旅が好きです。年をとりすっかり体力は落ちてしまいましたが、まだまだ実践を大事にしたいと思っています。また考えることも重視したいとも思っています。
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1月25日の朝日新聞朝刊の『ひと』欄の記事に目をとめた。本州の分水嶺2797キロを踏破した細川舜司を紹介した記事だ。記事によると細川さんは39年間で238回、のべ709日をかけて本州の分水嶺をすべて踏破して、昨年11月に踏破の記録を出版したという。
実は30年ほど前に私は彼と同じ登山のグループに属していたことがあった。ただ1回も山に同行したことはなく、集会で顔を合わせるだけの関係だった。私は転勤ですぐにこのグループと疎遠になり、それ以来彼との接点はなかった。そんな関係でも集会での彼の鋭い山の観察眼や会報での独特な視点からの文は今でも印象に残っている。新聞に載った写真を見て、すぐに彼だと忘れかけていた記憶が戻った。懐かしさから彼の記録が載った『日本の「分水嶺」をゆく』をさっそく購入して読んだ。
日本の「分水嶺」踏破は数年前に日本山岳会が100周年記念で取り組んだ事業である。私の友人もその事業にかり出されてルートの一部を担当した話を聞いていた。あまり興味がなかったので聞き流していたので、日本の「分水嶺」については当時はどんな状況かは深く考えなかった。
日本山岳会はリレーでの踏破だが、細川さんは一人で全コースを歩いている。そのためにいろいろなことが見えてくるはずである。彼は踏破という行為だけでなく高木というテーマを中心にして山を歩いている。彼は樹木が1億数千万年かかって得た秩序が人間による数十年の行為で大きく姿を変えている現状に驚く。こんな記録を通して読者に人間と自然との関係をあらためて問題提起している。また樹林の美しさを音楽に例えての表現は昔も変わっていないのが印象的だった。
私は本州の「分水嶺」には日本を代表する高山・名山が集中していると漠然と思っていた。しかしあらためて観察すると、地味な山の連なりであることが解る。深田百名山には本州の山が83ある。しかしそのうち本州の分水嶺にある山は18で、2割にも満たない少なさだ。参考までに列挙すると、八幡平、吾妻山、安達太良山、那須岳、平ケ岳、巻機山、至仏山、谷川岳、四阿山、草津白根山、浅間山、甲武信岳、金峰山、瑞牆山、赤岳、蓼科山、霧ガ峰、乗鞍岳である。最高峰は乗鞍岳で、日本アルプスの峰は中央アルプス北部の茶臼山が含まれる程度である。乗鞍岳以西の分水嶺には百名山が一つもないのも面白い。

三つ峠北面の四十八滝沢は近場でアイスクライミングが楽しめるルートとして有名である。ただ最近のアイスクライマーの好みとは違ったアルパインっぽいルートである。計画した時はよく凍って雪のない、いわば氷の回廊と表現されるような状態だったらしい。それが数日前の降雪で緩い滝は雪に埋まっていると想像しての出発だった。
三つ峠北登山道が沢を横切る地点から遡行を開始した。しばらくは水音を聞きながらのアイスクライミングだったが、次第に氷結状態はよくなった。やはり滑は完全に雪に埋まって、立った部分のみが氷を露出していた。トレースは途中までで、それ以降は氷の上の雪を払いながらの登高だった。それでもアイス初級の私には手ごろな滝の連続は十分楽しめ、雪もかえって本格的な雪山風でそれはそれなりによいと思った。
そろそろ沢も源頭という様相になったころ、右手から支沢が合流した箇所で本流を離れた。急な斜面を息を弾ませて30分ほど歩くと登山道に出た。トレースはなく、すぐに登山道を失ってしまった。地形図には記載されていない登山道なので感だけを頼り、歩きやすい箇所を繋いで降りると運良く入渓点のすぐ上で登山道に合した。

