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カテゴリ:yuuko
9ヶ月に入ると、ユウコは、もう二度と戻れないはずの、自分の家、部屋、町、そして川に、静かに別れを告げてから、病院へ移った。自宅から病院への距離を思えば、それでも、十分高崎をやきもきさせた後だった。
病院での生活は、ユウコが思ったほど、ひどいものではなかった。その病院には広い緑に満ちた庭があったから。ユウコはよく、庭を散歩し、風の吹き渡る日陰のベンチで過ごした。 ある日、ユウコが、いつもどおりベンチで本を読んでいると、 「ユウコちゃん」 と声がかかった。顔をあげると、日傘の中に、懐かしい、そして、美しい顔があった。 「莉花さん!」 ユウコはにっこりと微笑む。 「久しぶりね。隣に座ってもいい?」 リカと呼ばれた女性は、ユウコの隣に腰掛けた。もうかなり目立つようになったお腹をいとしそうに眺め、 「もうすぐなのね」 と言った。 「はい。もうすぐです。」 とそのまま受けるユウコ。そして、 「先生に、会いに・・・?」 と尋ねる。リカは、高崎の妻、だった。 「まさか、家で毎日会ってるもの」 「ですよね。じゃあ、診察ですか?・・あ、でも、それも先生か」 リカは30歳。20歳を過ぎてから発症した分、ユウコよりも症状は幾分軽いものの同じ病で、主治医は夫である高崎だった。というよりも、順番から言えば、主治医であった高崎と結婚したのだ。ユウコとリカは、何度も、入院生活をともにしてきた、いわば同志のような存在である。リカは静かに微笑んでから、 「私もね、妊娠したのよ。だから、今日は産婦人科の検診なの」 驚くユウコ。 「ほんとに~っ?おめでとうございますっ」 「ありがと。でも、ユウコちゃんにも会えてよかったわ。もう入院してたのね。色々話したかったのよ。また、後で、いいかな?」 「もちろん。ここにいるか、、いなかったら、病室は513号室です」 「513ね。じゃあ、後で寄るわ」 立ち上がるリカに、ユウコは、 「でも、、先生、、、どうして。。」 そう、リカの体を思って、子供は作らないと、そう決めていたはずだった。莉花は、ふっと息をつくように微笑んでから、 「私がね、ユウコちゃんの話を聞いて、無理をいったの。私だって、絶対に、子供が欲しいって。相当渋ってたけどね。だけど、私も分かってたから、、、もう、私だってそんなに長くは生きられないってこと。あの人はもちろん、よく分かってたはずよね。そして、、最後には、折れてくれたわ」 「・・・私、相当、先生に恨まれてそうだな」 「あはは、まさか」 そういってリカはお腹に手をあて、 「この子が生まれれば、、、そして、私を失うときが来たら、あなたに、かなり感謝せずにはいられないはずよ」 「そんなに・・素直かな?先生って」 「素直っていうより、単純って言った方がいいかも、ね」 「じゃあ、やっぱり、今は・・」 「恨んだりしてるはずないって。それに」 「それに?」 「私は、あなたに、感謝してるわ、もう」 「そんな・・」 「ユウコちゃんのおかげで、私のお腹に新しい命が宿ってる。私、発病してから、ずっと、自分の死までのカウントダウンを続けるだけの人生だった。だけど、今は違う。この子が産まれるまでの幸せなカウントダウンができるのよ?妊娠なんて、考えてもみなかったわ。正直言って、彼だけじゃなく、私だって怖かったもの。・・・でも、素晴らしいことね、自分の中に新しい命がある。とっても、満たされた気分なの。短く限られた人生だとしても、こんなに幸せな時間をもてるなんて、ラッキーだったと思うわ」 晴れがましい表情で語るリカに、ユウコも、 「私も、、、同じ気持ちです」 と満面の笑みで答えた。 「元気な赤ちゃん産もうね」 「はい」 その先に、そう、出産からそう遠くない未来にあるはずの、自分の死については、2人とも、考えないようにしていた。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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