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Earth Color - 途上国開発を志すMBA学生の日記 - [全257件]

June 09, 2008楽天プロフィール Add to Google XML

  エピローグ - ぶれない強い気持ち
[ MBA留学 ]  

先週木曜日に卒業式が終わりました。


卒業式はあいにくの曇り空でしたが、Harvard Yardの会場には、ハナミズキの真っ白な花びらが舞っていて、

次々と舞い降りてくるそれらの花びらは、
僕にとっては、今後の僕たちが立ち向かわなければならない様々なチャレンジの中に見える一筋の希望の光のように見えたのでした。



式が終わり、ここ数日は、ばたばたと引越しの準備をしていて、
明日ワシントンDCに向けて出発します。


そして、これが、ブログ「Earth Color」最後のエントリーになります。



今後の予定ですが、6月から8月にかけて、アフリカや中央アジアを旅して、9月からワシントンDCの国際機関で勤務をはじめます。


卒業後の生活は、新たなブログEarth Color 2でつづっていくつもりです。
これからは一応公務員ですので、どこまで、毒気のある本音トークが展開できるかは要検討ですが、細々とでも、できる限り書いていきたいと思っています。


URLはこちらです:

Earth Color 2
http://blog.livedoor.jp/earthcolor0826/




初心を忘れず、ぶれない強い気持ちを持って、走っていきたいと思います。


最後に、ブログに書き込んでいただいたいろんな方のコメントや、頂いたメールなどは、本当に励みになりました。


2年間、ご愛読ありがとうございました。




*           *           *




キャンパスを歩くと、思わず目をつぶってしまいそうな鮮烈な芝生の緑。

チャールズ川には、水面に反射してキラキラ光るダイヤモンドのような光の屑が舞っています。

まぶしい6月の太陽は、2年間を走り終えた学生たちを祝福するかのように、輝いていて、

そして、学生たちが過ぎ去っていったケンブリッジの街は、これから静かで一瞬の夏を迎えるのです。

(終わり)


Charles River Summer




Last updated June 10, 2008 01:37:58 AM


June 01, 2008

  この1ヶ月どこをほっつき歩いていたか
[ 旅行 ]  

お久しぶりです。

この1ヶ月まったくブログを更新してませんでしたが、どこをほっつき歩いていたかご報告したいと思います。



まずは、5月8日から13日までがハーバードの同級生8名を引きつれ、「勝手にJapan Trip 2008」を決行。

今回の旅をプロデュースするのは、元アメリカ陸軍特殊部隊「グリーンベレー」隊長で、イラク・アフガンでの戦闘経験豊富なジョーと、日本の体育会環境で育った僕。
従って(当然ながら)、旅のテーマは「ハードボイルド」及び「時間厳守」


強行スケジュールで、東京、京都を一気に駆け抜け、究極の目的地福井へ。


去年の「福井Trip」同様、うちのおばちゃんの酒蔵酒造りのプロセスを体験してもらったり、越前海岸をドライブしたり、温泉旅館で新鮮な刺身と酒に舌鼓を打ったり。

「すかした」HBSの学生たちを一気に日本の田舎ファンに変えておきました。


今年は、「私は普段はなんでも食べるのだけど、今日は魚を食べる気分じゃないの」みたいなわがまま白人女もいなかったし(っていうか、今回の「ハードボイルド」な旅では一切好き嫌いは許さず)、非常にやりやすかったです(猛毒)。



写真も何枚か。


まずは「聖地」ヒルズに上陸。この場所で僕が体験した様々な物語を語り出すと、これから投資銀行業界に就職する外人たちは表情を曇らすのであった。。。(東京)

Roppongi Hills


ここで取るポーズはやっぱこれでしょ(京都)

Kiyomizu


「ハードボイルド」な旅とはいえ、こんな瞬間も。。。(京都)

Yakiniku


越前海岸(福井)

Kochomon


僕の実家(福井)

Fukui Trip 2008



その後、クラスメートたちは韓国・香港・タイの旅へと去っていきましたが、僕はしばらく東京に滞在しました。
空手部の先輩のつてで、東大の環境学の教授と、アフリカについてお話する機会を頂けるなど、収穫の多い滞在になりました。


5月18日から22日までワシントンDCへ。
就職先の配属面接が行われたり、家探しをしたり、忙しく動き回りました。



5月23日から29日まではメキシコ


大学時代同じ風呂なし貧乏アパートに住んでいた友達が、メキシコ・シティーに駐在しているので、彼を訪ねていきました。
熊本出身で、アイスホッケー部のキャプテンを務めた熱い男です。


メキシコ・シティーではたいした観光もせず、ひたすらビールとテキーラな日々

大学時代の友達と語るのは、どれだけ時が経っても、部活の話とか、貧乏アパートのそばにあった銭湯や定食屋の話だとか、僕たちをよく潰してくれたサントリーの「レッド」(本当にひどいウィスキーだ)ついてだとか、将来子供ができたら都会の私立高校じゃなくて田舎の県立高校に入れたいよね、とかいう話。

なんでこんなくだらない話で時間が過ぎていくのか不思議だけれど、大学の友達ってそういうもんかもしれません。


メキシコ・シティーに三日滞在したあと、そこから北へバスで5時間ほどのところにあるグアナファトという小さな町へ。

かつては銀の採掘の基地として栄え、山の斜面沿いに古い町並みが残る、本当に美しい街でした。
街のいたるところに残るレンガで覆われた地下道や、かわいい教会や、テラスのついたカラフルな家に挟まれた狭い路地など、なんだか「天空の城ラピュタ」に出てきそうな街でした。


ここでも、結局はビール三昧

年をとるにつれ、自分の旅のスタイルみたいなものが少しずつ定まってきて、僕にとっての旅は、「日のあたる場所で、ビールを飲む」ということなのかもしれません。

グアナファトでも、日中はひたすらカフェでビールを飲み(ネグラ・モデロという黒ビールと、モデロ・エスペシャルという白ビールが最高にうまかった)、気が向いたら通りに繰り出して子供の写真を撮り、夜は安宿で出会った旅人たちと語る、みたいな日々でした。

グアナファトの写真を何枚か。


Guanajuato Sunset



Guanajuato Band



Guanajuato Baby



Guanajuato Mother and Child



Guanajuato Blue House



Guanajuato Night



5月は時間があっという間に流れていき、卒業式まで残すところあと5日です。



Last updated June 01, 2008 10:55:22 PM

May 01, 2008

  最後の授業シリーズ(最終回) - 戦友より
[ MBA留学 ]  

