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前世記憶と霊感を持ち、いつまでも若いと思っている内にいつの間にか歳をとり、いつしか変人おやじとなったレムリアからの転生旅行者のページです。
神坂俊一郎's Shopping List
神坂俊一郎の日記 [全1578件]
帯広は一桁台の気温で、涼しいを通り越して上着なしでは寒いほどです。 さて、続きます。 俊一郎は、続けました。 「ついでに一つ説教しておこう。」 「なによ。いくらでも聞くけど。」 美奈子、自分が悪いのだから、夫にはいくら説教されても仕方が無いと諦めていました。 「お前は、あの男に「先にあなたと出会っていれば良かったのに。」と言っただろう。」 確かにそのとおりだったのですが、彼と二人だけの時に言った言葉だったので、美奈子は驚きました。 「何故知ってるのよ。」 「あのなあ、何度も言わせるな。私は、過去を含めてお前の全てを幻視することだってできるのだ。」 はっきり言われると、恐ろしい言葉ですが、彼は、そのことを一切悪用することがないことは、今まで暮らした年月で確信できていましたから、美奈子も、夫だけは許せると思いました。 「そうね、確かにそう言ったわ。それなら、こんなややっこしいことにならなかっただろうし。」 俊一郎は、妻の言葉に苦笑しました。 「お前の言葉は、そもそもの前提が間違っているんだよ。あの男が欲しがったのは、今の教養豊かで上品なお前だ。私と出会う前の、無知で素朴な田舎者のお前じゃない。私が磨いた結果のお前が欲しかった、他人のもの、私の作品でもあるお前が欲しかったのだ。だから、先に出会っていたとしても、あの男がお前に手を出すこともなく、何も起きなかっただろう。」 なるほどと思いながらも、美奈子は一つ思いついたことがあったので確かめました。 「そのとおりね。でも、あなたも、自分の作品である私が惜しくなったんじゃない。」 俊一郎は、素直に認めました。 「そうだな。それは認める。ソウルメイトとしてのお前の代わりがいないのと同時に、私の作品としてのお前も、惜しいどころではない。なにものにも代え難い。ただし、それ以上に許せなかったことがあった。」 夫が許せなかったこととは、自分の裏切りではなかったようだし、美奈子には思いつきませんでした。 「えっ、何が許せなかったの。私のことは許してくれたんでしょう。」 「美奈子は許した。」 「じゃあ、何。彼のこと。」 「あの男、人のものを横取りしようとしたことは許したくないが、それでもない。」 「じゃあ、何よ。」 「お前とあの男、それから子供が死ぬことだ。」 「何故死ぬのよ。」 美奈子、夫の言葉の理屈がわかりませんでした。 「私と別れてあの男と一緒になったところで、その結婚は、お前の家族にも、あの男の家族にも認めてもらえないものだったのだ。」 確かに、田舎の両親は、絶対認めなかったに違いないと美奈子は思いましたし、弘樹の家族についても事実だったようで、彼は美奈子と結婚はするが、自分の家族には不倫の略奪婚は到底認めてもらえないと漏らしていたのです。 「そのようね。」 「それからお前は、文香を連れて行こうとした。」 これも事実でした。 「あの子、まだ幼稚園だもの。母親と一緒に居た方がいいと思ったのよ。」 「連れて行っただろうが、結局困って私に返すことになっただろう。」 「何故困るの。」 「あの男の仕事がうまくいかず、生活が苦しくなるからだ。」 「それで。」 「文香を返したところで焼け石に水で、生活が苦しくなれば、お前の心も不安定になり、その選択では無事に生まれた子供も病気がちになり、悪循環の最後は一家心中だったわけだ。」 信じられない話ですが、ありえないものものではないことを、美奈子は理解できました。 「ありそうな話ね。」 「だから、3つの命が失われること、それだけは許せなかったのだ。」 「そのために、私のことを許してくれたわけ。」 「人間の命がかかっているんだから、土下座でも何でもしたな。」 凄く重要なことをさらっと言う夫に、美奈子は感心しながら聞き返しました。 「それって、私と弘樹の問題であって、あなた自身の問題じゃなかったんじゃないの。」 「いや、妻であり、ソウルメイトでもある美奈子の問題は、私自身の問題でもある。」 「ふーん、そんな風に考えてくれたんだ。」 「白状すると、今だから言えることでもある。お前を捨てる選択肢もあったが、それは私自身が許せなかったから思い止まれたのだ。危ないところだった。」 そうは言うが、恐らく俊一郎自身は、心身ともまだまだ余裕はあったのだろうなと美奈子は確信していました。 「わかったわ。ありがとう。」 「それから、お前とあの男のことで、一つだけほめておこう。」 「何よ、気味悪い。」 美奈子、批難されこそすれ、ほめられるようなことはないと思っていました。 「二人とも、私の悪口は言わなかったことだ。」 美奈子は、夫俊一郎の陰口をたたくと呪われることを知っていたから言わなかったし、弘樹にも絶対に言わせなかったのです。 「だって、あなたが悪いわけじゃないでしょ。あなたは絶対正しいんですもの。正しすぎるのが欠点なだけで。それに、あなたの陰口たたくと呪われるんでしょ。覚えていたわよ。」 「人間、注意されていてもついやってしまうものだ。お前とあの男、二人とも命が助かったことは、私の悪口を言わなかったご褒美だと思ったらいい。」 聞きようによっては大変高慢な言葉ですが、本当にそのとおりであることを、美奈子は理解していましたから、素直に感謝しました。 「そうね。その点も感謝するわ。ところで、一つ聞いていい。」 「何だ。」 「そこまで見抜けるあなたが、何故自分の奥さんが浮気することを見抜けなかったの。」 美奈子、弘樹と浮気してしまって、いつばれるか気が気じゃなかったのですが、この夫に対し、3ヶ月間も隠し通せたこと自体、奇跡であり、どうしても信じられなかったのです。 ですから、何故彼に見抜かれなかったのかが、単純な、素朴な疑問だったのです。 「実は、お前と結婚する時に、今回の事態はある程度予知していた。」 「じゃあ何、そのままやらせてみたってわけ。」 