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2008.06.21
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カテゴリ:yuuko
予定切開日より2週間早くユウコは破水し、陣痛が始まった。高崎は、ユウコの(最後のといっていいだろう)我儘を聞き入れ、自然分娩も視野にいれ、以前から各科の医師に協力を申し入れていた。そして幸い子宮口の開きも早く、安産傾向であったため、並行して手術の準備をしながらも、ユウコは自然分娩を果たすことができた。
ただ心臓への負担は、やはり大きく、ユウコは最後の痛みの後、赤ちゃんの泣き声を聞くとそのまま意識を失った。

危険な状態のユウコに高崎は、必死の処置を施しながら何度も声をかける。
「ユウコちゃん、まだだぞ。せめて赤ちゃんの顔くらい見てあげなくちゃな。分かってるな?」
「まだ逝かせないぞ、絶対に。しっかりするんだ」
「ユウコちゃん、頼むから。がんばれ」

何度も襲い掛かる波を乗り越え、高崎が漸く看護婦に頷いたのは、8時間後のことだった。
「何かあったら、すぐに呼ぶように」
分かりきっていることを、力なく指示してから、出口に向かい、汗だくの帽子を脱ぎ捨てる。眼鏡を外して拭う肌を流れるものが、汗なのか涙なのか、分からなかった。しかし。
ドアを出る前に、壁に頭をつけ、彼は歯を食いしばる。今度は紛れもない涙が、頬を伝う。
もう、ユウコは長くない。もって数日。もしかしたら、今夜にも。
僕は何もしてあげられなかった。一体僕は、彼女にとって、何のための医者だったんだ。体は自然にしゃがみこむ。担当患者を看取るのは何度もあったことだ。しかし、今回は、、ユウコは、違うんだ。なぜ助けられなかったのか、原因をつきとめ、治療することができなかったのか、この10年の思いがユウコの死を目前にして一気にこみ上げる。そして、半年後には、きっと、莉花を。僕には何もできない。医者なんて肩書きに何の意味もない。大切な人も守れない。そんな無力感に支配されていく。
「先生、大丈夫ですか?」
看護婦の声に、
「ああ」
よろよろと高崎は立ち上がり、息を整える。ご家族へ説明しなくては、な。眼鏡をかけ直し、深く息をついてから、ドアを開けた。
その姿を見てゆっくり立ち上がり近づくユウコの父。高崎の顔をじっと眺める。高崎は、
「・・今は落ち着きましたが、状態から見て、もう、ここ数日が・・」
声も顔も歪めることを止められず、
「何もお力になれず、申し訳ありませんでした」
と深く頭を下げた。ユウコの父は高崎の肩に手を置き、
「先生、顔をお上げください。柚子は、あなたに我儘ばかり言うておったでしょう。それを受け入れてやってくれただけで十分でした。子供を産むなんて無茶まで。長い間本当に。感謝しています。あなたのような素晴らしい医師に出会えて、柚子は幸せやった、そう思います」
まだまだ若い医師を優しく見つめる。高崎は、その瞳を見上げてから、ゆっくりと崩れ落ち、その膝にしがみつくようにして、声を殺して泣いた。

目を開いた時、ユウコは、そこに高崎を見つけた。高崎は、眼鏡の奥から優しく見つめ、
「元気な女の子だったよ。」
「女、のこ。。。」
「どこにも異常はない。元気だ」
繰り返す高崎。
「心、臓も?」
「ああ、心臓も。今のところは、だけど」
ユウコはそれで十分というように微笑み、
「先生、、ありがと」
黙って首を振る高崎に、
「ほんとに、ありがと」
「がんばったのは君だ。お産、長くなって辛かったね」
「・・死にそうだった」
と笑うユウコ。高崎も微笑み、
「冗談になってない」
「先生も、頑張ってくれてたね」
「ん?」
「聞こえたよ、先生の声。・・でも、怒りすぎだよね?あれ、励ましてるつもりだったの?」
「もちろんだよ。」
「言い方が怖いんだよね、ほんと。次はあれじゃ、戻ってこないよ、私」
というユウコに、
「覚えとくよ」
と高崎。
「・・・会える?」
「ああ、今連れてきてもらおう」
高崎が出て行く。ユウコは周りを眺める。病室こそ元の部屋だが、自分に繋がれたままの管や機器の多さに、何よりも、これまでに感じたことのない胸の重さに、残された時間が短いことを悟る。だから、先生、、あんなに暗い顔を。産後、少しでも長生きして、莉花さんのことを想う先生に、少しでも、希望を、、そう、これまでの我儘を許してもらった恩返しをできたら、と思っていたのに。

