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マックの文弊録

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2010.12.05
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カテゴリ:よもやま話
☆12月5日(日曜日) 旧十月三十日 己丑 先負: 納めの水天宮

【物集彦 其の五】
「ところが、WikiLeaksは2007年1月にハッキングの成果を公表するという企画を公にしてしまった。これはハッカーの世界では二重の意味での裏切りだったんだよ。
一つは同じ穴の狢たちだけで共有されるべき存在を公にしてしまったこと。これはハッカーの名誉であり誇りでもある匿名性を汚す重大なモラル違反だった。
もう一つはもっと深刻だった。
WikiLeaksの企画を公表する際同時に、『我々の主目的は、アジア、旧ソビエト連邦、アフリカのサハラ砂漠以南、そして、中東の圧制を強いている政権を白日のもとに曝すことである。そうすることで、世界の全ての地域で、政府や企業による非倫理的な行為を暴露したいと考える人たちを支援していきたい』とするプロパガンダを公表してしまったんだ。
これが、誇り高いハッカーたちの神経を逆なでした。彼らはWikiLeaksが『一般人』の倫理に阿ることでハッカーとしての神聖な倫理を踏みにじったと考えたんだ。
純粋のハッカーたち(そんなものが居るとしてだけど)は憤り、WikiLeaksを徹底的にコケにすることにした。『ジュリアン・アサンジは欲求不満のホモだ。』、そういう烙印まで押すことにしたハッカーも居る。つまりは、ジュリアンをセクハラの件で告発するのは見当違いということになるね。」

なるほど、それが若し本当なら、その存在が公にされて3年もの間、『一般人』の間ではWikiLeaksの存在が殆ど話題に上らなかったのも分かる。
手の込んだいたずらをしても、誰も目もくれないとしたらいたずらっ子は誰だって(物集彦は特に)面白くないだろう。それで大向こうを狙って国務省や海外米国公館の公文書を暴露する挙に出たのだろうか?そうなると、どう見ても自己顕示欲が強いだけのコンピュータオタクの集団に過ぎないのじゃないか。

自由という名目に敏感で、本来こういうことには喝采すら送りかねない米国民は、一方で愛国という名目にも敏感である(要するにどちらも「我侭勝手」に尽きると私は思っている)。愛国心が持ち出されれば、大半の米国民は途端に「小異を捨てて大同に就いて」結束してしまうところがある。
WikiLeaksは米国の外交文書や海外公館での「本音」のやりとりを公表することで、米国民の7割からテロリストだと看做されるようになってしまったのだ。

「そうなると各国は、特にアメリカは何らかの強硬手段に出るんじゃないか?」
「いや、そんなことはしないね。微妙な情報は一旦漏れてしまえばそれを無視することしかない。プーチンがバットマンでメドヴェージェフがロビンだというのは、その通りだしね。『あの首相は無能なお飾りに過ぎない。』とか、『北朝鮮が蠢動すれば日本は核武装化する、と東アジアの首脳は考えている』など、『そんなことは云っていない』と言い募るほど信憑性が増してくる。だからアメリカとしても、日本や他の政府もこれを無視するに越したことは無いんだよ。」

なるほど、それで仙石さんや岡田さんは、「そんな話にコメントすることは何も無いし、今後それを調べることも無い。」と云った訳だ。

「しかし、政治の世界にいる連中は、ハッカーと違って現実世界での利害と策動のやりとりにどっぷり浸かっているから、政府の名前が出ない限りにおいて、ありとあらゆる直接・間接の手段でWikiLeaksの評判を貶め、押し潰そうとするだろうな。それは間違いないね。」

物集彦は、今度は「大粒干し葡萄」に手を伸ばす。
これは彼が先日、山梨に「日帰り葡萄狩りバスツァー」に出かけた時に買ってきたものだ。破格の料金につられたのだが、秋も遅く時期遅れの葡萄は葡萄園の中にも既にまばらにしかぶら下がっておらず、美味しくもなかったらしい。
途中出された昼食も、甲州名物のほうとうの代わりに「きのこみぞれうどん」だったそうだ。「一人用のコンロの上に紙鍋を載せて、舞茸とうどん玉が汁の中に浸かっているのに、大根おろしが載っているというひどい」代物だったったそうだ。
彼は、かつて所有していた八ヶ岳山麓の別荘で、手の込んだほうとうを自作し、友人たちに振る舞って喝采を博したことがある。
「山梨でうどんを食わされるなんて、大阪で蕎麦を食わされるようなものだ。」と彼は憮然としていた。それでも彼はその「ひどい代物」を残さず食べたそうだ。やっぱり破格の値段のバスツァーはそれなりであったようだ。
それで彼は生の葡萄の換わりに「大粒干し葡萄」を買ったのだ。彼は名物に弱い。「産直の本場ものだよ。」と喜んでいるが、袋に貼り付けてある小さな紙には「製造愛知県」と書いてあるのに気付いていない。
それにしても、生温かいビールに干し葡萄だ!私はとても手を出す気になれないが、彼は干し葡萄まで丁寧に一粒ずつ食べる。