美奈子、もしそうだったとしたら恐ろしい話ですが、夫の態度からそれはないと確信しながら聞き返しました。 「いや、それなりに予防策を講じたつもりだったが、一つだけ誤算があったのだ。お前が私の言うことを聞かないことは、想定外だったのだ。」 確かに、危険な相手だから近づくなと再三言われたことは事実でした。 それでも、夫は自分の浮気ぐらい見抜けたはずなのですから、どうしてもおかしいと美奈子は思いました。 「それでも、私が浮気したことぐらい気付きそうなものだけど。」 「うーん、目つぶってたんだな。あれも良かったし。」 セックスのことだと気付いた美奈子、顔を赤らめました。 「それは、私も認めるわ。浮気してきた夜、あなたとするセックスが最高に良かったことは。」 「美奈子の色香に迷って、目が曇ったとしておこう。」 「もう、気障なこと言うんだから。最後にもう一つ聞いていい。」 「何なりと。」 「彼のこと、あの男としか言わないけど、何故。」 美奈子、夫が、妻の愛人であった斉藤弘樹のことを、名前でも名字でも一度も呼んだことがなかったことはずっと気になっていたのです。 その質問に対する俊一郎の答えは、驚くべきものでした。 「それは簡単だ。私は、あの男の名前も顔も覚えていないからだ。」 1時間ぐらいの会話を全て正確に記憶することもできるほど超人的な記憶力を持った夫が、何度か会っている妻の愛人斉藤弘樹の、名前はおろか顔さえも覚えていないとは信じられないことでした。 「超人的な記憶力を誇るあなたが、何故彼の名前も顔も覚えていないのよ。信じられないわ。」 「それも簡単なことだ。覚えていない方がいい相手だからだ。明日会ったとしても、私にはあの男が誰だかわからないだろう。その理由も簡単で、その方がお互いのためだからだ。」 夫は、そんな変なことも、自分のためではなく、彼と私のためにしていることであることが確信できましたし、その理由の一つは、心の鏡を発動させないための配慮であることも明らかでしたから、美奈子は納得しました。 「わかったわ。ありがとう。」 すると、俊一郎は真面目な顔で美奈子に向き直りました。 「美奈子には、今回のことで一つだけ要求しておこう。」 いくつ要求されても足らないなあと思いながら、美奈子は聞き返しました。 「何をよ。」 「私に、一言、ごめんなさいと謝りなさい。」 当然なことと思いましたから、美奈子は謝りました。 「ごめんなさい。私が悪かったわ。」 「はい。それでは、これにて一件落着としよう。」 そう言うと、笑顔に戻った俊一郎は、美奈子を抱きしめました。 美奈子もまた、夫俊一郎に抱きしめられると、自分の居場所はここしかないのだと実感することができました。 画像は、愛猫ミトラです。 私が不在がちなためか、少しいじけ気味で、帰宅しても素直に甘えてくれません。 その点、チーム原発避難村の5匹は大変友好的で、甘えっ子です。
昨日の帯広は大変いいお天気で暑いぐらいでしたが、しっかり3時間ほどサイクリングしてきました。 しかし、立派なサイクリングロードまであるのに、自転車に乗っているのは私一人だけしかいなかったというお粗末。 まあ、金曜日の午前中ということもあるのでしょうが。 さて、続きます。 傍観者的に見ますとあっさり乗り切ったように思える神坂夫婦の危機ですが、実際は美奈子が理不尽なことをごりおししたり、パニック起こしたりの修羅場もあったようです。 美奈子、好奇心から、弘樹の今後を聞いてみました。 「彼はどうなるの。」 「そこまで聞きたいか。」 「教えてくれるなら。」 「あの男、元々二股も三股もかけていたのだぞ、それは知っていたか。」 美奈子、弘樹には他にも女が居るようなことは聞いてはいましたが、あくまでも本気は美奈子だけとも聞いていましたから、そちらを信じたのです。 「うーん、他にも女性は居そうなことはわかったから聞いたら、本気は私だけって答えたんだけど。」 「ふーん。じゃあ、私が何人もの女のところを泊まり歩いて、セックスもしていて、本気は妻のお前だけって言ったら許せるか。」 言われてみると、絶対許せないと思いました。 「許せないわ。」 俊一郎なら、絶対そんなことはしないという確信はあったのですが、弘樹は、確かに裏で何をしているかわからなかったのです。 何故、自分は彼のそんな言い訳を信じ、そして許したのだろう、美奈子は、そんな自分自身も許せないと思いました。 「そこで、もう一つの難問が持ち上がったんだな。」 「何よ。」 「私は、自分に向けられた悪意は鏡のように返す。」 彼と付き合う時に注意されていたことでしたし、彼はイージスの盾とも表現しましたが、確かにそのとおりで、彼に悪意を向けた者は、呪われるといってもよい状態になったのです。 「知ってるけど、どう関係するの。」 「一対一なら、悪意は当人に返っていくだけで自業自得なのだが、複数になると、どこにどんな形で返って行くのか、私自身にもわかったものではない。いわゆる逆恨みっていう奴も絡んでくるし。だから、私はできるだけ関係する相手を減らしたかったのだ。そのため、お前にあの男には、お前の他に3人愛人がいることを教えなかった。」 美奈子、自分を含めて3人だと思っていましたから、他に3人と言われて驚きました。 「えーっ、私を含めて3人じゃなかったの。」 俊一郎、一人の差に驚いている美奈子を笑いました。 「一人ぐらい増えたところで、大した差ではないと思うがなあ。元々、一番後から割り込んだのはお前なのだし。」 「うーん、そうだけど、2人と3人ではやっぱり大きな差よ。」 正直、二人でもショックだったのですが、言われてみると、確かに夫の言うことは、いちいち思い当たるフシのあることだったのです。 弘樹は、年上の人妻、と言えば自分もそうなのですが、旦那が留守のそんな女性のところを泊まり歩いているらしいことは、朝妙に早い変な時間に表れることも多かったし、その時、友人に泊めてもらったと言い訳したことからも察せられたのです。 「もっと正確に言うと、お前の他に3人プラスアルファと言っておこう。」 「うー、プラスアルファまでいるんだ。」 「プラスアルファが、彼の本当の恋人だ。」 「えーっ、恋人がいたの。」 