テーマ:心の病(7514)
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書きたいことがたくさんあって、何から書こうか。
迷ってしまう。 命について、本当に最近良く考える。 幸い、「この世から消えてしまいたい」「最悪の場合、死んだら いい」という思考からは、逃れることが出来てきている。 かなり健全になった。 ダメに生きていくことも、それはそれで胸張っていいことなんだ って思えるようになった。 だいたい、ダメに生きるってどういうことなんだ。 どんなに出世して色んな肩書きがつこうとも、ウラで汚いこと してたら、それはどうなんだ。 それこそダメじゃないのか。 人間の価値なんて、あやふやなものだ。 ・・・などと、ダメに生きてる自分を責めがちな私は思ってみる。 先日のカウンセリングでは、私は、エネルギーを自分自身に向けず、 周りに発信して生きてきたことを確認した。 確かにそうだと思う。 自分より人優先。 人生で数年だけ、自分を解放できた時期はあったけれど、それ以外 は、精神面では自分を滅却して生きてきた部分がある。 自分を滅却する代わりに、ターゲットに絞った人を自分に依存させ、 そこで充足感を得ようとしていた。 なんという悪循環。 今はそれに気づけているし、やっと自分で築き上げたその呪縛から 解き放たれようとしている、まさに転換期に来ているような気がする。 いや、気がするだけでなく、実際行動に移している。 身を切られるような思いをすることもたびたびだけれど、それ以上に 得るもの、変革できるものが大きいから耐えようとがんばれる。 耐えられる。 何かを変えようと思ったら、これほどまでに勇気とエネルギーが必要 なのかと、改めて痛感している。 今はその渦の真っ只中。 ただ、心の中には、静寂に包まれた部分もあって、それが冷静さとして 私を支えているのかと思う。 以前にはなかったことだ。 自分を客観視できるようになってきた証のような気がする。 ・・・などとえらそうなことを書いているけれど、これもすべて 支えてくれる周りの人たちがいるから出来ること。 一人ぼっちでは無理だったと思う。 出来たとしても、もっと何年も先のことだろう。 そして、その形は変わっていたと思う。 そうやって、自分は一人ではないということに改めて気づけた ことも、大きな収穫のひとつだ。 とにもかくにも、私は前進してるということを、自分で再確認 するために、ここに文章化してみた。 物理的な前進は目に見えるから安心できるけれど、内面的な前進 は測ることが出来ないから、ついつい見逃してしまうので。 相当の労力を使って、私の精神は色んなバーをクリアしようと している。 我ながら「相当の労力」なんて過大評価かなとも思うけれど、 実際くたくたになるほど向き合っているところはある。 本当はもっとスピードダウンして考えた方がいいのだけれど。 そのあたりのバランスも養っていくこと、それは最優先課題の ひとつだ。 そんなややこしいことを考えつつ、映画『HACHI』を観に行った。 動物子供モノは絶対泣いてしまう私。 映画館でも、それなりのシーンになると、いたるところから 鼻をすする音が。 でも、私は何度か少しうるっとくることはあっても、結局一度 も泣かなかった。 私は、もちろん飼い主と再会できなかった部分は、願いが 叶わなかったという意味でかわいそうだとは思ったけれど、 HACHIはとても幸せな犬だと感じた方が大きかった。 保健所にも連れて行かれず、みなから「HACHI!」と可愛がられ、 自分の意思で野良になった犬。 習慣として飼い主を迎えに行っていた犬。 賢く凛々しいとは思ったけれど、あそこまでみなが泣くのが いまいちよく分からなかった。 曲がりなりにも動物愛護の世界を何年か見てきて、そこでの あまりに過酷な現状を知っているというのも関係している のかもしれない。 「なんやかんや言っても、HACHIは幸せやったね。」 それが、最終的な感想だった。 やっぱり私はひねくれているのかな。 あ、あの映画で泣いた人を非難しているわけではないので、 誤解しないでくださいね。 犬好きな私は、映画にわんこが出てるだけでも、癒されたし。 以上、なんの脈略もない最近の私の脳内&映画レビュー。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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