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ken tsurezure

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trainspotting freak

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2009.08.25
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テーマ:小説日記(233)
カテゴリ:創作
 彼女と僕が出会ったのはプライマル・スクリームのライブ会場の前のところだ。東京湾岸のライブハウスも夜が更けてライブ直後の熱気を外気が冷ましている。僕が街路樹の花壇で腰をかけてジュースと煙草をのんでいたら、彼女が僕に声をかけてきた。
 「すいません。煙草の火かしてもらえません」
 僕はライターを彼女に渡した。いつもはそんなに積極的に女性の声をかけるタイプの人間ではないのに、なぜか彼女には声をかけた。なぜなのかはよくわからない。それは。多分そういう運命だったのかもしれない。もし大げさに言うのであればだ。
 「今日が何回目のプライマル・スクリーム?」
 「今日が5回目かな」
 「勝った。僕は8回目だ。」
 「初めてのライブはいつだったの?」
 「95年の新宿リキッド」
 「私の勝ちだな。私は92年のチッタが初ライブ」
 そんな感じで僕らはスタートした。

 彼女は簡単にメアドの交換に応じてくれた。そして彼女と僕とのメールは始まった。彼女の名前はジュンといった。色々メールをしているうちに彼女と僕の共通点もわかってきた。音楽が好きなこと。本を読むこと。古い映画をわりと知っていること。

 2ヵ月後に初めてデートをした。仕事帰りの土曜日。渋谷で一緒にレイトショーの映画を見た。僕は久々のデートで緊張してしまったけれど、彼女は別に構わないって言ってくれた。
 3回目のデートのとき、僕は決めた。できるのであれば、彼女と一緒に過ごして生きたい。ずっと一緒にいてもらいたい。少しだけ沈黙してしまって彼女が歩道を先に歩いているとき、僕はそう思った。
 僕は彼女の手を握った。どうして?って少しだけ彼女は驚いたけど、彼女もわかってくれた。
 それから僕たちはだんだん近づいていった。

 その頃。僕は正社員だった。アルバイトで入社して、何とかそこまでたどり着いた。僕は現場の副主任に任命されて何とか仕事をうまくこなしていこうと必死にもがいている最中だった。だから彼女と出会えて本当によかったと思う。彼女がいてくれたから、僕は頑張ることができた。それは確かなことだ。
 仕事は朝6時半から夜8時までという日が多かった。定時に帰れることなどほとんどなかった。現場は慢性の人手不足で、その分を僕が二人分くらい働くことで何とかまわしている。そんな状態だった。夜8時に仕事が終ると自分の部屋に帰るのは9時半か10時くらいだ。夕食をしたり、風呂に入ったり、そんな日常的なことをしているだけで12時が来てしまう。そして翌朝4時には起きて、朝5時の始発電車に乗る。その電車に乗り遅れると遅刻だ。そんな生活を毎日していた。
 休憩は2時間ということになっていたけど、2時間フルに休憩が取れることなどまれだった。15分しか休憩が取れなかった時だってある。そうしなければ現場がまわらなかったのだ。だからこそ本社にもっと現場に多くの人をよこすように要請し続けた。でも本社はそれを完全に無視した。
 僕の明らかに違法な働かせ方。それを会社は放置し続けた。
 でも現場をまわすため、僕は働き続けていた。

 そんな僕の生活に救いを与えてくれたのが彼女だった。彼女の部屋に泊まりにいく土曜日の夜。それだけのために僕は働いていた。そういっても過言ではなかった。土曜日の昼3時くらいに仕事が終ると、僕は彼女と大井町の駅前で出会う。そして駅近くのレストランとか居酒屋とかで夕食を済まし、彼女の部屋へ行く。そして僕らは一晩中愛し合った。
 彼女の身体と触れ合っているとき。そのときが本当に幸せな時間だった。
 そして土曜日の夜が終り、日曜日の夕方がとても辛くてたまらなかった。僕の生活パターンだとあと一週間は彼女と出会うことができないからだ。
 彼女はいつもメールで僕が働きすぎだと心配してくれた。もう少し休んだほうがいい。そう言ってくれた。でも現場の状況がそれを許さなかった。そこの現場はあと2年後に終る。その2年後が来るまで、何とか仕事をまわさなければならない。それが僕に与えられた仕事だった。

 夏には彼女とサマーソニックに行った。彼女は毎年サマーソニックに行っていて、僕も一緒に行こうと誘われたのだ。もちろん僕は行った。無理やり有給休暇をとり、3日間の連休をものにすることができた。
 灼熱の太陽の下、フラッテリーズでダンスして僕はTシャツを汗まみれにしてしまった。そんな僕を見て彼女は笑った。シンディー・ローパって懐かしいね。僕らは手をつなぎながらステージを見た。sum41が最近の私の好みなの。そんな彼女に引っ張られて一緒にその白熱したステージを見続けた。少し疲れたら休憩所で彼女とぼんやり過ごした。
 その年のサマーソニックはそんな思い出の詰まったフェスティバルになった。アークスティック・モンキーズが終った後の花火は華々しくて、少しだけ淋しかった。
 そのサマーソニックとともにその年の夏は終った。そしてそれが僕にとっての夏の終わりでもあった。

