テーマ:小説日記(233)
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今年のフジロックは居心地が悪かった。
1998年に初めて来て、2000年から毎年来ているフジロックフェスティバル。その会場の苗場は僕にとって「戻ってくる」場所だった。 毎年この場所に来て、「戻った」と思う。僕にとってのホームグラウンド、あるいは帰ってくるべき場所はフジロックの会場の苗場だった。 そして僕はここでいくつもの奇蹟を目撃した。いつだって苗場に来るときは、気持ちが高揚していた。 一日目のフジロックの会場で僕はとても疲れていた。フジロックそのものに疲労感を感じていた。 グリーンステージで演奏される大音響の音楽。それは心を削り、切り裂いていくナイフのように感じた。まるで腕に走らせるリストカット用のナイフのように。 そこで大音響の音楽に身を任せることは、僕にとって心の自傷行為に近く感じた。 たまらなくなってグリーンステージを離れると、ホワイトステージでの演奏が聞こえてくる。僕に逃げ場所はなかった。 3日間音楽が絶えることのない楽園。それがフジロックフェスティバルの会場。いつもなら、それは夢のようにうっとりできるそんな場所だった。 ホワイトステージへと続く山道で、僕は何ともいえない疎外感と孤独を感じていた。 その山道で目に付くのは、愛し合っているカップルと家族達と仲間との再会に心を躍らせている人々たちだった。 何か責められているような気がした。成功だとか成果だとかそういうものに全く無縁だった僕のこれまでの人生。その責めを問い詰められるような、そんな気持ちにずっと悩まされていた。 とてもたまらない気持ちになって、河原でずっと寝転んで時間が経つのを待った。一刻も早く終わってくれないだろうか。音楽をとめてくれないだろうか。バラバラに引き裂かれそうな心はずっとそれだけを求めていた。 酒を飲む気にもなれない。いつもおいしく感じられた苗場のビール。今日飲んでみた苗場のビールはただ苦いだけの発泡飲料にしか思えなかった。それは自分の体に合わないアレルゲンのようなものにしか思えなかった。 結局僕は夜の8時半ごろにギブアップしてテントサイトに戻り、風呂に入ってそのまま寝てしまった。 翌日は朝の9時半ごろに目覚めた。色々な雑事を終えて、とりあえずフェスティバルの会場に行く準備を終えた。 でも何か行く気がしなかった。また昨日のような拷問が待っているのか。そう思うと気が重くなって仕方がなかった。 そのまま時間は過ぎていった。 * * * 1998年から2012年まで。僕の人生の3分の1はフジロックフェスティバルと一緒に歩いた人生だった。20代後半だったときから今まで。僕はフジロックを人生の目的と目標にして生きてきた。 それは信じるに足りる大きな夢だった。愛、平和、理想を掲げるフジロック。 だけど僕はそれを信じて祈るだけで何もしなかった。掲げられた理想や愛や平和を実現するために、僕は現実世界の中で何一つ行動しなかった。 昨日の会場で見ただろう。子供連れのしっかりしたお父さんやお母さんを。彼らや彼女達は明らかに僕よりも年下で、フジロックで掲げられた「愛」を自分の人生の中で実現させた人々だった。 お前の現実を直視してみろ。僕にとって「結婚」は絶望的に不可能な高望みでしかなかった。 あの場所で愛し合っている恋人を見るがいい。お前は羨望と嫉妬で心が一杯になって、そのうち彼らを憎み始めるだろう。ほら。お前が一番嫌っていたタイプの人間がお前の中で動き回り始めている。 フェスが始まったみたいだ。グリーンステージの音楽がここまで聞こえてくる。まるで僕の苦痛を煽り立てるように。そのビートはまるで心臓麻痺で死ぬ寸前の異常な脈拍のように感じられた。 なぜ君は何もしなかったんだい。人生の3分の1をかけて信じたフジロックフェスティバル。それが本当に大切なものなのだったなら、君はそのために必死で守り抜かなければならなかった。それを持続できるように知恵を働かせなければならなかった。 でも…。君は何もしなかった。君は何もできなかった。君は成果をあげられなかった。 もうそろそろ終わりだ。 君の人生は失敗だった。それはいつから?それは多分、僕の人生が始まった14歳のときから。 彼女は17歳。どういうことかわかるだろう。 彼女をみて 恋に落ちてしまった 他の娘とは踊らない あそこで立っている彼女を見た 君はこの曲と詞が好きだった。初めてラブソングに出会ったとき、君のハートは希望で打ち震えていた。 だけど「他の娘とは踊らない」って思ったのに彼女に声をかける勇気も度胸もなかっただろう。彼女の恋人になれるだけの立派な「男」になれるだけの努力もしなかっただろう。 君は14歳のときに一番重要なヒントを与えられたのに、それを自分の人生に生かせなかった。 君は。多分。はじめからダメだったんだよ。 グリーンステージの演奏の音が大きく響いて聞こえる。それに覆いかぶさるように色々な音楽が始まる。 その音楽は僕を責め続けた。なぜ君はチャンスをものにできなかったんだい。なぜ君は努力しようとしなかったんだい。なぜ君は大事なものを守ることができなかったんだい。 君は。多分ここにいる価値のないそんな人間だ。会場に足を踏み入れてもいい。でも。君にもわかっているだろう。これから始まる音楽が君に告げるメッセージが何であるかを。 そう。ベルは鳴った。ついにそのときが来てしまった。 ときどき 出て行かなくちゃって思うんだ ベルが鳴る 出て行かなければ もしそうしなければ おかしくなってしまいそう 彼女を置いて 行くべきなんだ あいつらとてもいいヤツらだから 僕はテントの中の荷物をまとめ始めた。そしてテントを撤収して帰る準備を始めた。早くここを出なければ。できるだけ手早く。早く片付けなければ。 そしてテントサイトを出て、荷物を運送屋に預けて、誰一人乗っていない越後湯沢駅行きのバスに乗り込んだ。 フェスティバルは続いているのだろう。幸せな場所。幸せな時間。幸せな人々。だけどもうそこに僕の居場所はなかった。 次は何がなくなるのだろう。何を失ってしまうのだろう。僕の人生。それは楽しいことや嬉しいことや幸せを一つずつ潰していく、その過程でしかなかった。そして全て失ったとき、それでも僕は生きていなければいけないのだろうか。 独りぼっちのバスの中で、その答えを教えてくれる相手は誰もいなかった。 【送料無料】【エントリーで、1枚でポイント5倍!2枚で10倍!対象商品】プリーズ・プリーズ・ミー (リマスター) [ ザ・ビートルズ ] [CD] ザ・フー/フーズ・ベター・フーズ・ベスト お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.08.29 12:54:39
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