今日が、マートン教授の連続講義最終回でした。
そして、これが、僕にとってのハーバード・ビジネス・スクールで受ける最後の授業になりました。



昨日の講義では、マートン教授が関わった超有名ヘッジファンドLong-term Capital Management社(以下「LTCM」)の設立から滅びに至るまでを描いたケースを読み、LTCMでトレーダーをやっていたエリック・ローゼンフィールド氏を迎えての授業。


「LTCMは怪しげなデリバティブを使いまくって、無茶なリスクを取って自滅した」
とか
「傲慢な学者たちの数学モデルの限界が露呈
など、マスコミや評論家からはセンセーショナルな取り上げられ方をされがちなLTCMですが、
本当に現場で起こっていたことはなんだったのか、何がLTCM崩壊の真の要因だったのか、ローゼンフィールド氏が解説をしてくれました。


なかなか難解なお話で、恥ずかしながらそんなにきっちり理解したわけではないのですが、理解の限りで書いてみると、こういうことのようです。

  • 1998年8月17日
    ロシアがなぜか自国通貨建ての債券でデフォルト(普通は他国通貨建てのものを先にデフォルトするのに)。その後債券市場が荒れ模様を見せ始める。

  • 1998年8月21日
    突如、アメリカやイギリスの国債のスワップ・スプレッドが、LTCMの読みと逆方向に大きく動く。同じ日に、LTCMがリスク・アーブをかけていたTellabs社によるCiena Corp社の買収が破談に。この二つの「運の悪い」動きで、LTCMは5.5億ドルの巨額の損失を計上。

  • 1998年9月
    8月は単なる「極度の運の悪さ」が続いただけだったが、9月に入ると「マーケット全体がまるでLTCMを陥れるかのように動き始める。」
    LTCMと取引をしていたカウンターパーティーが取引を手仕舞いはじめる。
    「我々は、みんなが品物を投げ売る中、腐っていく在庫を抱えて、なすすべがない野菜の卸売業者のようだった
    LTCMが取っているポジションがだんだん明らかになっていくと、LTCMが潰れる方向に賭けてトレードをするひとたちも出てきます。
    マートン教授いわく、「あの時期は、画面を見ると、取っているポジションが全て真っ赤だった(※ブルームバーグなどの端末では、値段が下がると赤字で表示されます)。ショートだろうが、ロングだろうが、関係なく画面は真っ赤。あの光景はもう思い出したくない。」
    こういった状況では、平時にはcorrelationが低いと想定されていたすべてのポジションのcorrelationが限りなく1に近くなり、分散投資効果もへったくれもなくなってしまう。


運の悪さに端を発したものの、一旦マーケットの「神」に「滅びる」と魅入られた者は、その「神の見えざる手」に抗うすべなく、「自分を陥れるかのように動く」市場の連鎖反応が加速する中、なすすべなく沈んでいくしかなかったということなのでしょうか。


やはり、マートン教授にとって、破綻した会社の話をするのは辛いらしく、やや感情的な感じで、昨日の授業は終了したのでした。



明けて、今日。

生徒からの様々な質問に、マートン教授が忌憚なく答えるというなんとも贅沢なセッション。


その中でいくつかの心に残ったメッセージを書いておきます。


「私は、君たちに、単なる金融工学の公式を教えたんじゃない。私が本当に教えたかったのは、金融のツールを使って、これから君たちが直面する複雑な問題をどういうアプローチで解くか、という考え方だ。
『連続時間型ファイナンス』や、『Dynamic Replicating Portfolio』、『Institutionではなくfunctionという切り口で世界を見る』といった堅牢な思考方法は、shelf-lifeが長く、いろんな局面で応用することができ、きっと君たちが将来向き合うであろう問題を考えるのに役に立つだろう。」

「ときどき、学生が私のところにきて、『金融の世界では、重要な発見はされつくしてしまった。』と嘆いたりする。
全くそんなことはない。
金融の世界は、まだまだイノベーションの余地がある、とてもエキサイティングな分野だ。
これから金融界に入っていく人たちは、祝福されるべき人々だ。」


また、マートン教授のデリバティブに対する考え方も披瀝されます。

教授は、まだ市場は完全に効率的ではなく、様々なリスクが、そのリスクを取るべきではない人々によって保有されている、という風に考えているようです(筆者注: 以前書いた造り酒屋のクレジットリスクの話を思い出してください)。
LTCMは、そういうリスクを取るのにもっと”comparative advantage”がある人々にとってもらうための、仲介業務を行うという役割も持っていた、とのこと。
だから、デリバティブは、単なるギャンブルの道具ではなく、リスクの仲介をするためのツールとして使おうとしていた、ということなのでしょう。


そして、マートン教授が強調していたのは、
「人間は決して愚かではない」ということ。

金融市場で危機が起こると、メディアなどから、「無茶なリスクを取りすぎた愚かな行動」などと批判されがちです。

もちろん、それはもっともな指摘ではあります。
車の世界に例えると、ABSブレーキが導入されても、事故は減らなかったりします。
なぜなら人はいいブレーキがでたらもっとスピードを出そうとするから。
デリバティブについても、そういう側面もあり、それが金融市場の危機の発生につながっている面は否定できません。

おそらく、LTCMのパートナーたちは、「ABSブレーキが入ったのをいいことに、高速道路を今までより速く走った」のかもしれませんし、起こりうる危機に対する理解は不十分で、実際に危機の際に起こったマーケットの動きは、彼らの想定やモデルには織り込まれていなかったのでしょう。


でも、危機の現場にいたファンド・マネージャーやトレーダーたちがバカだったわけでは決してなく、彼らが一生懸命知恵を振り絞って、より市場を効率的にするためのイノベーションを起こそうという試みをしていたという側面があることは理解してほしい、ということを強調していました。


世の中にうごめく様々なリスクを、そのリスクを一番取るのに適しているところに移そう、という試み自体は、世の中的に価値がある動きだと思いますし、
だからこそ、マートン教授も、ファンドをひとつ潰すという強烈な試練を乗り切り、その教訓を生かしながら、更なる金融イノベーションの研究を進めているんだと思います。




授業の後にマートン教授の著書「Continuous-Time Finance」にサインを頂きました。
教授が筆を取ってさらさらと書いた言葉は:


"Fellow trader in the exciting world of finance
Robert C. Merton
April 29, 2008"