「いるのだ。」 更にショックを受けた美奈子でしたが、夫が嘘をついていないことは実感できました。 彼には、それを見抜くだけの超能力があるのですから。 「今なら、あなたの言うことみんな本当だってわかるわ。何故、私に教えなかったのよ。」 俊一郎、苦笑しながら答えました。 「今だからこそ、美奈子は素直に受け入れてくれているし、本当だとわかるだろうが、不倫命の時に言われたら、信じたか。」 恐らく、如何に信用できる夫俊一郎の言葉でも、信じなかった、いや、信じられなかったであろうことは、美奈子にもわかりました。 「信じられなかったでしょうね。」 「それに、さっきも言ったように、関係者が増えては困るから、教えなかった面もあった。」 「わかったわよ。それで、どうなるの。」 「今回のことがばれれば、3人の愛人プラス恋人は、彼を殺そうとさえするかも知れない。だから、お前と別れることにかこつけて、転職するからと適当な理由をつけてうまく逃げ出したんだ。」 確かに、弘樹は唐突とも言える転職でその町から姿を消していました。 「でも、恋人ならいざ知らず、その3人の愛人にとっての彼って、殺すほどの価値のある相手なのかしら。」 美奈子、自分なら弘樹に愛人が居たことを知っても、単に彼を諦めるだけで、殺そうなどとは絶対考えないと思いました。 「お前なあ、あの男は、適当なことしか言ってないんだぞ。「私のこと愛してる。」って聞いても、「愛してる。」としか答えていなかっただろう。」 美奈子、夫の言ったように彼に聞いたことがあり、答えもそのとおりだったので愕然としました。 「うー、確かにそのとおりだったわ。」 「だから、お前を含めて、女たちは、あの男のことを、自分だけの愛人、自分だけの恋人だと思い込んでしまった。ところが、彼の愛人たちの中で、お前一人だけ避妊しなかったから妊娠してしまった。それで、ややっこしくなった。」 「どう。」 「シスコンの彼は、姉の代わりに甘えさせてくれて、セックスもさせてくれる都合の良い年上の愛人を4人キープしていたつもりが、責任とって結婚せざるを得ない相手が一人できたもので、おかしくなったんだな。」 「やっぱり、私も愛人だったのね。」 ずばりと指摘されると、美奈子、ショックでした。 「それ以外の何者でもあるまい。心の貧しいあの男のことだ、何事も本気で考えてはいない。自分に都合のよい愛人関係しか頭になかったんだ。プラスアルファと断った恋人のことも、真面目には考えていない。余りやらせてくれないくせに、口うるさくてうっとうしい奴ぐらいにしか。」 流石にそこまで教えられると、美奈子も悔しくなりました。 「うー、悔しい。なんで早く教えてくれなかったのよ。」 「だから、何度も警告しただろう。お前に横恋慕すると。危険な相手だとも。しかも、私と違ってできが悪いとまで。美奈子は、私の有り難い忠告を聞く耳持っていなかっただけだ。」 確かに、夫俊一郎は、弘樹を最初に見かけた時以来、何度も注意してくれていたのです。 「確かにそうだったけど。」 「今だから、わかることだ。しかし、美奈子は体に傷は付いたが、心の傷は最小限で済んだし、子供たちと私の愛は残った。それで十分としなくては。」 美奈子、子宮外妊娠の手術で、お腹に大きな傷ができていました。 しかし、今平気で夫と話していられるほど、確かに心の傷は少なかったのだろうし、彼のことを信頼できているのです。 そして、捨てようとした子供たちも、変わりなく母と慕ってくれているのです。 夫俊一郎の愛も大切だが、家族が残ったことの方を感謝しないといけないと思った美奈子は、真剣に頼みました。 「わかったわ。私を許してちょうだい。そして、二度と私を放さないで。あなただけを愛するようにするから。」 俊一郎は、当然のように答えました。 「ああ、それは大丈夫だ。結婚する前に約束しただろう。お前だけを愛すると。それに、結局お前が愛することができる相手も、私一人だけだ。」 俊一郎はずっとその約束を守ってくれていると確信できましたが、美奈子は破ってしまったのですから、対等とは言えません。 「私は破っちゃったけど、お願い。あなたは浮気したりしないで。」 美奈子、大変都合の良いお願いをしてしまいました。 「それも大丈夫だ。私は、自分をおとしめるようなことはしない。しかし、二度とはするな。次は命の保証はできない。」 「ごめんなさい。」 「あの男の話に戻ると、お前を含めて4人の愛人の他に、プラスアルファとして、一人の恋人がいた。」 そのことまで知っているとは、驚異としか言いようがありませんでした。 「ああ、何だか凄い年下の子につきまとわれてるってやつ。」 美奈子、実はそのことも聞かされていたのです。 「そう。年齢的にはあの男の7歳年下、今19歳かな。」 俊一郎は何故そんなことまでわかるのか、まるで興信所である。 「なんで、そんなことまでわかるのよ。」 「だから言っただろう、世の中、全てはつながっている。私はそのつながりから全てを幻視できる人間だっただけだ。でも、そこまで知ることは、大変危険でもある。全てのことなんて、知ってしまったら気が狂うのがおちだ。」 そう言っている本人が大丈夫なのか、美奈子は心配になりました。 「あなたは、大丈夫なの。」 俊一郎は、こともなげに答えました。 「大丈夫だ。見る時には、一切の執着を捨て去ることができるから。」 あれ、私に執着はないのかしらと疑問に思った美奈子でしたが、執着が無かったらここまでしてくれるはずがないことにも気付きましたから、聞くのはやめました。 「まあいいわ。で、彼、どうなるの。」 「あの男の一世一代、いや、一生一度の選択だ。彼にとっては、その7歳年下の女の子こそがソウルメイトなのだ。彼女を選ぶことができたら合格。妻の尻に敷かれたような人生ながら、まずまずの人生を送ることができるだろう。それ以外の選択は、全て自滅の道だ。その内年増の愛人に殺されるだろう。もしまた会うことがあれば、忠告してやれ。」 美奈子、弘樹に会うことを夫が認めるとは意外でしたが、自分以外に愛人を持っていたような男には、二度と会いたくなくなっていました。 「ううん、もう会わない。会いたくもないわ。」 「そうか。