自分は努力もせず上手くいっていない人で、無闇に人を悪く批評する人がある。それは、他人の悪を発見することによって、「あの人だって、あんなに上手くいっていないじゃないか」と裁くことによって自分の自己責罰の感じを和らげようとする潜在意識の働きなのである。人の悪を認めることで決して自分が良くなることはありえない。もっと正直に自分の生活を批評して、正しく努力することである。
過去は既に過ぎ去ったので、過去の不愉快なことを反芻してはいけません。古いものをつかんでいる限り新しいものをつかまえることはできないのです。過去を捨てるときには過去に感謝して捨てることです。困難だった過去も、その困難が自分の能力を発達させてくれたので、そのことに感謝して過去を捨ててしまうのです。
去り行く部下にも執著して追ってはなりません。去り行く部下は上司の魂に何物かを与える役目を終ったから去るのです。去る部下に対して自分を裏切ったなどと憤(いきどおり)りや恨みをもってはなりません。去る部下に感謝できたとき、新しい部下が来るための空席が作られるのです。いずれ、素晴らしい部下がそこにくるようになるのです。
病人は誰でも治りたいと思っていても、治らない人が沢山あるのが普通です。ところがプラシーボを服用して治るという信念で治ることがあります。すなわち、治りたいというのは意志であるが、治るというのは信念なのです。これは、信念は意志より強いことを示しているのですが、その根拠は、意志の力によって反対観念を克服しようと努力しても、克服しようと思う観念を増強するだけである・・・という理由によるのです。
そして、よりも強いのは、信念は感情を喚起するけれども、意志は知性の道具に過ぎないとうことです。と言っても、信念を喚起するには意志の力が必要なことは言うまでもありません。
部下のいない処で部下の悪口を言ってはならない。「悪事千里を走る」という諺がある。必ずしも誰かがそれを聴き伝えて部下にそれを伝えるのではない。宇宙には、心の霊的波動的なものが浮遊していて、いつの間にかそれが部下の心に伝わって、部下がその上司に批判されていることがたまらなくなる。多くの部下は、そういう上司より発する「心の世界の裁き」によって、上司を敬遠するようになり、上司とピッタリしなくなり、ついに上司から遠ざかってしまうのである。
常に上司にさばかれている部下は、その職場を針のむしろのように感じる。職場をみずから針の筵にして、部下をいびりながら気のつかない上司もいるのは困ったものである。
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部下が失敗したとき、上司が部下を罵(のの)しることは、極めて簡単なことです。上司と部下は対等ではありません。対等の立場のやり取りなら、お互いに言いたいことや、鋭い事を言うのは卑怯でないかも知れなしれません。
しかし、上司と部下のように対等の立場でないものが、上役から鋭い言葉でやっつけることは卑怯と言うほかありません。
たとえ、部下に失敗があったとしても、皮肉や怒りや侮辱を部下にあびせても失敗が取返せるわけではありません。失敗したとき、部下はみずからそれを「失敗だ、すみません!」と後悔して、失敗を繰返さないように誓いつつあるのです。そのとき、冷たい侮辱的な言葉を与えられると反省が反抗心に変わってしまいます。
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与えられた仕事が期限まで到底出来そうもないと思った時、色々なことが頭に浮かび不安になることがある。人によっては多いに落ち込んで出社を拒否したり、暗い表情で仕事をしていることがある。まじめな者ほど落ち込み易い傾向がある。そんなエンジニアを見つけたら、リーダーは心の重荷を取ってあげなくてはならない。
心には現在意識と潜在意識があり、潜在意識へは現在意識の想いがある条件で蓄積される。すなわち、現在意識で、強く思ったこと、感情的なこと、永い期間習慣的に思い続けていること、不安なこと、恐怖に思うことなどが蓄積しやすい。
人間の行動の約95%は潜在意識の働きと言われていて、失敗は潜在意識が起こすと言ってもよい。そこで、エンジニアが不安に思うような対人関係、難しい仕事強いていないかなどの環境をチェックしエンジニアの心の負担を軽くする必要があるのである。
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競争者があらわれたら、より一層力を出す機会が与えられたと喜ばなければなりません。
どんなにきれいな水でも流れずたまっていたら腐ってしまいます。
どんなに上手く行っている団体やグループも、効率改善し、
一層良い物やサービスを提供する努力をしなければ相手を満足させることができません。
進歩を続けるには競争相手はなくてはならない存在です。
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