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カテゴリ:書評
湯浅誠(ゆあさ・まこと)「反貧困 -すべり台社会からの脱出」〈岩波新書1124〉(岩波書店、2008.4)を買って読んだ。予想以上に名作であった。 筆者は、東京大学法学政治学研究科博士課程卒の超エリートであるが、路上生活者のボランティア支援活動をきっかけに、日本の貧困問題に取り組みはじめた少し変りものである。しかしながらこの本の内容は、よくあるテレビや出版社の取材活動を取りまとめた本にありがちな、悲惨に見える個々のケース事例のお涙ちょうだいの単なる紹介の羅列とは一線を画している。また、よくある大学教授やエコノミストの研究成果をとりまとめた本にありがちな、実例に基づかない難解な単なる統計分析の独りよがりな主張とも一線を画している。すなわち、筆者が直接直面している相談事例を適度にちりばめつつ、統計データも活用した分析やその論理的な結論・主張したいことを述べ、圧倒的な説得力がある。この書物こそ、難しいことを易しく・易しいことを深く・深いことをおもしろく記述していると言えるのではないであろうか。 一度社会のセーフティネットからこぼれおちると、とめどなく貧困に向かって落ちてゆく社会の現状をすべり台社会と表現している。印象的には、すべり台というよりも蟻地獄か落とし穴のような気もするが・・・。とはいえ、一度読むと、貧困問題が、単に「だって、自分には関係がないもん」「結局、自己責任でしょ」「そんな時間があったらいい仕事探して、貯金しておけばいいのに」なんていう言葉だけでは終わらない現実として、既にこの日本に深く根をおろしており、にもかかわらず、あからさまには見えない状態に置かれていることがよくわかる。 具体的には、既に日本で、非正規労働者は1726万人(2007年)・年収200万円以下の給与所得者が1022万人(2006年)・生活保護受給世帯は107万世帯151万人(2006年)に達する。この現実は、普通に生活していれば気付かないが、社会に貧乏な状態にある人々がはびこっていることの証左である。 少なくとも、日本国憲法で示されている「健康で文化的な生活」を営めるための、社会としての最低限の底上げ(歯止めかもしれない)は必要なことは事実であろう。江戸時代の士農工商のような、下には下がいるので我慢しろとはならないはずである。この点について言えば、筆者の主張のとおり間違いない。 しかしながら、「本当に社会問題で喫緊に取り組まねばならない課題」なのか、「実は、大したことはない問題」なのか判断付きかねる。というのも、筆者の主張の根幹には、「社会が悪いのであって、個人には全く責任がない」「貧困の存在を認めない政治家や官庁が悪い」といった、多分に「政治的におい」が漂い過ぎていることが要因であるように思う。私の思いとしては、貧困の存在は認める・国の責任として貧困は解消せねばならない・ただし私は反貧困の社会活動には与しない、といったスタンスかな。 さすが岩波新書だけあります。みなさん読むべきです。(星五つ:★★★★★) 反貧困 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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