それはそれで、彼の運命だな。私の貴重な忠告を聞き逃すことになるとは。」 思わず笑ってしまったほどの自信ですが、確かに夫俊一郎の忠告は貴重なのです。 今までも、山形の親戚筋の人たちについて、美奈子の求めに応じて彼が忠告したことがあったのですが、100%的中していたのですから。 だから、もしもまた会うことがあれば、伝えてやろうと思い直しました。 「じゃあ、もしも会うことがあったら教えてあげるわ。でも、あなたが自分で助けることはないのね。」 確かめると、俊一郎はあっさり認めました。 「お前と、3人の子供達、私の家族を助け出すことだけが私の目的だ。それ以上は、あの男のためにもならないだろうし、ことをややっこしくするだけだ。大体、心の貧しいあの男が、私のアドバイスを素直に受け入れるとも思えない。心の鏡を発動させないためにも、私から手を差し伸べることはしないと言い訳しておこう。」 「わかったわ。」 美奈子も、気を遣って避けてくれている夫に、弘樹を二度とは会わせたくはありませんでした。 続く。 画像は、帯広の緑が丘公園のエゾリスです。 くわえているものは、ピーナッツらしい。 野生でもしっかり餌付けされて、人間に依存していました。
道南での仕事を終え、昨夜の内に帯広に移動してきました。 さて、猿の手編?続きます。 浮気相手の弘樹について、恐ろしい話ですが、夫が言うとおりだったのだろうと、美奈子も理解できました。 実は美奈子、俊一郎とセックスしてしまった後、もし彼と結婚できなくなってしまったら、いっそ自分は死んでしまった方がよいと考えたことがあったのです。 ただ、彼女の場合、俊一郎が死んだ方が良いと考えたことは、一度もありませんでした。 裏切ってしまったものの、俊一郎は、美奈子にとってずっと特別の存在であり続けていたのです。 高校生の時の片思い事件について、弘樹は、恋敵の友人は死んだが、結局失恋したとしか、美奈子に教えていませんでした。 「でも、その結末って、願いはかなわなかったってことだけなんじゃないの。」 よく理解できなかった美奈子は確かめました。 「いや、違う。全て彼が望んだとおりになったのだ。まず、親友であり、恋敵であった男が死んだ。彼女の心を手に入れるための邪魔者は消えた。それから彼女の心を得たいと考えた。しかし、彼女は狂ってしまっていた。狂った心を手に入れた結果は、彼女が彼の手を握って放さなくなったことだったのだ。それなら、心自体がなくなった方がよいと望んでしまったのだ。そのとおり、彼女は心すら無くした。そして、彼女にも消えて欲しいと望んだ。彼女は消えたのだ。」 「えっ、どうなったの。」 「半年後に、病院で自殺した。」 美奈子も、流石にそこまでは聞いていませんでしたが、弘樹に失恋したという相手の子はその後どうなったのと聞いたとき、彼が言葉を濁して答えなかったことから、夫のいうとおりだったことがわかりました。 「そんな。ひどいわ。あんまりよ。」 そんなことを本当に望んだとしたら、美奈子は弘樹を許せなかった。 「あの男は、人二人の人生を踏みにじったのだ。」 「ひどいわ。でも、彼が本当にそんなことを望んだのかしら。」 美奈子、自分が一時とはいえ愛した相手が、そんなことを望んだとは信じたくありませんでした。 「意識はしていなかったと思うが、あの男がそう望んだことだ。しかも、続きがある。」 「それって、私のこと。」 「お前だけではない。年上の愛人を計4人作ることには成功したからな。望んだものは手に入ったわけだ。望むものを間違えたわけでもあるが。そして、失敗例はお前だ。正直に言うが、今回の事態、うまく収拾するには少し苦労した。」 夫は今回どう苦労したのか、疑問に覚えた美奈子は尋ねました。 「あなたは、今回何に一番苦労したの。」 「犠牲者を出さないこと、そして、美奈子と子供達の心を傷つけないこと、その二つだ。」 言われてみると、傲慢とも思えた夫が、今回に限っては子供達だけでなく、私と弘樹に対しても、その心を傷つけるような言動を一切しなかったのです。 しかし、胎児二人は犠牲になったわけで、犠牲者は出たと言えるのではないか。美奈子は再び確かめました。 「お腹の子供は、二人も死んだじゃない。」 「だから、何度も言わせるな。それは私の仕業じゃない。あの男が願ったのだ。」 美奈子、いくらなんでも、それは信じられなかったし、信じたくありませんでした。 「そんなばかな。私は、愛する人の子供が産みたい。それこそが愛情と思っているのに。だからこそ、あなたの子供を3人も産んだんだし。彼がそんなことを願うはずはないわ。」 俊一郎は、決定的なことを聞き返しました。 「それでは聞く。あの男が、自分の子供を美奈子に産んでほしいと一度でも願ったことがあったか。子供ができたと伝えたとき、喜んだか。」 言われてみると、夫俊一郎の言うとおり、弘樹が子供を望んだことは一度も無かったし、子供ができたと言っても、嬉しそうな顔はしなかったのです。 「確かに、一度もなかったわ。子供ができたときも喜ばなかった。」 「子供は邪魔ものでしかなかったのだ。あの男が欲しかったのは、お前の心と体だけだ。甘えさせてくれる、年上で上品な女性としてのお前が欲しかっただけなのだ。愛人が欲しかっただけで、妻が欲しかったわけではない。だから、結婚を迫ったお前が邪魔になったのだ。」 指摘されてみると、美奈子は全てが理解できました。 夫の言うとおり、弘樹が欲しかったのは、妻ではなく、年上で上品な愛人であったことを。 「だから…。」 美奈子、何と言ってよいかわからなくなりましたが、確かに夫の言うことが正しいことだけはわかりました。 「お腹の子供は、お前を守ってくれたのだ。そうでなかったら、高校の時の片思いの相手と同じ事になっていたかもしれない。」 美奈子、弘樹のことは理解不能になりました。 仕方が無いから、夫のことを聞くことにしました。 「うーん。じゃあ、別のことを聞くわ。あなたは何故私と結婚してくれたの。そして何故、自分を裏切った私を助けたの。」 