やがて、高崎と、看護婦に抱かれた赤ちゃんが入ってくる。ベッドを少し起こしてもらい、腕に、その小さな赤ちゃんを抱いた時、ユウコは、出産の痛みも苦しみも、今も続く胸の痛みも、全てが癒されたと感じた。

「あぁ、私は、あなたに会うために、生きてきたのね。初めまして、楓」
愛しそうに、我が子を腕に抱き、話しかけるユウコに、高崎は尋ねる。
「かえで?」
「そう、楓です。メープルリーフ。この子の父親との思い出があるんです」
「そうか、楓ちゃん。いい名前だ」
「ね、私と同じ、木偏だし」
柚子は笑う。
「じゃあいっそ、楓子にしたら?ユーコとフーコ」
「歌手や漫才師じゃないんだから」
あきれたように柚子。
「先生、まさか、そんな調子でお子さんの名前決めないでくださいよ?」
「名前は、莉花に任せてるよ」
「その方が絶対いいね。先生、ほんとセンスないから。」
「なんだよ、莉花にも同じこと言われたよ。2人して、相変わらずひどいな。でも、まあ、もうほとんど決めたって」
「なんて?」
「美莉」
「ミリ・・。キレイな名前。男の子なら?」
「それがさ、莉花が絶対女の子だって決め付けてんだよ。男の子の名前は考えてないってさ」
「えええっ、そうなんだ、ちゃんと予感があるんだ」
「ユウコちゃんはそういうのあった?」
「ないない。全然わかんなかった」
「そうか。で、僕、一応、男の名前考えてんだけど」
「たとえば?」
「莉作とか」
「・・っ、りさく?」
「ああ、莉花のリと、」
言いかける高崎を遮って、
「女の子だといいね」
といって笑うユウコ。
「ねえ、先生とリカさんの赤ちゃんはいつだっけ?」
「予定日?・・半年後」
「・・そっか。会ってみたかったな、先生とリカさんの子供に」
何も答えられず、ただ微笑む高崎。その様子に、
「きっと可愛いでしょうね、リカさんの子供だもん」
「僕は関係ないのかよっ」
と、柚子を少し睨む。
「梨花さんは、、私よりも、赤ちゃんと過ごせる時間、長いんでしょ?」
高崎は、眼鏡のブリッジに手をやりながら、目線を下げ、
「さあ、どうだろう。病状は君より軽くても、出産のリスクで言えば、年齢から言っても莉花の方が高いから。。それがどう響くかが、例によって、、分からない」
腕の中で眠る楓に目をやり、柚子は流れ始めた涙を気にもせず、高崎に、
「先生、本当にありがとう」
高崎も、涙を必死でこらえるが、声の震えを抑えきれずに、
「何も、、礼なんていう必要はない。僕は10年も君を診てきたのに、何もしてあげられなかった。・・すまない」
柚子は首を振り、
「先生、私がここまで生きられたのも、楓を産むことができたのも、先生のおかげだよ」
高崎は、首を小さく振ってから、気を取り直すように、楓に目をやり、
「美人だな」
と微笑む。ユウコは嬉しそうに、
「ほんとに、かわいい・・」
高崎は、どうしても気になることを今更ながら聞いてみる。
「会わせなくて、いいのか、父親に?」
ユウコは高崎のほうを見ない。
「あの時、『私は彼を愛しています』と言ってたけれど、きっと相手だって、君を愛してたんだろう?」
ユウコは何も答えられない。
「もしこのことを知ったら、きっと」
「先生」
ユウコは遮り、
「もう、半年以上も経つんですよ。きっともう彼のそばには、新しい人がいるはずです。今更。。。父親のことは忘れて下さい」
「それで、いいのか?」
「・・分からない。本当いうと、ずっと、そのことばかり考えてた。でも、答えは出なかった。だから、もう、いいんです」
「本当に、誰にも、、父親が誰かを言わずに、いってしまうつもりなのか?」
「彼には、、これからの人生があるから。後は、この子の運命に任せます」
そう、出会える運命なら出会えるだろう。2人の間に沈黙が流れる。
「ねえ、先生、おっぱいあげみてもいいかな?」
「寝ちゃってるよ?」
「でも、ほら」
楓の口元を指差す、ユウコ。
「口がもごもごしてる」
「ほんとだな、試してみる?」
「うん」
高崎が呼んできてくれた看護婦に楓を預け、胸をはだけようとして、ユウコは高崎を睨む。
「先生、見てる気?」
「ダメ?」
「ダメだよ。スケベ」
「ひどいな~。心配だからだよ。君の胸なんて見慣れてるんだからいいじゃないか」
「そういう問題じゃないでしょ?あっち行ってて」
「はいはい」
やりとりに笑っている看護婦に、
「よろしく頼むよ」
と声をかけ、立ち去ろうとして、高崎は猛烈に後ろ髪を引かれる。振り返ろうとした時、
「先生、もう振り返っちゃダメだよ。今まで、・・・ほんとに、ありがとう。先生のこと、大好きだったよ」
静かな声に、目を閉じて、背中のまま肯くと、高崎は部屋を出た。
その背中を見送り、楓が何とか自分の乳に吸い付き始めたのを見て、柚子は、看護婦に言う。
「この子と少しだけ、、2人にしてもらっていいですか?」
看護婦は、肯いて部屋を出た。

