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何のことはない、一週間書いて一週間休んでしまった。決して休んでいたわけではない。貧乏暇なしで、おそらく商社時代の3倍くらい働いており、収入は半分になっている。それでもようやく12月までの資金繰りはセミナーが立て続けに入ったおかげで、何とかなった。もう銀行に借り入れに行くのは絶対に嫌なので、資金が続かなければ給料を下げようと思っている。商品先物取引業者の経営が悪化したため、顧客が半減し、かつ情報料を出せなくなっている。まあ5年も経てば変わるだろうと思っている。
CITI BANKのAndrew Hallは2007年の年収が2億7千万ドルで、米国政府から彼との契約を継続するなと圧力をかけられ、結局元CITI BANKは結局PHIBRO部門をOccidental Petroleumに売却した。PHIBROといえば、フィリップブラザーズという老舗の非鉄金属トレーダーである。CitiはHall氏に数百億円の年収を払ってもそれ以上の収入があったというからいまだにすごい。 私が入社したころはフィブロは外商といって、マークリッチと並んで大手非鉄金属トレーダーであった。どちらも原油取引から出たらしいが、私のいた商社ではアルミ地金の大口取引先であった。もっとも買う一方で、売る与信は建てられなかった。毎日電話をしてアルミ地金を1000トン単位(30年前の価格で5億円程度)で買っていた。彼らは世界中のアルミ精錬メーカーで置き場現金で地金を買い取る。それを船を仕立てて日本まで持ってくる。当時の私たちはCIF JAPANで買うことしか知らなかった。それですら目新しいことで、年間10万トンほどの国内製錬メーカーの地金を扱うと同時に、数千トンの輸入地金を手当てして、為替予約をして安く仕入れ、アルミ圧延メーカーやサッシメーカーに販売したものだ。 当時1年先物の為替で69円台を採ったことがあるのは、私の一つの自慢である。これ以上の円高予約は日本でもあまりないのではないだろうか。それ以前はもっとおおらかであったようだが、今から思えば当時ですらおおらかだった。わたしは商社時代売上高を気にしたことはない。いつも数千億円、貴金属の場合は数兆円になっていたはずだ。売上高を競争しても意味が無い。利益はいつもチームで10億円が目標であった。チーム員は6人程度である。Phibroという名前を新聞で読み、懐かしく思い出した次第。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
今日は よろしくお願いしますね^^すごいですね^^
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匿名なのに、私には誰だか分かる・・・(^_^;)ありがとう。。。 ヴィトン アウトレット http://www.louisvuittons.info/
(Jul 1, 2013 05:15:41 PM)
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