結婚当時も、美奈子の色仕掛けだの何だのと心ないことを言われたものですが、京大卒のエリートであり、家柄もよく、育ちも良い俊一郎と、山形の片田舎の農家の娘で、高卒の学歴しかなく、取り立てて美女とも言えない自分とは、どう考えても釣り合いが取れないことは確かでしたし、それなのに結婚してくれたことは、今でも不思議だったのです。 「美奈子、お前が私のソウルメイトであり、運命の相手だからだ。」 確かに、結婚する時もそう言われたのですが、美奈子には、正直言ってよくわかりませんでした。 「あなたは、その精神的な強さが冷たさに感じられるのが玉に瑕だけど、全てに天才だし、家事も育児も手伝ってくれる理想的な夫でもあるし、私が死ねば、たとえ子連れで再婚になっても、いくらでもいい人が見つかるはずだし、何もこんな私にこだわらなくてもよかったんじゃないかと思ったのよ。」 俊一郎は、美奈子の言葉に苦笑しました。 「私のソウルメイト、運命の相手となると、美奈子、お前しかいないのだよ。美奈子の代わりはいないのだ。それから、お前ほどすばらしい女性はいない。思いやりをもって家事育児をこなせること、それだけでもとてもすばらしいことで、学歴や家柄なんて、大した足しにはならないのだよ。それに、美奈子は十分に魅力的だ。その点だけは、年上で甘えさせてくれる上品な女性の愛人を欲しがったあの男の気持ちも理解はできる。」 そう言われると、美奈子、それ以上聞くこともないように思われましたが、弘樹のことを考えたくなかったので、俊一郎はどう考えたか、結局同じ答えに導かれそうなことでしたが、もう一つ聞いてみました。 「いくらソウルメイトでも、私はあなたを裏切った。そのせいか、二回も死にかけたじゃないの。二回ともそのままにしといたらよかったんじゃないの。私、一回目はわからないけど、二回目は本当に動けなかったし、意識も薄れかけていたわ。あなたが来てくれなかったら、出血多量で絶対死んだだろうし、そうなってたら、新しい奥さんもらえたでしょう。」 俊一郎、呆れたように答えました。 「ここまで言っても、子供が身代わりになってくれた理由がわからないのか。」 「わからないわ。」 「お前は、私が警告したとおり、あの男に近づいてはならなかったのだ。」 今ならそれがわかりますが、結果であって、最初からそうだったと決めつけることはできないと美奈子は思いました。 「そうなのかしら。」 「子供は、お前を助けたのだ。」 「どうやって。」 「自らの命を犠牲にして、あの男の猿の手の力からお前を守ったのだよ。あの男は、無意識のうちにだろうが、お前に対して、高校時代の片思いの相手と同じことをしようとしていたのだ。」 それでは、夫の方が危なかったはずではないか。 「あなたの方が危なかったんじゃないの。」 「私には、心の鏡がある。イージスの盾と言ってもよいかな。」 「それなら、相手が呪われるはずでしょう。」 現に、夫の悪口を言った人間は、ことごとく不運な目に遭っていることを、美奈子は知っていました。 「いや、最終的には運命のやりとりになるのだよ。そうなると、関係する者のうち、最も弱い者が割を食うことになるのだ。だから、子供が犠牲になった。お前は、子供に助けてもらったのだ。同時に、私も助けた。今回の出来事の意味を、せめて二つの命の分は学んでもらわねば、そしてそれ以上に幸せになってもらわねば、失われた命が浮かばれない。何度でも言うが、私には、ソウルメイトのお前の代わりは居ないのだ。そして、私は、自分の誇りにかけても、さらなる犠牲者を出したくなかった。少なくとも、最愛のお前だけは守るつもりだったし。」 「ふーん、優しいんだ。」 言葉が見つからなかったので美奈子がそう言ってみると、俊一郎は訂正しました。 「優しいんじゃない。人間として当然のことを考えただけだ。まあ、それができるだけ強かったとは言えるだろうが、それだけだ。」 続く。 画像は、苫小牧文化公園の桜です。 里桜とはいえ、満開ですから、関東の1ヶ月遅れで、北海道は寒いことがよくわかりました。
仕事で北海道に来ています。 昨日は快晴ながら寒いぐらいの一日でしたが、今日は比較的暖かく爽やかな朝でしたので、ホテルで自転車を借りて苫小牧市内をサイクリングしてきました。 さて、続きです。 美奈子の不倫相手弘樹が持っていた猿の手?とはどんなものだったのでしょう。 俊一郎は、弘樹が姿を消し、問題がほぼ片付いた時になって、ようやく美奈子に今回の事件について話したのです。 「私には、お前に見せた予知能力だけでなく、人の心を読む能力も、少しなら思い通りに動かす力さえ備わっている。だから、強制的にお前やあの男の心を変えることもできただろう。でも、そうしていれば、お前たちは結局納得できなかっただろう。そして、更に悲惨な結果を招くことになってしまったことだろう。美奈子、君は、本当は私を愛している。子供たちのことも。逆に、あの男のことは愛していたわけではない。単に哀れんでいただけだったのだ。前世の因縁と愛の裏返しで、私を困らせてみたかっただけだったのだ。だから私は、敢えて力の封印を解いて見せた。家族を、お前を守るために。私の妻は、美奈子、お前だけだ。だから、何も心配することはない。私の妻、3人の子供の母として幸せに暮らすことだけを考えろ。」 俊一郎は優しい口調でしたし、笑顔でしたが、内容は怖いものでもありました。 美奈子は、夫が他人の悪意を鏡のように返す能力を持っていることを知っていました。 それを応用すれば、弘樹を自分の手を汚さずに始末することも可能だったはずで、何故そうしなかったのか確かめてみました。 「何故、あの人を始末しなかったの。あなたなら簡単にできたんじゃないの。」 俊一郎は、つまらなさそうに聞き返しました。 「未熟なあの男が、封印を解けば、ほぼ完成された力を持つ私にかなうと思うのか。」 「思わないから余計に、何故始末しなかったのかと思ったのよ。彼自身、あなたが何故自分を社会的に抹殺しなかったのかって、不思議がっていたわ。」 社会的よりも、本当に存在自体を抹殺してくれていた方が、自分にも後腐れなかったかなとの、大変自分勝手な思いもあったことに、答えながら美奈子は気付きました。 「私は強い。勝負にならない勝負は最初からしない。弱いものいじめもしない。ただ、今回は、犠牲者を出さないようには苦労したが。」 