こころ
昨日、父のお見舞いに病院に行ったとき、奇跡のようなことが起きた。 父の雰囲気がいつもと違う。いつもはちょっと毒があって、理屈っぽくって戦前の男の人って感じで、とにかく「俺は男だ~!」というようなオーラを漂わせていた。 昨日は、会ってすぐに、「なんだ?なんだ? お父さんのオーラが白い。 白くて光っている。そんでもって毒がないぞ・・・???」という感じだった。 そうしたら、父が、私にぽつりと、「お父さんな、もう少し生きてみたくなった。」と言った。 父は自分の気持ちをあまり語らない。でも、生きてみたいということばをどんな気持ちで話したのか、痛いくらいに分かった。 たくさんの辛い病気も経験したし、大きな手術も2回もした。その中で「死」というものを何度も覚悟したと思うし、母との夫婦関係について、逃げ出したくなったりしたことなんてしょっちゅうだったとも思う。 去年の父は、死を覚悟しているように、またあえて自ら死を選んでいるようにも見えた。朝から晩までお酒を飲んで、体をぼろぼろにして・・・。「いつ死んでもいい」って言っていた。 そんな父から「生きてみたいと思った。」ということばが出たことが、本当に嬉しい。 そして、話をしていくうちに、こころについての話題が出た。父は、昔から、「脳に心がある」と話していた。英語教師だった父は、いつも酔っ払うと私に話していた。「mind という単語を聞くと、『心』と思い出すだろう。 でもな、mindには、『頭脳』という意味もある。 お父さんは、心は心臓ではなくて、頭にあると思うぞ。」って。 そして昨日もその話になったときに、私は父に言った。「昔、おとうさんにその話を聞いたとき、なるほど、頭で物事を感じるから、心って頭にあるのかなぁと思っていた時期もあったよ。でも、ここ2年くらいで私が思っていることはね、こころって、体中にある気がするの。細胞の一つ一つにこころがあってね、お父さんのように『生きたい!』と思うと細胞の中にあるこころが「よっしゃ!じゃ、人肌脱いでやるか!!」見たいな感じで元気になってくれるの。だから、人の体も心も元気になってくるんじゃないかなと思ったの。」と話した。 昔の父なら、「フン!!!」と一蹴して終わっただろう。でも、昨日の父は、「なるほどな、面白い考えだな。そう考えても良いな。」って、私の話を受け入れてくれた。そして、死という話から、脳死は人の死と思うかということや、死んだ後にどんな葬り方をして欲しいか、死後の世界ってあるのだろうかという話まで話した。 父が言った、「お父さんはな、昔から死んだら『無』になると思っていたんだ。いろんな宗教家の文献も読んだけれど、どう考えてもうさんくさくて、受け入れられるものがなかった。でも、最近な、魂ってあるのかなと思うんだよ。よく、お前は小さいときから、『魂はある!』と信じていただろう?」 父から、「魂」なんてことばを聞くのは、生まれて初めてだった。だって、私が一生懸命に神様の話をしたって、病気で死んだ妹の魂の話をしたって、いつも「そんなものはない!」って一言いって終わりだったから。なんだか、「魂」って、父から発せられたことばだけで、感動してしまった。 私は父に、家族の生死に関わるような危機が訪れたときには必ず妹が夢に現れて、「大丈夫だよ。」と言ってくれたこと、そのことが、もうだめだと思っていた私の心を何度も救ってくれたこと、いつも見守ってくれていることを話した。 「だからね、私は妹が死んだときに、はっきりと『魂は存在する』と思ったんだよ。」と話したら、父が、「そんな話、初めて聞いたよ。」と驚いて、「そうか、しっち(亡くなった妹のあだ名)は、夢に出てきてくれていたのか・・・。」と一人物憂げに考えていた。 父が入院した病院には、脳梗塞や脳溢血になって命を取り留めた後、体が不自由になったり、感情をうまく表現できない患者さんがたくさんいる。 動かない体の痛みに耐えて リハビリを頑張っていたり、「死なせてくれ~!!」と叫んでいる人たちを傍で見て、父はいろんなことを学んだらしい。 昔の父の思考は、「頭がやられたら、死ぬときだ。」というものがあった。どこか人を小馬鹿にするところがあった。でも、入院して、周りの患者さんたちの生き様を見る度に、また自分の病気と向き合うたびに、自分の考えというものは果たして正しいのかと疑問に思ったようだ。「どんな生きかたでも、素晴らしいんじゃないかって、ちょっと思ってきた・・・。」と父が言っていた。 生と死について、 心について、考えれば考えるほど一言で 「こうだ!」 なんて定義できないくらい深い問題だけれど、79歳になる父とともにそんな話を一緒に出来ることが、なんだか嬉しい。 どんどん生きる力を得て、目の輝きを取り戻していく父の姿を見れることが、ただ嬉しい。妹の癌でも諦めず、立ち向かっていった姿勢や、父のもう一度生きてみようというその心意気が、どんなに私に勇気をくれることだろう。 ありがとう、ありがとう。おとうさん、大好きだよ、愛しているよ。しっち、ありがとう、しっちの生きかたが今も家族のみんなの支えとなっているよ。見守ってくれてありがとう、ありがとう。 家族の学びは深い。ときに多くの痛みを経験する。だけど、やっぱり素晴らしい。