「Fellow trader」ってどういう意味なんだろうとしばし考えたのですが、
「一緒に働く(債券や株式の)トレーダー」と直訳するのではなく、
「戦友」っていう意味なのかなあ、とふと思いました。

つまり、


"このエキサイティングな金融の世界で共に戦う(君の)戦友
ロバート・C・マートン
2008年4月29日"



人間は時に失敗するけれども、まだまだ改善やイノベーションの余地がある金融市場で、共に知恵を振り絞って戦っていこうじゃないか、というマートン教授からのメッセージに、思わず胸が熱くなりました。



本当に金融の世界は複雑です。
マートン教授のような天才でも、時にはリスクを見誤って大損をこくこともある。
それでも「人間の知」のポテンシャルを信じて、より人間社会に貢献する金融技術を目指して研究を進めるマートン教授の前向きで建設的な姿勢は、尊敬に値すると僕は思います。



そして、この「建設的な楽観主義」は、金融に限らず、僕のハーバードでの生活を総括する言葉なんだと思います。



僕が、ハーバード・ビジネス・スクールで学んだ最大のもの、それを少しでもクリアな言葉に結晶させようと試みるならば、それは、
絶望的なまでに複雑な問題を抱える世界の姿を2年前の自分よりもより精緻に見つめることのできる視座
その複雑さをかみしめ、問題に正面から向き合おうとする許容度
そして、それでも、僕たちはきっと問題の改善に向かって前進していけるだろうと信じられる人間の叡智への希望、なのかもしれません。



Fellow trader in the exciting financial market


 




Last updated May 03, 2008 01:00:34 AM

  トヨタ生産方式が途上国の製造業に革命を起こす!?
[ 開発・環境問題 ]  

最高にあっつい日本人に会いました!!

HBSで一学年後輩のOさん。


彼のバックグラウンドは、かのトヨタ生産方式を海外企業に広めるコンサルタント


メキシコロシアなど新興国の、ソーセージ会社、靴会社など、いろいろな製造業の原価を飛躍的に下げ、生産性と競争力をたたき出した、血と汗と涙の体験談を聞かせていただきました。



まず、Oさんが強調していたのが、「トップのコミットメント」
トヨタ生産方式は、「ヒトが変わる」ということが起こらないと、成功しないので、まず、会社のトップが、「これを実行するぞ」という強い気持ちを持つことが大事なんだそうです。


トップのコミットメントを確認したら、気合の「カイゼン」プロジェクトが始まります。

最初に、1週間くらい工場に張り付いて、徹底的にムダを探し出すそうです。
これも、Oさんが先頭に立って、24時間体制で、手を汚して、分析して、ムダを見つけるという動作のお手本(lead by example)を見せてあげるそうです。
(ちなみに、彼のお父さんは、トヨタのケースでも登場する、トヨタ生産方式の権化のような有名な方で、そのお父さんの場合は、1時間工場のフロアを見回るだけで、オペレーションの弱みが把握できてしまうそうです)


こうやってお手本を見せたら、現場の人たちに「次回のミーティングまでにこの部分のパフォーマンスを改善させよう(例:あるラインの歩留まりを上げるとか)」といった「宿題」をあげて、一旦引き上げます。
一旦引き上げるのは、結局、現場の意識が変わって、自発的にカイゼンをしていく、ということを学んでもらわないと、本質的に状況は変わらないからだそうです。


この「お手本」と「宿題」を繰り返していくうちに、現場の意識はどんどん変わっていくそうです。


メキシコのある工場では、従業員の士気がいまひとつで、従業員がすぐ工場をやめてしまうというのが悩みの種だったのですが、トヨタ式を導入して、一人一人の知恵によっていろんな指標が改善していくうちに、従業員たちは「考える楽しさ」を覚え、彼らのやる気は見違えるように変わっていったそうです。

ちなみに、お給料の出し方などのインセンティブ体系は、いじらないそうです。
だから、飛躍的な原価の下げは、ひとえに従業員たちの「やる気」の向上によるもの。


もちろん、原価が下がって、工場の生産性が上がれば、工場の利益も上がっていくので、それに応じて、中長期的には従業員の給料は上がっていきます


そして、くしくも、Oさんは、マイケル・ポーター教授と同じことを言っていました。

「経済成長に伴って労働者の賃金は上がっていく。
そうすると、賃金が高くなった国の工場はつぶして、もっと賃金の安い国に工場を移動させよう、と考えがち。

そうではなくて、賃金の上昇に伴って、もっと頑張ってカイゼンも行い、生産性を上げていくことが大事
そうすれば、賃金の高い国の工場も、賃金の安い国の工場に対して競争力を持ち続けることができる。」


結局のところ、競争力や国の豊かさに直結するのは、賃金の安さなどの”factor condition”ではなく、あくまで生産性だ!という、ポタがいつも口を酸っぱくして言っている考え方は、トヨタでは既に常識のようです。



もちろん、トヨタ式のような新しい考え方を伝えていくときに、文化の違いは考慮しなければなりません。
でも、例えば、アメリカでは野球やアメフトなどのスポーツに例えて、チームワークの話をするなど、相手に刺さる説明の仕方を考えれば、文化の違いは乗り越えられる、とのこと。



最後に、今後、トヨタ生産方式がもっともっと世界に広まっていくために、何が必要なのか、聞いてみました。

今後の成長のための最大のボトルネックは、「人材育成」だそうです。

トヨタ生産方式は、多分に「伝統工芸の伝承」的な要素があって、エンジニアたちは、「暗黙知」を何十年もかけてマスターしていくそうです。

それなのに、アメリカなんかだと、折角成長してきたエンジニアも、一人前になるかならないかのうちに、高い給料で他社に引き抜かれてしまうそう。

一方、日本では、ベテランさんたちは、言葉の壁やカルチャーの壁もあり、海外、特に途上国でトヨタ式を広める、といったプロジェクトを引き受けてくれる人はまだまだ少ないそう。

たしかに、こういう「伝統工芸」的な要素があるからこそ、トヨタ式はそんなに急速に広まっていくというわけにはいかないんですね。


だからこそ、今後、「暗黙知」を「形式知」化しつつ、いかにトヨタ式をマスターした人材を効果的に育てていけるか、というのがOさんの腕の見せどころなのでしょう。


*            *            *


トヨタ式のすごいところは、新しい設備投資を打ったりせずに、今あるリソースの中で、徹底的にムダを省き、コストを下げていく、というところ。
つまり、おカネがなくても、生産性が上げることが可能!というのが、すごいんです。