「WikiLeaksの最大の誤算は、倫理を踏みにじることで、世界中のハッカーを敵に回したことなんだな。」と干し葡萄を噛みながら彼は云う。

「情報は今の時代その気になれば幾らでも取得することが出来る。しかし取得しただけではそんなものは何の意味も無い。情報は解釈というスクリプトが付随して初めて『一般人』に意味を持つものになるのだ。
WikiLeaksは取得した情報を『社会正義』というスクリプトで包装してしまったため、ハッカーの聖域を汚すことになった。だからハッカーの世界では、WikiLeaksはこれまで以上にスポイルされることになるだろうさ。ハッカーには内容ではなく、そのハッキングのプロセスそのものが重要だから、WikiLeaksの誰かがオンラインになる都度、それを妨害する挙に出るだろう。そうなるとWikiLeaksは兵糧を絶たれることになる。
もっと過激な連中はWikiLeaks自体をSocial Engineeringするだろうな。つまり、WikiLeaksに成りすましその名を騙って適当な情報をどんどん流すようにする。そうしてもWikiLeaksだけを貶めることになって、『一般人』に害を与えるものではないから、ハッカーとしての倫理観には抵触しないわけだ。」

「暫く前にはシリコンバレーという狭い地域だけでハッカーは十万人もいると云われた。今でも世界中には数十万人のハッカーがいるだろう。ハッカーもアメリカやヨーロッパだけでなく、インドや中国、そしてアフリカや中東にまで居る時代になっているから、その倫理観も『地方性』が出てきている。同時に少しづつ変化もしている。まぁWikiLeaksもハッカーの変異種の一つだがね。そういう連中が今度のことで良くも悪くも触発されれば、これから何が起こるか見ものだね。」

「だったら大変なことになるかって?いやそうはならないね。君が最初に大演説で情報爆発ということを言ったろう?まさにそれだ。大勢の人間がてんで勝手にWikiLeaksと同じようなことを始めれば、情報自体に量の増加による相変化が起こる。
事実そのままの情報もガセ情報も、味噌も糞もいっしょに流通する、しかもべらぼうに大量に流通することで、偏向や意図された歪曲はむしろ希釈される。
関東大震災の頃、大正時代の通信手段は、手紙や口伝、最速のものでも電気で送られ人手で配達される電報だった。そういう環境だから地震災害に直面するとデマが飛び交い、朝鮮人によるテロ陰謀説が広まった。それで大勢の朝鮮人が謂れも無く殺された。
しかし、今ではそういうことは起こしたくても起きない。量は質を凌駕するのだよ。」

「それじゃぁ一体情報の真偽はどう判断するのかい?」

彦はひとしきり干し葡萄をつまんだ後、椅子に深く座りなおすと、生温かいビールのグラスを飲み干した。また微かに顔をしかめた。やはり彼は冷たいビールのほうが本当は好きなのに違いない。

「だから情報に真偽など無いんだよ。真偽というものは科学実験室の中にしかない。それだって仮定と結果を照合するという局所的な『場』の中での真偽に過ぎない。
情報に唯一ある属性は解釈なのだ。それと、もう一つあるのは意図だな。
つまりは情報というものは、送り手と受け手の間で相対的にしか存在しないのだ。まぁ情報というものは、そういうものだとわきまえておけば良いんだよ。
あぁ、そうそう。今回のWikiLeaksの件をきっかけにして、やがてサトリの神がこの世に出てくるな。・・・実は私は最初からそのことを云いたかっただけさ。」

そういうと、彦は「サトリの話は多くの民話のように東北地方が舞台ではなく、暖かい地方に多いんだ。」といって語り始めたのだ。

「猟師が独り冬の山に出かけた。獲物の兎を三羽仕留めた。」
ここで彼はなぜ兎は鳥でもないのに一羽二羽と数えるのか、例によってひとしきり講釈をした。
「その日の猟を終えようとしたところで夕闇が迫って来、雪が舞い始めたので、猟師は仮小屋に入って雪を凌ぐことにした。囲炉裏に火を熾して暖をとっていると、やがて外は夜の闇に包まれ吹雪になった。
暫くすると小屋の戸をドンドン叩くものがある。こんな雪の夜に誰だろうと不審に思っていると、小屋の閂がはずれ、異形のものが入ってきた。そのものは、黙ったまま囲炉裏の向かい側に座り、火に手をかざしている。やがて、『お前は今、俺が一体誰だろうと思っているだろう?』といった。
猟師はそのものの風体を見て、目が顔の真ん中に一つしかないのに気がついた。そして、『これが噂に聞く山妖か』と考えた。するとそのものは、『今お前は、俺が山妖かと思っただろう?』といった。
猟師は山には人の心を読む山妖が居て、相手の心を読みきると人を喰ってしまうという話を思い出した。するとそのものは、『今お前は俺が妖怪で、お前の心を読んでいると思っているな?』という。
猟師は、恐ろしくて黙っていると、そのものは『お前は俺が早くどこかへ行けばいいと思っているな?』、そして『今お前は、ここから逃げ出して、雪の中逃げ切れるだろうかと思っているな?』といった。
猟師は心を読みきられてしまうことを怖れて、何も考えないようにしたが、『今お前は何も考えないようにしようと思ったな?』といわれてしまう。もう猟師は生きた心地もしない。
その時、囲炉裏にくべてあった薪がはじけて、火の粉がそのものの一つしかない目に飛び込んだ。
そのものは、『おぉ痛ぇ!人間てぇやつは何て思いがけないことをしやがるんだ!』そういって逃げていったとさ。どっとはらい。」

そりゃ一体何じゃ?
しかし、ここで彦に問い質すと又ろくなことにならない。
それに彼は深いバリトンのなかなかいい声を持っているので、こうして話を聞かされていると眠くなってくる。
話が終わっても私が何も云わないので、彼はポテトチップと干し葡萄の袋に丁寧にゼムクリップで封をすると、そのまま引き揚げていった。
彼の座っていた椅子の隅に、ペーパーバックの、Jeffery DeaverのBlue Nowhereが置いてあった。





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最終更新日  2010.12.06 13:49:56
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