義経主従を訪ねてきたのは、
二位の尼の侍女だった手古奈である。
かつて北条政子の元を出奔した女性は、
平頼盛とともに鎌倉に向かうという。
この戦乱の世、
彼女一人が鎌倉に戻ったところで、
確かに誰も気にとめないだろう。

「たくましいのお」
主従の一人が、彼女をことを言う。

彼女が使える平頼盛は、
清盛の弟でありながら、
母である池禅尼の頼朝助命嘆願の件もあり、
平家で冷遇され続けていた。
それでも敵方に身をおもねる決断は、
簡単なことではなかっただろう。
後に、彼の一族は頼朝に厚遇されるが、
心の内の葛藤は、彼を悩ませたとされている。

心の内の葛藤は常にある。
人は常に、思い悩む、あれやこれやと。

だがいつまでも、
思い悩み続けてはいられない。

木曽義仲を気づかう、義経。
都は、木曽勢の乱暴狼藉に荒れていた。
鎌倉へ様子を報告すれば、
義仲の立場はますます悪くなる。
だが、先陣の役目の義経が報告を怠れば、
義経の立場が悪くなるのである。

源義経、鎌倉の先陣。
鎌倉の下知がなければ、動けぬ立場。
義仲への気づかいは、戦の引き金となる。
思い悩むことは優しさとは違う。
身勝手な優しさは、自己満足でしかない。

木曽義仲の腹は決まっている。

暗躍するは、後白河法皇。

だが、木曽義仲の腹は決まっている。
前にしか進めぬ男は、前にしか進まない。
息子、義高に伝言を預けた彼は、
自分が進む先に何があるか、知っているのだ。
旭将軍、止まらぬ乱暴狼藉、
悲劇の幕を開けようとしているのだ。
まさしく、自らの手で。

暗躍するは、後白河法皇。
だが、源頼朝はスルリと交わす。
お互いの力量を、図太く見定めている。
だが、いつまでも駆け引きは続かない。

最期まで前にしか進めない男は、
たくましくも図太く、己れであろうとする。
木曽義仲、法皇や頼朝に
下るつもりなど毛頭ない、微塵もない。
腹の中では、逆賊も受け入れているかのよう。

鎌倉軍がやってくる。
義仲との戦いが源義経の初陣である。
その義仲はまるで、
最期の戦を待っているかのように見えた。