僕としては、途上国の経済発展のためには、途上国の産業競争力が上がっていくことが鍵で(なぜなら、国の富を生み出すのは常にビジネスだから)、
途上国の製造業にトヨタ式を教えてあげることは、まさに日本にしかできない国際貢献の方法だと思うし、実は、ODAなどの金銭的な援助と同じくらい(あるいはそれ以上?)インパクトがあることなんじゃないかと思っているのです。

そして、こういった技術移転や産業競争力強化が、今の日本の途上国支援業界で、最も未開拓な分野で、かつ最もポテンシャルのある分野なのではないかと思うのです。



だから、将来、Oさんと一緒にコラボをして、日本のすぐれた技術やノウハウを、きちんと対価を取る形で(例えばアドバイスの対価に当該企業の株式をもらうとか)アフリカの企業に伝え、アフリカの産業の競争力を上げる!といったプロジェクトができたらいいなあ、と思います。


Oさんも、大学時代は国際関係や開発学を勉強されていたそうで、上記のアイディアに関してかなり意気投合しました。


こんな「お宝キャラ」が一学年下にいるなんて、もっとはやく気づいておけばよかった!


今から、将来のコラボの機会が楽しみです!!


(Oさん、ご多忙の中、ほんとうにありがとうございました!もし誤りや誤解を招く書き方があったらご指摘下さいね。)




Last updated May 02, 2008 04:22:09 AM

April 28, 2008

  最後の授業シリーズ(その2) - メルクの元CEOと楽観的なラティーナからのメッセージ
[ MBA留学 ]  

金曜日。次々と、お気に入りの授業たちが最終回を迎えていきます。



Building and Sustaining a Successful Enterprise


メルクの元CEOレイ・ギルマーティン教授が仕切る授業。


去年僕のセクションのオペレーションを教えていたときは、まだケース方式に慣れておらず大変そうでしたが、
今年は、完璧にクラスの議論を仕切り、さすが元CEOの貫禄をいかんなく発揮しています。

一方で、授業に奥さんをつれてきて、勝手にのろけ話を披露したりする「お茶目さ」は健在
クラスの女子たちからは、「The cutest man I ever met(今まで出会った男性の中で最もキュートだわ)」との声も聞こえてきます。


そんなギルマーティン教授の最後のメッセージは相変わらず格調の高いものでした。
1年生のときのオペレーションの最後のメッセージと共通ですが、何度聞いても、感動するので、もう一度書きます。決してこのメッセージを忘れることがないように。


「仕事をする上で一番大切なのは、Value(価値観・倫理観)とIntegrity(高潔さ・誠実さ)だと思う。仕事をする上で、時には倫理的に微妙なことをやってしまいたくなるときもある。そして、そこで踏みとどまるのは決して簡単なことではない。でも、リーダーの行動が組織のカルチャーを決めるし、みんながリーダーであるあなたを見ていることを忘れてはいけない

いかなるときも、周りの人に対する敬意を持ちなさい。もし、自分を攻撃する人がいたら、怒りをもって返さず、なるべく建設的に、真摯に、そして謙虚に対応するようにしなさい。これらを実行していれば、いつか必ず周りの人に助けられる日がくる。

最後に一番大事なのは、家族だと思う。これまで私は、いろいろな人から「仕事の家庭との両立」について聞かれると、「バランスが大事」だと答えてきた。でも、もう一度よく振り返ると、結局私は家族を一番にするというはっきりとした優先順位をつけてきたのだと思う。みんながどういう優先順位を取るかはともかく、家族を大事にしながらでも仕事はできる。」


結局、ギルマーティン教授が、ビジネスパーソンとして成功できたのは、
この愚直なまでの謙虚さと誠実さなんだろうと僕は思っていて、
そんな彼の生き様は、同じく愚直に生きようとしている僕に、ものすごい勇気を与えてくれるのです。



Institutions, Macroeconomics and the Global Economy


コスタリカ人激ぬるなアルファーロ教授が仕切るマクロ経済の授業。


「みなさんは、この難しい経済環境の中、社会に出て行くわけだから、なかなか甘くはないわね。

でも、私も今年はこの学校でのTenure(終身雇用権)が取れるか、クビになるかの瀬戸際なのよ。お互い厳しい職場環境で働くものとしてがんばりましょうね(クラス一同爆笑)。

80年代にまだ子供だったあなたたちには、今渦巻いているサブプライム危機や不況の影は、はじめて味わう深刻な経済環境でしょう。


でも、最後は、市場の力を信じてほしい

もちろん、状況を打開するには、政府の介入や政策も大事。
でも、過去の歴史を振り返ると、人間は危機に瀕しても、知恵を絞ってイノベーションを起こして危機を乗り越えてきたわ
だから、みんなは、明日に対して強い希望をもってほしいし、そして世界をもっとよくしていこう、という気持ちを失わないでほしいわ。

半年間、どうもありがとう。
Ciao!」


さすが、ラティーナらしい、楽観的で明るく、でも熱いコメント
こういうキャラが大好きでした。



HBS a sunny day 2008-04



さあ、あとは、来週月曜日と火曜日のマートン教授の「神の声」の2回を残すのみ。
最後のケースは、かの伝説のヘッジファンド”Long-Term Capital Management”です。

これも、(もしちゃんと内容が理解できたら)リポートしますので、お楽しみに!



Last updated April 28, 2008 06:09:04 AM

April 27, 2008

  最後の授業シリーズ(その1) - ポーター教授のメッセージ
[ 開発・環境問題 ]  

当地ボストンでは桜が満開です。
日本では、別れの季節と言えば、桜ですが、
そのコンセプトは、ボストンでもあてはまるようです。


HBS Sakura 2008-04


ついに、ポーター教授の最後の授業の日が来てしまいました。

これまで学んだこと全て踏まえた上でディスカッションする、これまでの集大成となる授業。
お題は、「ガーナ」

昨年ガーナを旅し、HBS2年生のガーナ人全員と親交の厚い僕にとっては、かなり熱いテーマ!