実は前夜からアイスクライミングに行くつもりだった。ところが関東地方に雪の予報に、車での移動が困難と思い近場の丹沢に変更した。行き先は塩水橋だったが、林道が雪のために通行止となっていた。このまま山に登らずに帰るのも悔しいので、広沢寺から大山の北面を歩くことにした。
ルートは山神ずい道から唐沢峠に至り、北面からの大山往復である。降雪直後とあって山は丹沢とは思えぬ白一色の世界となっていた。何度も歩いているルートだが、雪で一変した様子が新鮮なものに感じた。誰も歩いていない道を進む楽しさを味わうことができ、よい日に山を計画したものと喜んだ。

この日は湯河原・幕岩の予定が、突然伊豆・城山になってしまった。私は40年ほど前に2、3回行ったことを記憶しているだけでの岩場である。同行者も25年ぶりとかで、参加者の4人が実質的には初めての岩場であった。知らないということで家を暗いうちに出た。そのおかげで渋滞もなくスムーズに南壁基部に付けた。ちょうど1組が登攀の準備をしていた。
最初に取り付いたのは西南カンテで、同ルートを懸垂で下った。その後下部のショートルートを登った。この日は幕山公園での山岳会のイベントに参加しなければならないので、早い時間に切り上げた。
帰宅後、昔の山ノートを取り出し、城山の記録を読んでみた。最初の時は前夜に狩野川の河原にビバークしたが、夜明け前に強い雨になってしまい公園に逃げ込んだこと。南壁基部でのビバークや、3月なのに暑さに負けて早々と登攀を止めてしまったこと。等々の完全に忘却のかなたに去ってしまったことが書かれていた。

週末は遠出が面倒になってしまい宝永山に行った。宝永山登山口まで自宅から1時間半ほどで行けるので冬には価値ある山だ。富士山の寄生した低い山と思っている人は一度冬に登ってみるとよい。短時間で冬山が味わえるという宝永山の価値に気づくかもしれない。
先月に御殿場口側から往復したので、今回は双子山中間コル〜小天狗塚〜御殿庭〜第3火口〜第1火口経由で山頂に立つというルートにした。雪が深いと歩き応えのあるルートである。しかし、思ったより雪が少なかった。我が家から見る富士山は十分に白いのだが、山麓に着くと南面は黒々として冬の富士とは思えない姿になっていた。
それでも終日雲の出ない天候に恵まれて山は楽しめた。宝永山山頂からは双子山目がけて一直線のラインを下った。標高差700mのほとんどが凍った砂の斜面だった。双子山の山腹に下りるとやっと冬らしい雪が残っていた。メンバーの一人が雪を求めて遠回りしてこの斜面を歩いていた。(写真)

思い立って気楽にすぐ行ける場所は貴重だ。広沢寺の弁天岩は家から近く、歩く距離も短く、気楽に行ける場所のひとつだ。今日は特に何も用事がなかったので、広沢寺へ行くと言うパーティーに突然ちょっとの時間だけ強引に入らせてもらった。
暖かいというような日ではなかったが、日のあたる岩場を登るとすぐに体は温まった。しかし日陰のルートに入ると気温はまだまだ低いと言うことを知らされた。2、3往復して仲間たちのセルフレスキューの訓練に勝手な口出しをしていると昼近くになってしまった。長居は初めからするつもりはなく、一人早目に帰らせてもらった。

峰ノ松目沢出合で登攀の準備をした。快晴無風の穏やかな冬の日だ。もう柔らかだが暖かそうな陽がすぐそこまで来ているが、ここはまだ日陰になっている。寒い。一重のアイスクライミング用の靴のためか足の指先が痛いように冷たい。
歩き始めるとすぐに陽を受けた。この沢は日当たりがよいのが取り柄であり欠点だ。朝の寒さがうそのように暖かくなり、1歩ごとにアイゼンが雪団子となった。背後の阿弥陀岳が登るに従って存在感を増した。
上まで抜けるつもりがないのでリードの練習をしたりしてアイスクライミングを楽しみながら登った。体力のない私にとって急で落ち着かない雪面の登高は苦しいが、所々に現れる凍った滝の淡い青、その先の濃い青色の空の色には心癒された。今シーズン初めての雪山となったパートナーが「やはり雪山はいい」と何度も口にした。
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