「犠牲者、二人も出たんじゃないの。」 美奈子、胎児二人も立派な犠牲者だと考えていました。 「そう考えることもできるだろうが、私が考えたのは、お前と3人の子供達、あの男、そして自分の中から犠牲者を出さないようにとの意味だ。」 「お腹の子供は。」 「最初に言っただろう、お前を守ってくれるだろうと。」 「つまりは、私の身代わりだったってこと。」 「そうだ。」 「それなら、私を罰しようとしたあなたの仕業じゃないの。」 我ながら意地悪な聞き方だなと思った美奈子でしたが、俊一郎は苦笑しただけでした。 「私の仕業ではない。私は、お前を罰しようと考えたことは一度もない。私が苦労したのは、心の鏡を如何にして発動させないかの方だったのだ。私の心の鏡は、完全に無関心になった時ほど強力に発動する。つまり、あの男かお前のどちらかが、私にとって全く意味の無い相手だと見なすことができていたら、二人のどちらか、あるいは両方が死んでいたはずだ。」 恐ろしい言葉でしたが、絶対と言ってよいほど嘘をつかない彼が言うからには真実です。 逆に考えれば、夫俊一郎は、私と弘樹、二人とも意味の無い相手だとは考えなかったことになります。 それでは、お腹の子供に意味は無かったのか、それなら、夫の仕業になると美奈子は考えました。 「じゃあ、お腹の子供は。」 俊一郎は、苦笑しながら答えました。 「何度も言わせるな。二人は私の仕業ではない。保証しただろう、美奈子の子供は、私の子供として大切に育てると。」 「じゃあ、誰の仕業なのよ。」 美奈子には夫しか思い当たりませんでしたから、再度確かめました。 「言わないでおこうと思っていたのだが、誰の仕業か、はっきり答えれば、あの男の仕業だ。あの男にとって、子供は邪魔ものでしかなかったのだ。」 美奈子は、夫の子供だろうが弘樹の子供だろうが、何よりも自分の子供ですし、夫も自分の子供として育てると同意してくれていましたから、たとえ弘樹と一緒になれなくても、神坂家の子供として大切に育てるつもりだったのです。 そもそも、自分のお腹の中で育っていく命を、いとおしく思いこそすれ、邪魔だと思ったことは一度もありませんでした。 「私、子供が邪魔なんて、考えたことはなかったわ。」 「だから、お前じゃない。あの男の仕業だ。」 「弘樹も、そんなこと考えるかしら。」 美奈子、子供ができたと告白した時の態度から、少しは心当たりがあったのですが、どうしても信じられませんでした。 いや、信じたくありませんでした。 「私が、あの男のことをどう評したか、覚えているかい。」 なかなか言い得ていると思いましたから、美奈子、よく覚えていました。 「覚えてるわよ。昔の自分のできと運を悪くしたような男でしょ。」 「そう。しかし、私とあの男との最大の違い、彼の最大の欠点を一言で表現すれば、心が貧しいことだ。」 「そうなのかしら。」 心が貧しいと言われても、美奈子にはぴんと来ませんでした。 弘樹は、確かに頼りなかったものの、夫よりも人間的で、優しいように思われましたから。 「私の言うことが信じられないのなら、あの男が今まで何をしてきたか、教えてやろう。」 何でも知っているかのような言い方だったので、美奈子は聞いてみました。 「あなたが知ってるはずないと思うんだけど、何したの。」 「あの男のことを、できの悪い、運の悪い私と表現したのには、それだけの理由がある。」 「何よ。」 「あの男は、猿の手のような力を持っていて、使いこなせないくせに使い続けてきたのだよ。」 「猿の手って、あの怖ーいお話の猿の手なの。」 思ってもいないどころか、最悪の形で願いを三つかなえるという猿の手のミイラの怖い話を、美奈子は高校生の時に読んだ覚えがありました。 「そう。」 「どう使ったのよ。」 「最初は、高校生の時だな。あの男は、片思いの恋をした。」 それは確かに本当のことで、美奈子は彼から教えてもらっていたが、俊一郎が知っているのは不思議だった。 「何故、知ってるのよ。」 「あのなあ、私の能力である幻視の対象は、未来だけではない。過去も見ることができる。見ようと思えば、何だって見ることができる。」 確かに、夫俊一郎がそんな力を持っていることは、認めざるを得ませんでした。 「そうよね。でも、どうして彼のことまで見えるの。」 全て見えると断っているのにとんまな質問ですが、俊一郎はさらっと流しました。 「世の中、全てつながっているからだよ。」 「どういうこと。」 「美奈子のことを知ろうと思えば、それにつながって、あの男の過去まで知ることになったのだよ。」 「それで、どうしたの。」 愛していたはずの男の過去という怖いもの見たさもあって、美奈子は聞いた。 「高校生の彼は望んだ。片思いの彼女を、我がものにしたいと。」 「普通そう考えるんじゃない。」 恋をすれば、至極当然のことに思われた。 「しかし、彼女には恋人が居た。」 「そうだったようね。」 そのことも、弘樹から聞いていました。片思いの相手の恋人は、自分の親友だったと。 「そこで彼は、まず邪魔者は消えて欲しいと願った。」 「何となくわかるわ、その気持ち。」 美奈子、恋すれば当然のことだろうと思いました。 「すると、猿の手が願いをかなえた。」 「どんな風に。」 「二人は、デートの後、自転車に二人乗りしていて事故にあった。」 そのことも弘樹から聞いていましたから、俊一郎の言うことは事実だったのです。 「そうだったようね。」 「彼は、恋人をかばって車に轢かれた。彼女は、車の下敷きになった恋人を心配し、車の下からのぞいていた彼の手を引っ張った。」 「確か、死んだと聞いたけど。」 美奈子、弘樹から、片思いの女性の恋人は、同級生で自分の親友でもあったが、事故で死んでしまったとだけ聞いていた。 「そう。確かに死んだ。彼女が必死に彼の手を引っ張ったら、引きずられて出てきたのは腕から先だけだったんだ。」 美奈子、思わずぞくっとして悲鳴を上げた。 「きゃーっ。」 「ばらばらになっての即死だったのだ。これでまず、邪魔者は消えた。」 「うー、確かにそうとも言えるのかしら。」 美奈子、いくら恋人が欲しくても、恋敵に死んで欲しいとまでは考えることができませんでした。 