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2008.01.17
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カテゴリ:lovesick
居間の扉を開けると暖炉の前のチェアに、祖父の後姿が見えました。いつも窯では会っているけれど、久しぶりに見るガウン姿の祖父の背中に、懐かしさを覚えました。近づいていくと、ゆっくり振り返る祖父と目が合いました。私が、ただいま、と、頭を下げ、ごめんねと首をかしげると、祖父は眼鏡の上から、上目で覗くように私を見、
「なにか謝っとるのか?」
と、たずねてくれます。私は時計を指差し、遅くなって、と示すと、
「時間のことか?かまわんよ。ここはお前の家なんだ。何時でも帰ってきたらいい」
私はうなずいて、祖父のチェアの隣に、小さないすを運び、座りました。祖父の手には、多分、作ったばかりの茶碗がありました。何度も何度も手で味わい、目で見て、確認する祖父。祖父は今年で70歳になりましたが、まだまだ釉薬の新しい組み合わせのチャレンジを続けていて、次々と風変わりな作品を生み出していきます。
「良一は?一緒に戻ったんだろ?」
私は、パソコンを膝の上に乗せ、文字を大きく設定し、
『わたしの部屋に荷物を運んでくれてるの。すぐ来ると思う』
と打ちました。良一とはフジシマくんのことです。
祖父はそれを読んで笑い、
「お前は、良一をちょっとこき使いすぎじゃないのか?」
『まさか。だって、頼まないのにしてくれるんだもん』
「まるで、しもべだな」
『え~。でもね、仕事の話のときは、すっごい怖いんだよ。めちゃくちゃキビシイの』
というと、祖父もまじめな顔になり、
「たしかに。それはよく分かるよ。ワシでも怖いと思う時があるからな」
といいました。2人で笑っていると、フジシマくんが部屋に入ってきました。
「ただいま。」
と、祖父に挨拶してから、
「楓、先に風呂はいってこいよ。」
と言います。
「おお、そうしろ。出てきたら、みんなでちょっと飲むか?」
と祖父。私がうなずくと、
「じゃあ、ここで待っとるわ」
といいました。私は、フジシマくんに、
『素焼きは明後日でもいいかなあ?』
「そりゃ、いつでもいいよ。あれ?じゃあ、明日も泊まるつもり?」
『うん。ちょっと先に行きたいところがあるんだ』
と書くと、行き先には触れず、祖父のほうへ、
「先生、雨どころか、雪が降るかもしれませんね。」
と言い、
「ほんとだな」
祖父は顔をくしゃくしゃにして笑いました。

私は居間を出て、2階に上がりました。自分の部屋のドアのノブに手をかけてから、小さく深呼吸しました。そっとドアを開け、中に入り電気をつけます。一気にいろんなものが目に入りました。懐かしい本のたくさん並んだ壁一面の本棚、小学校のころからずっと使っていた机、窓には見慣れた柄のカーテン、窓際に置いた棚の上には、たくさんの写真立て。あの悟の写真があるのも見えました。私は、少しずつ確かめるように、部屋を歩き、本の背表紙に触れてみたり、机の前のいすに座ってみたり、カーテンを開け、窓の外を眺めてみたり、写真立ての中の写真を見たりしました。どこも、丁寧に掃除してくれていてチリひとつありませんでした。
『私がいたときより、とってもきれい』
と、ふっと笑ってしまいました。少し笑うと、知らない間につめていた息がほどけるのが分かりました。懐かしい私の部屋。ここも変わらず私を受け入れてくれる。私はとてもほっとしました。ありがとう、サチさん。
サチさんがすぐに眠れるように用意してくれていたベッドの上には、フジシマくんが運んでくれたバッグがありました。私は、バッグから着替えを取り出し、お風呂に向かいました。

お風呂に浸かりながら、私は、久しぶりに実家にいるという安堵感に徐々に包まれていきました。何よりも大切だった悟を亡くし、そして、謙吾とのことがあってから、私は、行本の両親はもちろん、私を包む何もかもが辛く、逃げるように家からも町からも出ることを考え、『どこか他の町で暮らしたい、窯にはそこからちゃんと通うから』、と祖父に伝えました。そういう私を、祖父は何も言わずに許してくれました。フジシマくんも何も言わずに、事務的な手続きを全て完了してくれました。あの時は、自分が悟以外の何かに、誰かに、また安易に甘えてしまうのが怖い気持ちも強くあったのだけれど、今から思えば、祖父は私に好きなようにさせる、という形で十分に甘えさせてくれたんだな、と気づきました。家を出てから、窯で会っても、祖父は陶芸の話しかしなかったけれど、私の様子で全てを察してくれていたんだろう、と思いました。心配かけどおしだな、ほんとに、私は、、、何をどう思っても、しっかりと自分の足で、自分の生き方を取り戻すしか、恩返しはできそうにありません。一歩ずつ、少しずつ。実家のお風呂で私はまるで小さな子供に戻ったように、素直な気持ちになれる気がしました。


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最終更新日  2008.01.17 02:17:06
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