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カテゴリ:小説「月の欠片(かけら)」
この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。 「そうですか。偶然、母と一緒にイスタンブールに。本当にスレイマンも皮肉な運命の下にいますね。畏まりました。それでは、ご指示に従いイスタンブールにまいります」 イブラヒムは、早速、ファイサリア・レジデンスの契約を解除して、イスタンブールへと向かう手配を始めた。
スルタンはヤシンの後を追って、養蜂業者が蜂起しているガーミッド族の村に入った。夕闇の中をファリファの家へと急いだ。ファリファの家は久し振りだ。 あの時も今日のように霧が流れていた。 木々の間をうっすらと霧が流れて行く。 懐かしい思いで山間の道を上がって行くと、棘(いばら)のある木々に囲まれたアルミナの家が見えた。 アルミナの家は、小さな泥作りの家、というよりも小屋のような、貧しい養蜂家の造りそのものだった。相変わらず、養蜂家らしく、家に続く道路脇には、円筒形の巣箱が幾つか置かれ、その上には古い布が被せてある。 前とちっとも変わってはいない。 スルタンは、また、あの時のように、美しいファリファが出て来るのだろうかと想いながら、胸を弾ませながら、玄関の扉を叩いた。 扉を開けて出て来たのは、やはり、ファリファだった。 服装は前と同じで、安物の刺繍の付いた黒いミズナドという服を纏い、その上に小さな皮を縫い合わせて作ったミッザルを羽織っていた。 しかし、そんなみすぼらしい衣服を纏っているのに、まるで天使のように神々しい。 前の通りだ。全く変わっていない。 スルタンを見据えるファリファの円らな瞳はキラキラと輝いていた。 「シェイク・スルタンさま、シェイク・スルタンさまではありませんか」 ファリファはスルタンの突然の訪問に、その美しく輝く目を見開いて驚いていた。相変わらず清楚で美しい。と、スルタンは、眩しそうにファリファの瞳を見詰めていた。 「アッサラーム・アレイコム。ファリファ」 ファリファは、スルタンの挨拶を聞いて、思いも寄らないスルタンの訪問に驚いて挨拶をするのも忘れていたことを思い出した。 「アレイコム・サラーム。スルタンさま。申し訳ございません。私の方から先にご挨拶しなければいけなかったのですが。あまりに驚いたものですから。大変、失礼致しました」 ファリファは、取り乱して頬を赤らめていた。スルタンはそれを可愛らしいと思った。とても、蜂起した養蜂業者のリーダーとは思えなかった。 「いやいや、良いのだ。気にすることはない。ファリファが変わりないようで良かった。お母様、娘さんも変わりはないか」 スルタンは、相変わらず美しいと素直に言いたかったが、アラブ社会ではそれは禁句だ。ファリファが、頷くのを見ると、早速、用件に入った。 「ファリファ。この度は、シェイク・イスマイルがアブドルアジズに養蜂業の利権を渡したばかりに迷惑を掛けたな」 ファリファの笑顔が消えた。 人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく
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最終更新日
2010年12月14日 22時12分46秒
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