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カテゴリ:経済・産業
赤崎勇・名城大学教授、天野浩・名古屋大学教授、中村修二・米カリフォルニア大学教授の3人がノーベル物理学賞を受賞することが決まった。
授賞理由となった青色発光ダイオード(LED)は特許紛争でも注目を集め、とりわけ中村氏が出身企業の日亜化学工業に発明対価を求めた訴訟は、企業が従業員発明者にどう報いるべきか、考えさせられるテーマとして話題を集めた。 中村氏が最初、日亜化学から受けた報奨金はなんと2万円。ちょっとしたご褒美といった程度で、お話にならない。中村氏は、2001年に発明対価を請求する訴訟を起こした。04年1月、東京地裁は日亜化学側に発明対価として200億円を支払うように命令した。 これには日本の産業界が驚いた。2万円はケタ違いに低すぎるるが、そうかと言って200億円は多すぎる。これが当時の産業界の大方の反応で、私もそう思った。 その後、05年1月に東京高裁で和解が成立。日亜化学が遅延損害金を含めて8億円あまりを中村氏に支払うことで決着した。 当時、私はこの程度が妥当な水準ではないかと思い、今もそう感じいる。 そのころ、日本の技術者は技術・商品開発で会社に多大の貢献をしているのに、欧米の水準から見ると不当に報酬が低く、口に出して言わないまでも理系技術者、研究者の間で不満がくすぶっていた。 だから、従業員のインセンティブを高めるためにも、数万円のご褒美で済ませる感覚は問題だと、産業界でも思われて来ていた。 だが、だからと言って200億円はないだろう。青色LEDは赤崎・名城大教授をはじめとした先行研究をてこにしたもので、中村氏がまったくのゼロから発明したものではない。 日亜化学内でも、開発研究から商品化にいたっては中村氏以外の多くの研究者、技術者が参画、協力している。さらに技術や製品は創っただけではカネにならない。営業部門の販売努力など多くの社員の試行錯誤の結果、市場が開ける。市場開拓に失敗する例も枚挙にいとまがない。 中村氏の開発の成果が大きかったのは確かとしても、他の従業員との報酬格差があまりに大きすぎるのは問題だろう(日亜化学がLED開発への貢献度の高い中村氏以外の従業員にそれなりの報酬を支払ったかどうかは知らないが、中村氏に8億円を払ったのなら、それに見合って一定の特別報酬を支払うべきだとも思う)。 さらに、ここが肝心だが、株主(資本家)と経営者は開発リスクを織り込んで技術者に研究させている。技術者は開発に失敗しても給与や雇用を失うことはめったにないが、株主は商品(市場)開発に失敗すれば、その分資本を失い、配当も減少する。 リスクがゼロに近いサラリーマン技術者の成功報酬が一定以下であるのは当然だろう。 一方、成否が不明な技術開発に人、モノ、カネの経営資源を投入し経営リスクを負っている経営者や株主〔資本家)が成功した場合の報酬が高くなるのも理にかなっている。 以上の考えから、中村氏の成功報酬が200億円は高すぎると踏んだのだ。しかし、LEDという大ヒットを予感させる商品を開発した研究者に8億円ぐらい上げてもいいはずだ。それは技術者に強いインセンティブを与え、会社の商品開発力を高めるテコとなる。 実際、日亜化学の訴訟が起こる前後から、元従業員発明者が対価を求めて大手企業を訴える例が続出し、日立製作所に1億6000万円超の支払いを求める判決が最高裁で確定、味の素が1億5000万円、東芝が8000万円を払って和解する例も出た。 ところで、資本家(株主)の報酬が高いのは当然と書いたが、それも程度問題だという意見がある。確かに、いくらリスクを負っていると言っても、数千億円、数兆円もの株式時価総額を得る資本家、創業経営者が出る昨今の状況は行き過ぎではないか。従業員発明家の200億円程度の発明対価が高すぎるというのなら、というわけだ。 次回は、この問題について考えたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.10.08 21:28:39
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