ガーナの経済史を振り返ることで、なぜ経済発展と貧困削減がこんなに難しい問題なのか、その難しさを改めて実感し、でも逃げることなく問題と正面から向き合い、取り組んでいこうという決意を強める「みそぎ」のような授業でした。


*            *            *


1957年にサブサハラ・アフリカ初の独立国となったガーナ。
独立当初は、、アフリカの中では、高い教育レベル、比較的まともなインフラ、ココアや金などの強い輸出産業など、成長のための優位な条件があったにも関わらず、その後50年近く経済は伸び悩み、人々は貧困から抜け出すことができませんでした。


まず、独立後、なぜ経済運営が失敗し続けたか、というテーマで熱い議論が戦わされます。


エンクルマという人が初代の大統領なのですが、彼の政策の柱は、社会主義的な計画経済と、Import substitution(輸入代替政策)でした。

今の開発業界においては、あまりにもイケテナイ政策の組み合わせですが、
当時の民族解放主義者たちによくみられた「資本主義 = 帝国主義者の考え方」という心理状態では、イデオロギー的に社会主義路線に走りたくなるのもよくわかりますし、当時は、ソ連がうまくいっているように見えていた時代だし、理論的にもImport substitution戦略が華やかなりし頃。
だから、エンクルマの取った戦略は、あながちわからない話ではありません。


成長途上の国内の製造業などは、海外勢との競争から関税などによって保護され、多くの産業は国営企業によって運営されました。ところが、国営企業の経営は非効率で、産業はあまり発展しませんでした。

ココアについては、農民が国際市場の価格変動の影響を受けないように、政府が一定の価格で農民から買い取ります。そのかわり、買い取ったココアの輸出は政府が独占的に執り行い、ココアからの輸出収益が政府の貴重な収入源になりました。

インフラ整備にも力を入れ、巨大な人造湖をつくり、ダムと水力発電所を作るなど、野心的なプロジェクトを行いますが、多くのプロジェクトは管理が甘く、予算オーバーや赤字垂れ流し状態が続きます。


政治的には、エンクルマは、自ら終身大統領となることを宣言し、一党独裁政権をしきます。こうなると、エンクルマの周りに”rent seeking”をしてくる政治家や役人が増え、汚職がはびこったのでした。


1960年代にココアの国際価格が下がり始めると、ガーナの貿易赤字が広がります。
Balance of Payment(国際収支)を考えると、貿易赤字(経常赤字)を埋めるためには、資本勘定がプラスじゃなきゃもたないので、ガーナの海外からの借金が増えていきます
こうして経済はどんどん悪化していき、ついに1966年に軍部によるクーデターが起こり、エンクルマは政権を追われます。


その後、いろんな政権が入れ替わり立ち代り現れ、一向に政治も経済も安定せず。


1979年に空軍大尉だったローリングスが政権を掌握しますが、彼も経済運営に失敗。
この時期の一人当たりGDP成長率はマイナス。
大飢饉も発生し、飢えた人々の鎖骨がまるで首飾りのようにはっきりと浮き出て、「ローリングスの首飾り」などというシュールな言葉が生まれたのでした。

海外からの援助も、こんな状態では焼け石に水。(腐敗で消えていった部分も大きかったことでしょう。。。)


ついに、1983年、自力での経済回復が難しいと判断したガーナ政府は、世界銀行とIMFに支援を仰ぎます。


世銀とIMFは、ガーナに対し資金援助やテクニカル・アシスタンスを行い、「マクロ経済安定、貿易の自由化、国営企業の民営化、国内産業への補助金の撤廃などのお約束の政策パッケージをぶちこみます。これらの政策がそれなりに功を奏し、経済は緩やかな回復軌道に乗ります。

ところが、貧困を削減するに十分なほどには経済は成長はせず、一人当たりのGDPは、実質ベースでやっと独立当初のレベルに回復した程度。

Ghana GDP per Capita

なぜ世銀の政策パッケージは十分な効果を生まなかったのか?
ディスカッションではいろんな意見が出ましたが、結局収斂するのは、マクロ環境はよくなっても、強いビジネスが生まれなかったから、という要因。

いくらインフレが低くて政府の財政が健全でも、富を生み出して税金を払って雇用を生み出す強い産業(ビジネス)がなかったら、経済は発展しようがない!というのがこの授業の根底に流れる思想。

例えば、国の強みを探し出して、それを競争優位に変える戦略は一切生まれなかったし、
ビジネスをしやすい環境整備(腐敗をなくす、ビジネス・インフラの整備、など)には、そこまで力が入ることはありませんでした。


また、一連の経済改革の敗者に対するケアも十分ではなかったので、改革の実行が思うように進まなかった、という点も指摘されました。

例えば、当時の国内労働者の75%は国営企業で働いていたので、国営企業の民営化もおいそれとは進みません。
国営企業の労働者のような「改革の敗者」を納得させた上で改革を進めるには、経済改革と並行して、ある程度の”Social progress”を創出することが不可欠、というのも、この授業のテーゼのひとつなのですが、ガーナにはそれがなかった。(例えば、シンガポールのケースでは、経済成長戦略を推し進めると同時に、国民みんなが自分の家を持てるように政府が住宅整備に力を入れた、みたいな「敗者への気遣い」が見られました)


そういったさえない状況で、ガーナはミレニアムを迎えます。



2000年に行われた選挙の結果、ローリングスに変わって、野党のクフォーが大統領に就任

彼の政策の柱は、(1)ビジネスの強化、(2)腐敗の一掃でした。


ビジネスを強化するには、ビジネスがしやすい環境を整えることが肝心、特にインフラ整備が重要!というのがクフォー大統領の認識でした(例えば、1日3回停電が起こる、みたいな状況では、工場はスムーズに運営できません)。

今までの反省を生かし、効率的にインフラ整備プロジェクトを運営すべく、ガーナ政府は、民間セクター(例えば海外の電力会社など)との共同プロジェクトを実施します。
でも、儲からないプロジェクトには、海外の民間企業は入ってこないので、クフォー大統領は、思い切った電気料金の値上げを実施。電気料金は一気に二倍に跳ね上げられたそうです。
これで、民間企業にとっては、利益が出しやすくなり、プロジェクトの出資が魅力的になりますが、国民にとっては大打撃
「長期的にガーナのインフラがアップグレードされるには、海外資本の力が必要で、そのためにはガーナ国民は短期的な打撃を我慢しなければならない。」ということを、どうクフォー大統領が人々に説明したかはわかりませんが、このものすごい「敗者の適応」が必要な場面を、よく乗り切ったと思います。

