テーマ:徒然日記(22880)
カテゴリ:Overseas US
子供の育て方や教育とは難しいもので、正解は無いのかも知れません。
家内も私も戦後の混乱期に育ち、幼稚園にも行かずに遊び回った過去があって楽しかった記憶がありますので、学校教育や情操教育よりも、自然に親しむことを大切にしたのです。 米国駐在前は、2人の息子達は水泳教室で健康を維持し、玉川上水緑道近くにあった幼稚園では字を教えずに、元気に遊ばせる教育方針に納得して通ませることにし、その緑道から井の頭公園までの散策することを、日常生活としました。 家族帯同で3~5年間とされる米国駐在が業務命令として出されましたので、従うことにしましたが、英語も一切出来ない家族は大変なカルチャーショックを受けることになりましたが、1年も経ちますと何とか生活出来る様になりました。 その頃は、為替は180~240円/米ドルでしたので、帰国後は米国を再訪することも難しいと考えて、あちこちと家族連れで国立公園の自然に親しむことにしたのでした。 1981年には、格安航空券が入手出来ましたので、カナダのBanff/Jasper国立公園に行って、釣り竿持参で、湖や川での魚釣りに挑戦することになりました。 Jasper市郊外のキチン付きバンガローに宿泊、8月初旬でしたのに陽が陰りますと、寒くなって暖炉を焚いたのは一寸驚きでした。 それから1年半後の1983年1月には、メキシコのユカタン半島にあるCancunを訪れました。 その半年前に家族から離れてのキャンプ生活を経験、支給されたTシャツを着て、自然に親しむ生活を満喫していました。白く見える砂浜は、サンゴの欠片ですので、少しピンク色にも見える美しい海浜だったのは記憶に残っています。 1983年9月に駐在交代を申し入れ、ヨーロッパ経由で10月初旬日本へ帰国となりましたが、他企業の駐在員家族では、ピアノを習わせる等の情操教育もしいましたので、そんな情操教育をしなかったことが今でも心残りの反省事項として、心中に残ったままです! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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