しかし、夫が猿の手と表現した理由がわかった気がしました。恐ろしい方法で願いをかなえたのですから。 「次に、彼は彼女の心を得ようとした。」 「当然そう考えるわよね。」 「あの男は、この機会に彼女の心が得られるかと期待したが、彼女は、恋人を失ったショックの余り、狂ってしまっていた。病院にお見舞いに行ったところ、彼女は一見正常だったので、ほっとしたあの男だったが、狂った彼女は、彼の手を見てこう頼んだ。」 「何と。」 「手を握らせてくれと。」 何故彼女がそんなことを頼んだのか、由紀子は理解できませんでした。 「何故、そんなお願いをしたの。」 「狂った彼女が欲しかったもの、それは、猿の手ならぬ恋人の手だったのだ。」 「それで、彼はどうしたの。」 「何も思わずに、いや、むしろ喜んで握らせた。」 「それで。」 「彼女は、握ったが最後、放そうとしなかった。」 ロマンスがホラーに変わったような話です。 「怖いわ。」 「怖くなったあの男は、「放してくれ。」と頼んだ。すると彼女は、「嫌よ。この手は私のものよ。いとしい彼の手よ。絶対放さないわ。」と叫んだ。狂った彼女の欲しかったものは、恋人の手だったわけだ。あの男は、そんな彼女から逃げたくなったので、思わず叫んだ。「手を放せ。もう君の心はいらない。君もいらない。消えてくれ。」そして、あの男が望んだ通り、この一言で、彼女は意識を無くした。彼女の狂った心もなくなってしまったのだ。あの男は、欲しかったはずの彼女の心を、消してしまうことになったのだ。そして、彼女自身をも。」 そう簡単に捨てられるものなのだろうか、美奈子は信じられませんでした。 「そこまでしておいて、それだけで捨てたの。」 「そう。あの男は、二度と彼女に会おうとはしなかった。」 恐らく、夫俊一郎だったら、最初の流産の時に自分にしてくれたように、気の済むまで手を握り続けさせて慰めてくれたはずだと美奈子は確信できました。 そして、何年かけてでも、彼女の心を元に戻そうとしたに違いないと。 「ひどい。あんまりよ。それじゃ、二人の命と心をもてあそんだようなものじゃないの。」 「そう。そのとおりだ。だから言っただろう、心が貧しいと。そもそも、彼が自分の貧しい心の猿の手に望んだことだ。彼女を自分のものにしたいから、邪魔者は消したい。彼女の心を得たい。しかし、彼女の心を自分のものにできないのなら、なくなった方が良い。いらなくなったものは捨てたいと。それらの願いが全てかなった。それだけだったのだ。」 続く。 画像は、今朝のサイクリングで立ち寄った苫小牧漁港近くのお店です。 店先で、カレイの干物を天日干しで作っていました。
昨日の夕方1週間ぶりに帰宅、我が家で17時間を過ごしてまた出発、今北海道に来ています。 流石に妻には、ちょっと仕事しすぎじゃないと言われ始めました。 現実として、人手不足ですから、しばらくは、健康に気をつけて続けるしかありません。 さて、60回記念というわけではありませんが、神坂夫妻に最大の危機が訪れます。 俊一郎、当初の美奈子の予想に反して仕事の鬼と化していきましたが、家族に対しても十分以上の夢をかなえていき、30歳で家も建て、子供の教育には惜しみなく投資する人も羨む夫であり、父親であり続けました。 しかし、家を建てた直後に義母の高子が1週間やってきて、家庭を引っかき回して帰ったことがきっかけとなって、美奈子は切れてしまいました。 夫は、他人と母高子には非人間的なほどの忍耐で臨むくせに(彼にとっては母こそ他人だったのかも知れません。)、自分と子供達には異常に厳しいことに反発した美奈子は、こともあろうに、夫俊一郎が、美奈子に横恋慕しているし、自分に近い変な能力を持ちつつ、その力を使いこなせていない大変危険な相手だから近づくなと、はっきり警告までした若い男を誘惑したのです。 その男、斉藤弘樹は、美奈子よりも4歳年下でしたが、滅多に人の悪口を言わない夫が、珍しく、「昔の自分の、できと運を悪くしたような男」と酷評した若者でした。 美奈子自身、夫のたとえには吹き出してしまいました。 弘樹、夫に似た不思議な能力を持っているのですが、夫ほどの優れた頭脳もなく、運にも恵まれていないため、よいものは持っていると思うのですが、何をしても報われず、全てに中途半端な若者だったのです。 それでも美奈子、できの悪い夫のような弘樹のことが異様に気になり、母性をくすぐられたのか、彼を、何とか一人前の男にしてあげたいと思うようになったのです。 弘樹、実はシスコンで、美奈子と同じ歳の姉の美弥に邪な気持ちを抱き続けていたのですが、美奈子に優しくされると、姉の代わりとばかり甘えるようになりました。 実は彼、年上の女性に甘えるのが趣味で、当時すでに年上の人妻の愛人を3人も作っていたのですが、美奈子、そのことは全く知りませんでした。 そして、弘樹は美奈子に甘え、美奈子も夫の目を盗んで彼を甘えさせているうちに、ついつい肉体関係にまで進んでしまいました。 つまり、弘樹にとって美奈子は4人目の愛人になったのです。 貞淑な人妻であると疑わなかった自分が、まさか浮気をするなんて、信じられない思いの美奈子でしたが、やってみると、夫とのセックスとは別の快感があることがわかりました。 まず、後ろめたさによる快感が、俊一郎と初めてセックスした後結婚までの間、人目を忍んで情事に耽った日々を思い出させてくれたのです。 弘樹とのセックス自体は余りよいものではありませんでしたが、昼彼との不倫の情事に耽った夜、夫俊一郎とするセックスが、絶品だったのです。 後ろめたさとともに、大した取り柄もない自分が、完璧とも言えるこの夫を裏切っているんだという、背徳感と表裏一体になった優越感もあって、美奈子は夫とのセックスに、以前にも増して快感を得られるようになったのです。 間抜けなことに、俊一郎は、そんな美奈子のセックスが絶品だったためか、彼女の不倫に気付きませんでした。 3ヶ月後、弘樹の子を宿した美奈子は、浮気ではなく本気になっていました。 子供ができたからには、夫は離婚してくれるだろうし、弘樹は当然責任を取って結婚してくれるものと信じていましたから、夫俊一郎にそのことを告白し、3人の子供のうち、3歳でまだ幼い末娘の文香だけを連れて家を出ようと決心したのです。 