クフォー大統領の就任当初の政策を分析したところで、ディスカッションは終了。


締めに、ガーナ人のナナが、2001年以降、今までのガーナの著しい成長についてのアップデートを行いました
端的にいうと、ビジネス環境がよくなったことで、海外資本も入ってきて、ガーナはアグリビジネスや製造業が競争力を付け、今では西アフリカのエース級のパフォーマンスをあげているようです。



*            *            *


最後にポーター教授からの熱いメッセージ:


「なぜ、コースの名前が「Microeconomics of Competitiveness(競争に関するミクロ経済)」となっているか?それは、今まで多くの経済学者や開発関係者が、国の経済成長と貧困削減を考えるときに、マクロにフォーカスしすぎて、ミクロ(つまり個々のビジネスや産業やクラスター)の競争力を強化しよう視点が抜け落ちていたから。でも、国の富を生み出すエンジンは、結局のところ、強いビジネスだ。だから、将来、開発にかかわる君たちにミクロの大切さを理解してほしかった

おそらく、この授業は、世界で唯一、経済発展についてケース方式で教えている授業だ。なぜケース方式にすることが大事なのか?経済発展というのは、決して簡単な問題ではない。この問題の複雑さを考えると、問題分野は山のようにあり、とりうる政策は100個も200個もある。でも、その中から優先順位をつけて実行に移すには、戦略的な考え方が必要。だから膨大なケース情報を見て、国の強みと弱みを分析し、そこから国の戦略を導き出すというトレーニングをしてきたのだ。

最後に、みんながどう思おうが、これからは君たちは一生涯私の生徒だ。何か困ったことがあれば遠慮なくいってほしい。卒業して、社会に出たら、とにかく国の競争戦略に携われる場所に潜り込んでほしい。HBSやケネディー、そしてポーターの名前などを使えば、きっと、君たちを雇ってくれる政治家や官僚がいるはずだ。国の競争戦略に携われる場所に潜り込んだら、まわりの人々にこのコースのコンセプトを広めてほしい。ボトムアップで状況を変革しようという人々が増えていけば、きっとものごとは変わっていくと私は信じている。」


読者の方々にうまく伝わるかわかりませんが、かなりインスピレーショナルなメッセージでした。


このインスピレーショナルなメッセージを聞き、経済成長と貧困削減のエンジンになる産業を育てるお手伝いをしたい、と考えている僕の思いはますます熱くなったのでした。




Last updated April 28, 2008 06:00:50 AM

April 22, 2008

  ボストン日本人研究者交流会
[ 開発・環境問題 ]  

土曜日は、ボストン日本人研究者交流会で発表をさせていただく機会を頂きました。
50人強のボストン近郊在住の、研究者さん、お医者さん、ビジネスパーソン、学生さんなど、いろんな方が来ていただいて、アフリカについてのお話昨年夏のモザンビークでのインターンの話を中心に)をさせて頂きました。

お題はこんな感じ:


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「投資銀行マンのモザンビーク戦記」

「今アフリカでビジネスが熱いんですよ!」と言われたら、どう思われますか?

「えー、そんなのうまくいくの?ちゃんと儲かるの?」と感じられる方が大半かもしれません。

でも、実は、アフリカのような発展途上の国々でも、ビジネスの種はたくさん転がっているんです。

そして、ビジネスを通じて、発展途上国の貧困削減に取り組んでいこう、とする動きが、ビジネス界や開発援助業界で注目を集めつつあります。世界銀行などの開発援助機関も、「貧しい人々が貧困から抜け出すためには、お金儲けの手段が必要だ。途上国の経済発展と貧困削減のためにはもっとビジネスを育てないと!」ということを言いはじめています。

本発表では、途上国開発についてド素人だった元投資銀行マンの発表者が、去年の夏、モザンビークというアフリカの国に飛び込んで、農業ビジネスの事業戦略構築に携わる中で、見たこと、感じたことをお話ししたいと思っています。
その上で、アフリカ、アジア、ラテンアメリカなどの発展途上国の貧困削減のためにどんなことが起きなきゃいけないか、私たち一人一人がどのように関わっていけるか等をディスカッションできればいいなあと思っています。


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生まれつきの口下手っぷりが遺憾なく発揮され、いまいち上手なプレゼンではなかったので、反省しきりなのですが、
いろんな方から、「おもしろかった」とか「熱かった」とかポジティブな反応をいただけたのでよかったです


でも、さすが、理系・医学系の研究者の方々中心に集まっていただいた方々は、超熱心に聴いてくださいました。

途中、みなさんすごい怖い顔で聞いていらっしゃるので、僕の話がつまんないのかなあ、とややあせりましたが、
実は、プレゼンテーションのスライドの内容を、とても細かく見てくださっていたわけで
プレゼンのあとのQ&Aセッションと、その後の懇親会で、ものすごい新鮮で鋭い質問を山のように頂きました。


例えば、あるお医者様から聞かれた
ボツワナはアフリカの経済発展の成功事例というスライドについてだが、ボツワナの一人当たりGDPは素晴らしい数値が出ているが、乳幼児死亡率のような健康指標はあまり改善していない
これは、経済発展の恩恵が、医療分野にうまく流れなかったということなのか?だとしたら、その要因は何か?
という質問。

Researchers Mtg 2

ものすごい鋭いポイントなのですが、残念ながら僕はボツワナの医療分野の現状についての理解がほとんどなく、答えられませんでした。
もっともっと、勉強しなきゃです!


また、ビジネス関係者の方々からも、「将来一緒に途上国ビジネスでコラボしましょう!」みたいなお声がけも頂けて、とてもうれしかったです。


途上国向け投資をやる以外に、アフリカの(特にビジネスに関する)ポジティブな面を伝えていこう(特に日本の人たちに)というスポークスマン的役割も果たしたいと思っている僕には、異業種の方々にお話をできた今回は、大変いい勉強になったのでした。



僕と一緒に発表されたお医者様による、3D-CTスキャンを使った画期的な大腸がん検診についてのプレゼンもかなりおもしろかったです!
動画などを交えて説明してくださったので、CTのすごさを体感できました。
内視鏡だとか胃カメラ系は想像しただけで気絶しそうなのですが、これなら安心して検査にいけそう。
やっぱりイノベーションに関する話を聞くと元気がでますね!



会場の手配等いろいろご準備頂いた研究会幹事の皆様、快晴で全く勉強会日和ではないなか聞きにきてくださった皆様、改めてありがとうございました!