2人きりになり、出の悪い乳に、それでも、必死で吸い付く楓を見つめながら思う。
ねえ、楓、あなたに出会ったことで、私は、今。

これまで、自分が死ぬことに何の疑問も恐怖も覚えなかったことがウソみたいに。

ううん。違う。
今も、自分が死ぬことに、何の疑問も恐怖もない。
それが私の持って生まれた命の限界なのだから。

ただ、楓、あなたのそばにいられない事が哀しい。
大きくなっていくあなたを見られないのが、悔しい。
どんなに可愛いだろう。どんなに愛しいだろう。

生きていたい、少しでも長く。

生への執着が、死を目前にした、こんな時に出てくるなんて。

死にたくない。
たとえどうしようもなくても。
もっとあなたを抱いていたい。

だけど、死の間際になってでも、やっとこんな気持ちになれた私。
幸せだと思う。

瞳を閉じ、最期の瞬間に心に浮かぶのは、当然のようにテツヤと楓のこと。

テツヤ、私、そろそろいかなくちゃならないみたい。
楓へと命をつないで。

ねえ、テツヤ、あなたへの想い、あなたからの想い、
あなたの知らないところで、私のいないところで、
この小さな天使が、私達を、私達の想いをきっとつないでくれている。
そう信じられる。

楓、素晴らしい愛に満ちた人生が待っているように。
そればかりを願うわ。

ねえ、楓。
きっと、幸せになって。

・・・

たくさんの機器が危険数値を知らせる大きな音を立て始め、

高崎が戻った時にはもう、

楓を腕に優しく抱いたまま、ユウコは。

・・・

病院に向かう日、ユウコは、家を出る前に、父に小さな箱を託した。

その箱は、楓の手によって開かれるのを静かに待っている。

今も、ずっと。


<了>

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最終更新日  2008.06.21 01:02:55
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