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2008.06.10
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カテゴリ:yuuko
「もう12週に入ってる。」
本当ならば、「おめでとうございます」の言葉とともに告げられるはずの事実。だが、もちろん、長年、ユウコを診てきた高崎医師の口からはそんな言葉は漏れるはずもなく、その言葉は、まるで死の宣告のような響きさえ帯びている。それもそのはず、ユウコにとって、妊娠、ましてや出産などは、そのまま死に結びつく負担だった。高崎はそれ以上何も言わない。いや、何も言えないのだ。いつも冷静な高崎が、カルテの端を無意味にぱらぱらとめくる。重苦しい時間。ユウコは窓の外の陽光に目をやる。暖かそうな日差し、もう、春なのだ。その光を眺めていると、言葉がふと、口をついて出た。
「先生、私、産みます」
高崎の動きが止まる。ユウコは、目を合わせようとしない医師の目を見据えて、
「産みたいんです」
と、繰り返した。高崎は、眼鏡のブリッジに手をやってから、イスの背もたれにもたれ、天を仰ぐ。
「ユウコちゃん、意味が分かって言ってるのか?そんなことしたら、君は」
「はい。・・・きっと、死にますね。私」
あっさりと言うユウコに初めて目を向ける高崎。ユウコの澄んだその瞳には、ためらいも、恐怖も見当たらない。そう、そこにあるのは、既に「母親」の決意に満ちた目だった。

心臓にやっかいな持病をかかえる彼女は、高崎が医師になって初めて担当した患者だった。新米の高崎が難病を抱える彼女の担当になったのは、それが手のつけられない難病ゆえのことだった。明確な治療方法は未だ存在せず、ただ、対症療法を施すだけ、医師といえど、ただ、患者が緩やかに死に向かうのを、そっと手を添えて見守るだけしかできない病気、だったからだ。あれからもう10年、ユウコも22歳になっていた。その間、もちろん、高崎自身、多くの同病の患者をかかえ、研究を重ねてきたが、芳しい成果は得られずにいた。

妊娠12週か・・・。確かにユウコがその事実を高崎に明らかにするには、ちょうどいい時期だったといえるのかもしれないな。高崎はため息をつく。道理で、毎月のはずの診察に、ここ2、3ヶ月、こなかったはずだ。きっと、早い段階で知らせ、いやおうなく中絶を勧められることを嫌ったのだろう。

高崎には、最初の担当患者という思い入れがあり、ユウコも、心臓に負担をかけないように、という目的であったとはいえ、思春期独特の心や体の問題も、包み隠さずうちあけてきた医師として、ただの医師と患者以上に親密な関係であったといえる。そして、高崎はその中で知ったことがある。ユウコは相当、ガンコである、ということだ。出産を望む彼女を翻意させるのはたやすいことではないだろう。しかし、産むとなれば・・・。

「相手は、彼、なのか?」
ユウコは静かに首を振る。親にも話さないことを話してきたのだ。先生は全部知っている。半年前、2年間付き合った恋人と、そう、まさに、子供を産む事ができないということが理由で別れたことも。
「違います。彼とは、半年前に別れたきり会っていません」
「じゃあ、一体。」
「それは、、、いいじゃないですか、先生。私、結婚するつもりはありません」
「そんなこと、、。相手はなんていってるんだ?」
「何をですか?」
「妊娠のこと、結婚のこと、それに君の体のこと」
ユウコは、静かに微笑む。
「彼は何も知りません。」
「何も?」
「はい。体の関係を持つ上で、、少し心臓が悪いことは伝えましたけど、妊娠のことは話していません」
「じゃあ、すぐにでも、話しなさい。ちゃんと話し合って・・」
ユウコはさえぎるように、
「話しません。もう、終わったんです」
「終わった・・?」
「妊娠に気づいてすぐに、私から別れました」
「どうして・・?」
ユウコは少しいいあぐねたが、しっかりと、
「彼は夢に向かって頑張ってるんです。死んでいく私のことで、負担はかけられません」
と答えた。高崎は、受けて立つように、
「生まれてくる子供のことで、ならどうなんだ?」
ユウコは、外見はまだ何も変わらない下腹部にそっと手をやり、
「この子は、私の子供です。」
「答えになっていない」
「夢を追っている彼には、お金も時間もありません。妊娠したことを話せば、きっと、彼は、夢をあきらめ、定職を探し、私に結婚しようといってくれると思います。でも、そうなっても、私は、この子を産んだら死ぬんです。夢を失い、私を失い、その後、彼は、、一体・・?彼にそんな負担はかけられない。短い期間の付き合いでしたが、私は彼を愛しています。でも、産みたい。だから、別れるしかありませんでした」
淡々と語るユウコ。高崎は思う。愛している、そうだろう。ユウコの性格からして、愛してもいない相手に体をゆだねるなど考えられない。だが、、。
「生まれてくる子供はどうなる?両親がいないことになる」
「そうですね。でも、だからって、今、・・。確かに、育てることもできないのに、無責任かもしれません。でも、産みたい。こんな私の体に宿ってくれた命だからこそ大切に」
「大体、ただでさえ、1人で産むなんて大変なことなのに、君の体で」
「私は1人じゃありません。」
「え?」
「父も、先生もいます。」
高崎は、芸術家であるユウコの父を思い浮かべる。
「お父さんはなんて?」
「『自分の信じたようにしなさい。それがユウコの選んだ道なら協力は惜しまない』と。いつものことです」
そう、そういう人なのだ、ユウコの父は。高崎は深いため息をつく。ユウコは、高崎が自分を現実的に心配してくれていることをよく分かっていた。恐らくは、今、この世で一番私を。でも、先生、私は、どうしてもこの子を産みたいんです。どうせ、近々、尽きる命なら。母を早くに亡くし、一人娘である私まで失おうとしている父のため、にも。
「先生、予定日は?」
「え?」
「出産の予定日、いつになりますか?」
「・・・10月5日だ」
「10月、5日」
ユウコは自分も繰り返してから、高崎に言う。
「先生、なんとか、その日まで、私を生かせてください」
高崎は、眼鏡のブリッジに手を触れたまま、少し目を閉じた。ユウコの気持ちは痛いほど分かる。彼女の担当医として、自分に何ができるだろうか。。。しばらくの沈黙、そして。
「思い直せ、といっても、もう無理なようだね」
微笑んでから、頷き、
「少しでも長い時間を、君が、子供と過ごせるように、僕も協力するよ。」
笑顔を輝かせるユウコ。
「但し」
真面目な表情に戻った高崎が言う。
「ちゃんと僕のいうことを聞くように。まずは、食生活の改善だな。もっと量もとりなさい。」
ユウコは素直に頷き、
「先生、ありがとう」
といった。


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最終更新日  2008.06.12 02:21:42
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