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直腸ガンと胆嚢ガンを併発、手術してもうすぐ2年

直腸ガンと胆嚢ガンを併発、手術してもうすぐ2年

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2012年08月02日
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7月下旬以降の経過
*はっきりした日は忘れたが、朝のNHKのテレビで、味の素が、人間が自分で作り、持っているアミノ酸には 成分の異なる20種?くらいのものがあるそうだが、ガン患者には特有の構成比となることが判明したとか。 しかも大腸ガンや肺ガンなど5~6種類のガンでそれぞれ違う種類のアミノ酸の構成比になることがわかり、少量の血液で判別可能だそうだし、さらに初期のガンでも識別できるというから、夢のような話だ。
そのわりには、前後の新聞記事に注意を払ったものの出ていないようだったが、NHKが企業の実名まで出しているのだから、かなりのものと思われる。
先日の腫瘍マーカーの話といい、まもなくガンの早期発見も夢でなくなるかも-----だ

*7.23 元職場の友人K氏と温泉スパで、暑気払い実施(今回他の二人は都合つかず)
彼も上行結腸手術後1年半経過だが、再発の気配もいまのところ無く元気だ。ただしもう半年くらいが再発云々のヤマ場だということは、彼も十分認識しているようで、その辺は当方にも痛いほどよくわかる----言葉少なくとも互いの気持ちは十分通じた。
 当方を振り返えれば、その時期、家で悶々としていてもしょうがないので、いっそ旅で気を紛らわそうと、100名城めぐりに明け暮れたことを思い出す。
一昨年の7月末といえば、バジェットの格安レンタカー、プリウス新車で2白3日、福岡空港借り熊本空港返しの約束でナント500円。(つまり乗り捨て車両の戻しなのだ)
名護屋城、平戸城、島原城、人吉城、鹿児島城、飫肥城と駆け巡ったのがなつかしい

*7.27 先般理事に当選したばかりのS病院の初の理事会と歓送迎会。名前だけのシャンシャン会議だとばかり思っていたら、結構病院経営の方針やら、理事の報酬などをめぐり活発な議論が交わされたのには驚いた。
特に感心したのは、大震災以降関心の高い防災等について、当病院は避難場所なのか、一般市民がどっと避難してきた場合、どう対応するのか、マニュアルはできているのかなどなどの議論------当方も真剣に勉強せねばと密かに思った次第。

7.31---8.1 春先ころより古い単行本を読み返しているが(良く読んでいないのも結構あった) その一つが檀一雄の 火宅の人、 リツ子・その愛・その死。そして沢木耕太郎の檀。
そしたら無性に行ってみたくなったのが博多湾に浮かぶ能古島(のこの島)と糸島半島の西ノ浦や小田の浜。ここの借家で終戦直後、檀一雄の妻リツ子が腸結核で死ぬのだが、この前後の物語だ。 能古島は姪浜から10分足らず。ここに檀一雄が死ぬ直前、居を構えるが肺ガンが進行し、九大病院で火宅の人の最終章を口述筆記で書き上げてすぐに亡くなった。
31日 9;20のJAL福岡行きを計画したが、格安会社との共同便はシニア当日割引対象外とわかり、10;00のANA機にかろうじて。
天気よく敦賀沖上空からは原発銀座の敦賀、大飯、高浜等の原発群が点々と良く見えた。災害も怖いが、海からのテロ攻撃もこわいなあぁ----と思った。(こわい国も隣にあるし)
姪浜からのフェリー。電車とおなじで双方向に運転台が、しかもスクリューも両方にあるのだ。また双方の扉が開くから車も大変便利。つまり船首船尾がなく双方向の船だった
上陸用舟艇のよう微速前進しているうちにもう扉が上がり始める、進む側のスクリューが丁度ブレーキの役割をはたしているようだ。
13;00に能古島を出て姪浜着13;10。この折り返し便が13;15でこれに乗った。電動自転車を2時間800円で借りた。中心部は山並みで標高も100メートル以上はあろうか。
山頂付近の思索の森の中に檀一雄の文学碑があり、絶筆の句が刻んであった
モガリ笛  いく夜もがらせ  花ニ逢はん
またこの碑の背後には、前妻リツ子を看病し看取った糸島半島の小田の浜がよく見えた。 このあと、旧居跡の歌碑も見に行ったが、檀一雄の子供の一人が新築したらしく、警察犬の訓練かなにかの仕事のようだった。通用口に小さくDanと表札があった。
この日は姪浜のビジネスホテルに宿泊、翌朝マツダのレンタカーを6時間借り、糸島半島の小田の浜を見学、もう60年以上経っており当時の面影もないか、偶然廃屋を見つけ写真に収めた。
 時間があまったので、虹ノ松原や名護屋城跡、博物館の展示や豊臣秀吉の朝鮮出兵当時の諸武将の陣屋跡などを見学したか゛、呼子の町や唐津城は時間が足らず見れなかった
(100名城めぐりの際はスタンプラリーの如く何も見ずに先を急いだため)
16;00のANA機で帰った。
 能古島には2軒の宿があるが、いずれも一人客お断りとかで涙をのんだ。いまでも観光地の温泉宿では結構 一人客お断りはあるようだが、辺鄙なこの島で断られるとは意外だった。





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最終更新日  2012年08月02日 13時49分29秒
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