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カテゴリ:未決函
■ はいせん
タクシーは林森北路(南北路)を北上、農安街(東西路)へ左折、さらに雙城街(南北路)へ右折してゆっくり進む。ここ、と思うあたりで停めた。 「アンタよく知ってるじゃないか! この辺なら辣妹(ラアメイ)いっぱいいるよ!」と運転手。 「だぁかぁらぁ! そういうとこ行くじゃねえだよ、わしらはよ!」言い捨ててタクシーを降りる。 雙城街を北へ向かうと左側に何本か路地が伸びている。そのうちの1本へ曲がり込むと路地の両側は向こうの方までネオン看板の花盛りだ。台北の夜に咲きほこる一条の「電飾街」。なるほどタクシー運転手の言うとおり、店の前に立つ「辣妹」が口々に「寄ってらっしゃい」っつう意味の言葉を投げかけてくる。中にはどういう立場の方なのか、50年配の普段着の御婦人が「パブ」の戸口に立って「ニッポンジンでしょ! こっちよ、こっち!」などと日本語混じりで叫んでおられたりする。俺は脇目も振らず(ほんとはちょっとだけ振りながら)路地の奥へとずんずん進んだ。K氏はキャスター付きのボストンバッグをコロコロ引きずりながらついて来る。 「POISON」は開いていた。つうか、外はけっこう寒いのに、ドアを開け放して営業中だった。店に入ると女の子が口々に「久しぶり!」と声をかけてくる。カウンター入り口寄りの椅子に腰を掛けるや直ちに俺のジンが出てきて目の前にゴトンと置かれた。まだ6センチは残っている。カウンター内側の狭い事務机のところに坐っている女主人に無沙汰の詫びを入れる。この前来たのは8月頃だったんじゃないか? すると4、5ヶ月ぶりということになる。いやはや、すまんかった。今日はK氏を連れてきたんで、なんか他のものも注文するでしょ。 「わたしはこのジンをストレートでやりますが、Kさんはなに飲みますか?」 「ジンですか。いいですね。実はわたしもジンが好きでして。来るとき飛行機の中でもジントニックを一杯やってきたところなんですよ」 「す、すると、どうされますか?」 「ジン、いただきます。トニック割りで」 こうしてわれわれはジンを飲みながら歓談タイムに入ったのであった。 「Kさんは、よく台湾にいらっしゃるようですね」 「ええ。年に1回くらいですか。会社の国内出張でJALのマイレージを貯めてまして。それで台湾へ」 「なるほど」 K氏、宿泊はサウナで済ませてしまうし、なかなかうまいことやってる! 「今回はどこへ行きますか? ずっと台北ですか?」 「いえ。明日は花蓮から台東の方へ回ってみようと思います」 「ほう。観光ですか。なにか『コレを見に行くんや』ちゅうような目的がありますのん?」 「いや……。観光、いうことになるか……。実はわたし、鉄道が好きで……」 「あ」 「はい」 「鉄ヲタでしたか?」 「ははは」 「それは、車両が好き、とか、配線が好き、とか……」 「あ、ハイセンは好きですよ。キンカセキの金鉱跡なんか、前に行きました」 K氏の言うハイセンは「廃線」のことだった。「キンカセキ」というのは基隆の方にある「金瓜石」という山の中の廃坑で、そこには軽便鉄道の跡があるらしい。昔はトロッコが走っていたという。K氏から説明を受けるまで、そんな場所があるのを知らなかった。 「その『廃線』の方でしたか。いやあ、わたしの大学の同級生に、線路の接続配置の仕方、の方の『配線』オタクのやつがおりましてね。昔そいつの田舎へ遊びに行ったら、実家の勉強部屋に段ボール箱があって、それに、模造紙を丸めて筒にしたやつが何十本も突っ込んである。『これ何や?』言うて訊いたら『配線や』いうことでね。見せたろ、言うていちばんの力作である『米原駅の配線図』いうのんを広げて見せてくれよった」 「あ。米原はたいへんですよ~。あそこは東海道線、北陸線、新幹線とあるし、米原電車区もあるから」 「分かりますか」 「分かります」 「そいつ滋賀やねんけどね、大阪のわたしの実家へ遊びに来たときに出かけた先が、『阪急電鉄西ノ宮北口の平面交差』」 「あったあった! 昔は宝塚線と平面で直角に交差してましたね」 「あれは今はないんですか?」 「ないですね。高架になりました」 「そうですか。……実を言うとですね」 「はい」 「わたしも鉄道は好きでしてね」と俺は告白した。「わたしはもっぱら車両ヲタなんですが……」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2005年01月10日 01時01分22秒
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