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 昼下がりの迷宮~

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2007.01.18
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先日感想(こちらです)を書いた、北村薫『街の灯』に、こんな場面がありました。
良家のお嬢様が通う女学校で、主人公の英子が、上級生からお手紙をもらいます。
その上級生は、英子の同級生の姉に当たる人なのですが、女学校の生徒の中でもとりわけ、資産に富む華族の娘で、類稀な美貌と才覚で学校中憧れぬ者とてないような存在でした。
上級生から頂くお手紙、それはその当時、女学生たちに甘美なときめきを覚えさせるものであったようです。
英子も「何故私に…」と怪訝に思いつつも、胸の動悸を抑えることができぬまま封を切ります。
その内容は残念ながら、英子が微かに期待したようなものではなかったのですが――

物語の行方はさておき、昭和の初期の上流の女学校での、お手紙のやり取り…というこの場面を読んだとき、私が思い出したのが、表題のこの小説です。

川端康成 『乙女の港』  (Wikipediaにリンクします)

残念ながら現在、通常のルートで購入できる版はないようです。

他の川端作品に比べ、文学的な価値は低いとされているのか、不遇の扱いの作品ではありますが、かつてこの小説を読んだかつての少女たちには、鮮烈な印象を与えていたようです。
うろ覚えのあらすじや挿絵から正確なタイトルを捜してくださる《本の探偵》赤木かん子さんも、川端作品の質問でダントツに多いのがこちらだ、と言っておられました。
今この記事をお読みの方の中にも、「ああ!」と頷いていらっしゃる方があるかもしれません。

私がこの小説に出会ったのは小学生の頃です。
母が買って来てくれた簡易版の文学全集の一冊――当時は数社から同じような体裁の全集が出されていました。本はハードカバー、赤いつやのあるカバーがかけられ、中は確か2段組で、紙は硬め。独特の匂いあり。有名作家の名作を数点ずつ収めてあるものです。――その川端康成の巻に、この小説が入っていたのでした。
メインの小説はもちろん(子供向けの全集ですから『雪国』はないですね)『伊豆の踊り子』。
母も、私にそれを読ませようと買って来たに違いありません。

そちらも当然、読んだのですが、そのおまけのような形で収録されていたこの『乙女の港』の面白さの方が、当時の私には悠に上でした。
横浜の、外人墓地や港の見える丘公園にほど近いミッションスクール。
時代はずっと昔のことなのに、笑いさざめく女学生の、楽しげなおしゃべりが聞こえてくるようでした。
世俗にまみれるやりとりもなく、男子との恋とか何とかのような生々しさもない。
透明な毎日!そよかぜのようなときめき!
女学生、かくあるべし!
私はそのように思っちゃったのであります。

本が手元にないのであやふやな記憶ですが、主人公の三千子(これも今検索したのです)は確か、さほどのお金持ちの家でもなかったような。
自分のことも、とりわけ美人だとか魅力的だとか思ったことはなかったような。
その彼女が、時を同じくして、1級上の上級生と2級上の上級生からお手紙を頂いてしまうのです。
2級上の「お姉さま」は儚げな美しさのある方。
1級上の「お姉さま」は強引という一歩手前、のような強さで、彼女の心を求めてきます。こちらはかなりの、かなりのお金持ち。ある日お昼ご飯に三千子を招き、「お庭でいただきましょう」とテーブルを出させる(お母さんに、ではありませんよ、もちろん!)。「ここがいいわ」と用意させて腰掛けて、「やっぱりあちらの丘にしましょう」と場所を移す。それを何度か繰り返し…使用人もそれを楽しんでいるような、うっとりする場面でした。また、「わたしたちの2人の秘密の証に」(というような言葉であったかと思う)と、「毎日スミレを制服の胸のポケットに入れておきましょう」と提案するのです。「夕方にはしおれてしまう…」「そうしたら捨てるのよ。毎朝新しいスミレを入れるの。家の出入りの花屋に毎朝届けさせるわ。」ね?強引の一歩手前でしょう?

結末はよく覚えていないのです。
当時<エス>と呼ばれていたこういう女学生の間の関係は、今で言う同性愛のようなものでは決してなく、また、男性との恋愛の練習のようなものと言い切るにも違う気がします。
行く末に何が待つでもないそうした関係そのままの、儚い結末だったような気はするのですが…。

ちなみに、この『乙女の港』は、昭和12年から13年、雑誌『少女の友』に連載されていたそうです。

さて、時はさらに二十数年後。
ポンの中学受験の時期、いくつか女学校を見て回りました。
その中に、『乙女の港』はこちらの学校だな、と確信に近いものを覚える学校がありました。
川端康成はこちらをどのように取材したのか…身の回りに通う子がいたのかしらん?その子は<エス>のことなんぞ康成おじさんにペラペラお話したのだろうか?それとも、ひところのユーミンのように、女学生を集めておしゃべりをさせて、聞いた話を素材にしたとか?まさか!…
などと思ったのでした。


ここまでは、私の思い出の記。
『乙女の港』は、時代こそ違え、私の思春期の美しい背景になって、心の本棚にしまわれていました。
それが、さらにその数年後、ひょんなところで目にする機会を得たわけです。


本を借りに近くの図書館に行った折、カウンターが混雑していたので、いつもは手に取らない市立図書館の月報を読んで待とうかという気になったのです。
記事をおよそ斜め読みしていたとき、『乙女の港』というタイトルが目にとまりました。

その記事は、神奈川近代文学館で、川端康成の書簡を整理していたところ、弟子であった中里恒子から川端に宛てられたものがあったと紹介するもの。
中里恒子といえば、『時雨の記』で大人の恋を描いて泣かせてくれた、あの中里恒子。



手紙の当時中里恒子はまだ無名であったのですが、その書中には、このようにあったというのでした(うろ覚えです)。

「このたびは拙著『乙女の港』を先生のお名前にて出版いただけるとのこと、ご指導と加筆修正も賜り、この上なく光栄に存じ…」

この文面は研究者の間でも衝撃であったと。
その反面、それまで「一度か二度、お近くを散歩されただけであのような生き生きとした女学生の日々をお書きになるとは、さすがは川端先生!」と、誰もが抱いていた思いに、合点をいかせる大発見であったと伝えていました。
中里恒子は震災前に山手の紅蘭女学校(現・横浜雙葉学園)を卒業しているそうで、私が抱いたあの日の印象も間違っていなかったということです。

こうなるとこの月報を手に取ったのも因縁めいています。
やはり私の読書人生に、『乙女の港』は欠くことのできない一作のようです。
できれば今一度読んでみたいものです。


追記
今回『乙女の港』でインターネットの検索をしましたら、次のような文章に出会いました。

…「マリア様がみてる」が好きなら川端康成の「乙女の港」という横浜のミッション系女子校を舞台にした小説を読めや…

「萌え」ということのようで…(ーー;)


追記・2
豪華装丁で、2010年待望の復刊です。

  【ポイント5倍】 乙女の港

 






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最終更新日  2010.09.19 23:23:44
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