Last updated April 22, 2008 06:44:01 AM

April 19, 2008

  ビジネススクールなのに農業実習!?
[ MBA留学 ]  

昨日は、アグリビジネスの授業の一環で、農業実習に行ってきました。

「アグリビジネスを学ぶ我々の中に、農家に行ったことがない奴がいるなどということは、あってはならない。」ということで、学生中心で企画されたもの。


ボストンから、車で1時間くらいのところにある有機農家に行ってきました。
天気は快晴、気温も温暖、農場訪問には素晴らしいコンディションです。


Farm and moon


まずは、ほうれん草やレタスの苗を育てているグリーンハウスを見学。

Green House


続いて、を見学。

こんなちっちゃいヒヨコちゃんが、

A day old chick


数週間でこんな大きな鶏になります。

Chicken



続いて、これからレタスを植える予定の10ヘクタール(1ヘクタールは100mx100mだから、だいたいサッカー場一個分くらい)の巨大な畑へ。


Farm Machine


これだけの巨大な畑を有機栽培でやるのは、草むしりや害虫防止などの作業が、さぞかし大変だろうなあと思います。


でも、案内してくれた経営者が言っていたのは、アメリカでは、有機栽培の認定基準がとてもゆるく
仮に多少化学肥料や殺虫剤を使っていても、ランダム・チェックとかもないし、ほとんどばれることはないそうです。
だから、本当にまじめに有機栽培をやっているうちのような農家は報われないのだよ、と言っていました。

なぜそんな緩い基準になっているかは説明してくれませんでしたが、僕の想像だと、まじめに有機栽培をやってたら、農家の採算がとれなくなってしまう、などの政治的な理由があるんだろうなあと思います。

アメリカはホールフーズみたいな巨大な有機食品スーパーのチェーンがあって、有機食品がちまたにあふれています。
農家出身の僕としては、農民不足の現代において、本来は手間のかかる有機食品をよくそんなに大量生産できるよなあと不思議に思っていたのですが、認定基準が緩いということであれば、すっきり謎が解けた気分です。


ちなみに、経営者がいうには、日本の有機栽培基準が、世界で一番厳格で、一番まともだそうです。
たから、日本の有機野菜は本当の意味で無農薬栽培されているから、高い値段を出す意味があるとのこと。

ただ、経営者が言っていたのは、結局のところ、有機だろうが、化学肥料を使っていようが、取れたてのフレッシュな野菜が一番うまいのさ!
有機野菜だって、古くなればまずくなるし。
まったく賛成です!


農場見学のあとは、コーンブレッドとマメの煮物をつまみに、地元の大麦から作った地ビールを飲み、ちょっとしたパーティーみたいになりました。
特に地ビールはものすごくコクがあっておいしかったです!



*           *           *



農家でフレッシュな食べ物に舌鼓を打ったあとは、大急ぎでボストンに戻り、1年生たちが主催してくれた追い出しコンパへ。

久しぶりに1年生、2年生の大団円で、楽しい会でした。
企画してくださった1年生の皆様、ほんとうにありがとうございました!




Last updated April 19, 2008 11:50:54 AM

April 16, 2008

  ナイジェリア・ブームに火をつけろ!
[ MBA留学 ]  

今日は、ポタの授業のプロジェクトのプレゼンテーションがありました。
僕たちのチームは、ナイジェリアの金融クラスターの現状とクラスターの振興政策についてプレゼンテーション。


MOC Team

(写真は僕たちのチームです)


なんと、ナイジェリアの元大臣(何の大臣だったか忘れた。。。たしか経済系)がプレゼンテーションを聞きにきてくれました!
元大臣は、現在はケネディー・スクールのミッド・キャリア・プログラムの学生をされていて、近々ナイジェリアの政界に戻られるそうです。
僕たちが立てた政策提言をナイジェリアの政治家に聞いていただけるのだから、これ以上ないチャンスです!



プレゼンは、ガーナ人ナナ(HBS)による、イントロダクションからスタート。
なぜ、今ナイジェリアの金融セクターが熱いか、そしてナイジェリアの経済発展と貧困削減のためにいかに金融が重要か、という気合のこもったトークで一気に聴衆を引き込みます。

続いてナイジェリアの民族衣装に身をつつんだゼイナブ(ケニア人、ケネディー・スクール)が政治状況と貧困問題についてトーク。
ゼイナブはナイジェリアのシェル社(石油会社)での勤務が長く、現場を熟知しているだけあって、トークに迫力があります。

その後、ドイツ人ラーズ(ケネディー・スクール)がナイジェリアのマクロ経済環境について切れ味鋭い説明を展開。

そして、プレゼンテーションは、佳境の金融クラスターの話へ。

まずは、僕がクラスターの歴史と2002年の制度改革(ナイジェリア版金融ビッグバン)、クラスターの各プレーヤーの状況について説明します。残念だったのは、いくつか狙い済ましたギャグを放ってみたけど、ことごとくはずしたこと。。。僕はプレゼンや授業中の発言でウケを取るのは比較的うまい方だと思っているのですが、ケネディーの方々の笑いのツボは少し違っていらっしゃるのでしょうか。。。

締めに、フランス人マティアス(ケネディー・スクール)が、2002年の制度改革以降のクラスターの急成長と、今後の課題及び政策提言(詳細は書きませんが、石油やインフラ以外の産業振興、現地金融機関が長期の投融資を行うためのキャパシティー・ビルディング、一般消費者向けの金融サービス強化などが骨子)を説明。


2008-04-15_Nigeria MOC Project Presentation_2008-04-07 Final_1_1.jpg


聴衆の反応は上々。
持ち時間の20分を使い切って時間オーバーになるチームが多い中、うちのチームはプレゼンの各スライドのメッセージをハッキリさせ、時間を短く抑えた上に、みんな話すのがうまかったと思います。



切れ味の鋭いプレゼンテーションに、ポーターも大喜び
授業終了後、チームメンバー一人一人と堅い握手を交わします。
「いやー、こんなにナイジェリアの金融が盛り上がってるなんて全く知らなかったよ!よくやってくれた!」

金融クラスター嫌いのポーターのはずだが、アフリカという難しい環境の中で、ここまでドラマティックな成長を遂げているクラスターを見ると盛り上がるんですねえ。。。

ナイジェリアの映画業界「Nollywood」を取り上げたチーム(ケネディー・スクール学生のインド人の元映画監督がチームリーダー!)もうまくプレゼンしたし、ポーターの中で、ナイジェリア・ブームに火がついたかもしれません!
もしかしたら、ナイジェリアがこの授業のケースとして登場する日も近いか?と期待が高まります。
(HBSのナイジェリアのケースというと、石油業界と民族紛争に関するケースしかありません。これもひどい話ですが)