 サマーソニックが終ってから2週間くらい経った頃、僕の身体に変調が訪れた。あれだけ楽しみにしていた彼女との逢瀬だったのに、全く立たなくなってしまったのだ。どんなに頑張ろうとどういうふうにしても、僕の肝心なものは全く反応しなくなってしまった。
 僕はそのたびにゴメンと謝った。二人の間に少しだけ居心地の悪い沈黙が流れた。でも彼女は気にしなくていいよと言ってくれた。
 でもそれが一ヶ月以上続くとさすがに彼女も笑って済ましてはくれなくなった。ねぇ。しばらくは会うのやめにしよう。毎週毎週会っているから、きっと飽きちゃったんだよ。あなたの身体も心配だし、土日はしばらくゆっくり自分の部屋で静養したほうがいいんじゃないかな。
 悪いことは重なって起きた。僕のEDの次に彼女が不眠症に陥ってしまった。平日はほとんど眠れないという。僕は心配をして夜の間必死にメールをして彼女と付き合った。それで寝落ちすれば僕も安心して眠れた。

 仕事は相変わらずハードだったけど、僕の立場に変化が訪れた。僕は別の現場の副主任に任命されたのだ。辞令が降りたとき僕は構わないといった。それから引継ぎが始まった。僕は現場の仕事に、書類の作成に、様々な仕事で休憩を取る暇もなく働いた。

 秋風が涼しくなった頃、久しぶりに彼女と会った。彼女が僕の部屋までやってきてくれた。僕らは近所のファミリーレストランで食事をし、そしてその晩彼女は僕の部屋に泊まった。
 なんか少し見ない間にCDがずいぶん増えたね。そう言って彼女は笑った。なんか衝動的に買ってしまって。聞く暇なんて全然ないのにね。僕もそう笑った。
 その夜僕らは前と同じように抱き合った。
 別に無理しなくてもいいよ。こうして触れ合っているだけで幸せだから。彼女は言った。
 その夜も僕の大切なものは役に立たなかった。だけど僕は彼女を強く抱きしめて、そして彼女の身体を確かめるようにじゃれあった。少し小ぶりだけどとても魅力的な彼女の胸。肩のほうに隠れるように刻まれたハートの刺青。一つ一つ確認するように僕は彼女の身体を確かめ、そして強く抱きしめた。そうすると彼女も強く抱きしめ返してくれた。僕らはこうして絶対に離れない。風が吹いても。雨が窓を叩いても。
 僕はそのとき幸せを感じながら、そう思っていた。だけどそんなことはなかった。


 10月の半ばに引継ぎが終った。あとは自分が新しい現場に行って引継ぎを受ければ万事がうまくいく。
 そんな引継ぎが一段落したある日曜日にそれは起こった。
 世界が静まり返ってしまうような静かで大きな耳鳴りで僕は目覚めた。その耳鳴りはテレビの砂嵐のような音をしていて僕は何一つ音が聞こえなかった。起き上がろうとするけれど起き上がれなかった。昼の二時くらいになってようやく僕は布団から起き出た。耳鳴りは相変わらずなり続けている。そして。僕の身体は鉛が埋め込まれたみたいに重く、そしてひたすらだるかった。立ち上がるのがやっとだった。朝食を作ることもできなかった。僕は這い蹲りながら冷蔵庫へ行き、買いだめしたウィダーインゼリーを3個飲んだ。でも症状は変わらなかった。
 何もするな。何もできない。お前はもうこれ以上働くことはできない。身体全体がそう言っていた。とりあえず明日の仕事は休まなければ。僕は携帯電話を取り出し、半分朦朧とした頭で新しい現場の主任に休みを伝えた。
 それと同時に僕は携帯電話を床に落とし、そのまま倒れた。そして気がついたら翌日の朝がやってきていた。
 相変わらず耳鳴りはなり続けている。身体は重く動きそうにない。これでは多分仕事はできない。いや。仕事はおろか普通の生活もできないだろう。
 そんなときに及んでも、僕は仕事のことだけしか頭に浮かばなかった。現場に穴を開けること。それがどれだけ現場を疲弊させ、迷惑をかけるか。それを身体で知っている僕はそれでも何とかこの身体で仕事ができないか。それだけを考えた。でも答えはすぐに出た。絶対に無理だ。
 どうすればいいのだろう。
 死ぬしかない。僕は死んで償うしかないと思った。もし死んでしまったのならば、会社も諦めるだろう。死んでしまったのならば、会社も僕に問責を問わないだろう。
 死ぬのだ。そう思ったとき初めて僕は立って歩くことができた。僕は携帯電話と財布を握り締め、ATMから預金を全額引き出してタクシー乗り場に行った。
 タクシーはすぐに拾えた。苗場まで。それだけ言ったあと僕はシートにもたれかかった。運転手の声など聞こえなかった。財布からとりあえず5万円出したら運転手は沈黙した。そして気が遠くなる直前に彼女にメールをした。

 今までありがとう。君と出会えて本当に幸せだった。

 苗場を死に場所として選んだのは、以前そこでブランキー・ジェット・シティーの解散ライブを見たからだ。そこで死ねるのであれば、思い残すことはほとんどない。彼女のこと以外は。

 そして僕はまた気を失った。





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Last updated  2009.08.25 11:44:03
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trainspotting freak@ コメントありがとうございます aiueoさん コメントありがとうございます…

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