それにしても、感じたのは、アフリカは、まだまだマーケティングをしなきゃいけないな、ってこと。
みんなアフリカなんていうと、そこは未開発の暗黒の大陸で、コーヒークラスターやバナナクラスターはあっても、世界レベルで戦える可能性を持つ金融クラスターなんてないと思ってるから、僕たちのプレゼンを聞いてショックを受けたんだろうと思います。
アフリカの強い面を、もっとアピールするべく努力しないと!という思いが強まりました。


ポーターのフィードバックのあと、ナイジェリアの大臣からコメントを頂きました。
大臣も、「とても質の高いプレゼンだった」と満足そう。

僕たちの政策提言については、基本的に一点を除いて全て賛成とのことです。
その一点というのが、「融資担当者がもっとキャッシュフローベースの長期貸し出しができるスキルを身につけられるように、業界団体がイニシアチブを取ってトレーニングを行ったり、資格試験をつくること」という提言。

でも、大臣いわく、ナイジェリアの融資担当者は海外でMBAをとっていたりして、かなり技術レベルは高いそうです。そして、彼らに必要なのは、技術的トレーニングではなくて、腐敗の防止だ!と断言していました。
ナイジェリアは、1990年代から2000年代前半にかけて何度も金融危機を経験し、銀行のバランスシートには不良債権が山積みになっていたのですが、その真因は、融資担当者がリスクを見抜けなかったのではなく、賄賂を出した企業に無茶なローンをつけるなど、コンプライアンスがしっかりしていなかった、ということが原因だそうです。

自分の国の腐敗をここまではっきり認めて、謙虚に改善を目指していこうと決意いる大臣はすごくビジョナリーな方だと思いました。

しかし、腐敗が金融セクターの発展を妨げているとなると、問題の根本「技術的な課題」(キャッシュフローベースの貸し出し手法を学ぼう!みたいなもの)から、「適応を必要とする課題」(世界観を変えるだとか、倫理観を強めるだとか)へ。
うーーん、再びハイフェッツ教の深い世界に入っていきそうです。
ここは、ケネディースクールの面子にがんばっていただかねば。。。


ところで、政治家といえば、チームメンバーのゼイナブは、将来ケニアの大統領を目指しているそうです。熱すぎます!!
今アフリカで女性大統領といえば、リベリアの「鉄の女」サーリーフ大統領(ちなみにこの方が今年のケネディー・スクールの卒業式のスピーカーらしいです)くらいだと思いますが、ケニア初の女性大統領に向けてがんばってほしいです!


残り2週間半で、今日のプレゼンテーションと、明日あたりに届くであろうポーターや聴衆のクラスメートたちからの膨大なコメントを基に、30ページの最終レポートに落とします
最近マートン教授の「神の声」で、途上国の金融危機発生のメカニズム及びリスク回避手段について触れられたので、その辺のインサイトも文脈にあえば織り込みたいと思っています。
いよいよ追い込みです!




Last updated April 17, 2008 05:38:47 AM

April 11, 2008

  100周年祭り
[ MBA留学 ]  

今週の火曜日は、学校はお休みで、ハーバード・ビジネス・スクール創立100周年の祭りがありました。
(うちの学校は1908年創立で、ダートマスとウォートンに続く古いビジネス・スクールです。そして僕らの代は第100回目の卒業生(ちゃんと卒業できたらだけど。。。)ちょっとうれしいかもです。)

HBS 100 Years


午前中は、各セクションが集まって、今後のHBSの戦略についてのケースをディスカッション

議論の中身は、まあ普通でしたが、
ケースの参考資料の中に、HBSではじめて使われたケース(1921年に書かれたもの)が載っていて、それがなかなか渋かったです。
内容は、The General Shoe Companyという靴会社のオペレーションについて。
長さは、わずか1ページ!(現代のケースは、本文だけで10ページ以上あるから、えらい違いだ)


The General Shoe Companyの工場では、終業時間が5時なのですが、労働者たちは、なぜか4時15分になると仕事をやめてしまいます。
経営陣たちが調べてみた結果、作業着を着替えたり手を洗ったりする更衣室が狭く、労働者たちは45分前には仕事を終えないと、順番待ちで時間をとられて5時に工場を出られなくなってしまうから、ということでした。
さあ、どうしたらいいでしょう?というのがケース。

まあ、更衣室を増設する、というアプローチが基本でしょうが、増設するための費用と、増設して労働時間が増えたことによる生産の向上のベネフィットを比較するっていう分析をやったんでしょうね。


最初のケースがオペレーションがらみだったというのは、他のMBAに比較して、うちの学校のカリキュラムがオペレーションに比重を置いていることと関係あるんでしょうかねえ?


*             *            *


夕方からは、HBSのバースデー・パーティーなるものが行われました。

庭に作られた巨大なテントの中で、ビールを飲んだり、学生たちによるパフォーマンスを見たりします。

セクションメートのプロのゴスペル歌手ジョアンがピアノの弾き語りもあり、普段はちょろいキャラのくせに、歌うとなると相変わらずの美しい声でした。


そして、パフォーマンスのオオトリは、我らがSamurai Rocks

Samurai Rocks

ボーカルRay、ギターRyuto、ベースJun、ドラムRyu(タフツ医学部からの友情出演)といういつものメンバー。
オオトリということで後ろのパフォーマンスがなかったので、1曲の予定が3曲の演奏に延長され、激しい演奏を展開。
昨年のJapan Tripに参加したメンバーたちを中心に、観客も大盛り上がり
またリンダリンダ(注:Japan Trip中に異常に流行った)を歌いたいから、カラオケにいこうぜ」なんて話も出てくる始末。もう僕はお前たちとはカラオケにいきたくないのさ(毒)とはとてもいえず)

HBSバースデーパーティーの締めを、Team Japanが完全にハイジャックした形になりました。



演奏を聴きながら、「そういえば、このバンドを聴くのもこれが最後だなあ」ということをふと思い出し、
なんだかさびしい気持ちになりました。

授業終了まであと3週間
いよいよラストスパートです。


Agribusiness Team Mtg

(こうやって、友達と食堂でだべることも残り少ないなあと思って、一枚とってみました)




Last updated April 11, 2008 11:30:33 AM

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