子供たちが寝静まった後、居間のソファーに腰掛けた美奈子は、夫俊一郎に、大事な話がありますと切り出しました。 他人にはまず見せることのない夫の内面の激しさを知っている美奈子は、告白したら下手したら殺されるかも知れないとの不安があり、いざとなったらお腹の子供だけは守る覚悟で彼にしがみつこうと、夫に自分の隣に座るよう促しました。 思い出せば、彼と結ばれたあの夜の状況と同じなので、美奈子は心の中で苦笑しました。 あの夜、姉のマンションのソファーで隣に座ってもらった俊一郎に抱きついて押し倒し、彼の唇を奪ったのは私の方だったと。 俊一郎が何の疑いもなく座ったので、美奈子は単刀直入に切り出しました。 「離婚してください。私のお腹には、別の人の赤ちゃんがいます。」 ところが、俊一郎の反応は全く意外なものでした。 まず彼は、全くの無表情のまま美奈子の肩を優しく抱くと、黙ってしばらく考えていました。 実は俊一郎、自分の超能力を封印する時に、その封印が解ける条件を設定していました。 その条件とは、自分と家族に危険が迫ることだったのですが、美奈子の告白で封印が解けたのです。 つまり、美奈子がしようとしていることは、大変危険なものであることを示していたのです。 俊一郎、封印する前も、自分の能力を使うことはほとんどありませんでした。 何故なら、多くの才能に恵まれていたため、使う必要がなかったうえ、危機に際しても、単に回避するだけで何とかなっていたからです。 したがって、元々滅多に使わなかった力だったのですが、この時、最初に働いたのは、幻視能力でした。 彼は、封印したつもりでも、普段から夢で無意識的に幻視を続けていました。 彼の夢は、予知夢であることが大変多かったのです。 封印が解けた時との違いといえば、その幻視を、意識的にかつ白昼夢的にいつでもすることができるようになったことと、その対象を自由に選ぶことができるようになったこと、対象となる時も、現在、過去、未来と自由に選ぶことができるようになったことの3点だったのです。 そこで幻視の対象に自動的に選ばれた事象は、美奈子が自分と離婚し、相手の男と結婚した場合の未来だったのです。 幻視した美奈子の未来は、悲惨なものでした。 俊一郎と別れて弘樹と一緒になり、可愛い女の子を産んだものの、二人とも、周囲にも自分の家族にさえも、結婚を認めてもらえませんでした。 美奈子と結婚するために転職した弘樹は、仕事がうまく行かなくなり、生活も苦しくなっていき、貧しさに負けてまず文香を俊一郎に返したものの、最後はどうしようもなくなって、3人で一家心中するものだったのです。 ついでに、俊一郎は、美奈子にかけられていた多額の保険金を得ることができるところまでも幻視できてしまったのです。 今までの経験から俊一郎は、自分の未来に対する幻視の結果は、何もしなければほぼ100%実現してしまうものである反面、絶対に変更できないと言い切れるほど確固としたものでもないことを学んでいました。 ですから、本当の未来そのものの幻視ではなく、超越的な頭脳による精密な予測であると考えることもできるものでした。 俊一郎自身の解釈は、彼はこの世界の運命の全てを包含する膨大なデータベースともいえるアカシックリコードを読むことができる能力をもっており、本来無限の選択肢が存在するアカシックリコードの中から、自分が現在存在する次元で、最も可能性の高いものを見ることができる能力ということでした。 元々、俊一郎は、美奈子との結婚を決める時に、未来を占っていました。 彼の占いには無意識的な幻視が使われており、その結果には、彼女の裏切りも示唆されていましたし、彼女を失うことになるかもしれないことも予想できたのです。 だからこそ、彼はその可能性を徹底的につぶしていったわけですが、美奈子が自分の指示に従わないことは、想定外だったのです。 ただ、こうなってしまった以上、ことを納めるには、何らかの対価が必要となることを俊一郎は感じていました。 もっとも簡単なのは、対価を支払わず、3人を見殺しにすることですが、俊一郎は、自分の強さを、最大限によい方向に発揮しました。 強者の彼には、つまらない意地や金よりも、家族の幸福が、そして何より人の命が大切であると考えることができたのです。 そして、未来を変えるための対価には、迷わず自分の命を選びました。 自分には78歳の寿命がある。 現在の自分は31歳、美奈子は30歳であるから、自分の余命47年を削って美奈子に継ぎ足せばよい。 一瞬にしてそう決断したのです。 しばらくと言ってもほんの1~2分ぐらいでしたが、黙って幻視し、対策を考えた俊一郎が最初にやったことは、仕事にかまけて家庭を省みなかったこと、家族に厳し過ぎたこと等の自分の非を認めたことと、そのことで美奈子に頭を下げて謝ったことだったのです。 しかも、浮気した美奈子の非については一切触れませんでしたし、彼女のお腹の子供は、自分の子供として育てると確約もしました。 その上で、美奈子とは別れないし、彼女と子供たちをずっと大切にすると約束したのです。 これも彼の強さの現れなのですが、美奈子としては、傲慢だと思っていた夫に思いがけず素直に謝られると、3人の子供達もいましたから、弘樹の子供を妊娠してはいましたが、離婚することも、神坂家から出て行くこともできなくなりました。 元々年上の女性に甘えたいだけで、美奈子との結婚には乗り気では無かった弘樹は、俊一郎の決断を聞くと、感心しました。 そして、「僕は、君のご主人の英断を尊敬する。本当に大した人だ。」と言い、美奈子から逃げようとしたのです。 俊一郎は、美奈子だけでなく、弘樹に対しても、由紀子の時と違って警告ではなく、予知能力を駆使して将来進むべき最善の方向を示しました。 「今君がやっていることは、大人の人間としてやってよいことではない。このまま進めば悲惨な結末しか得られない。自分の欲しいものは、自分で手に入れろ、人のものを横取りしようなんてことは考えるな。」と言ったのです。 俊一郎、無意識の内に由紀子の時のことや、今回の事態を招いたことを反省していたのかもしれませんが、『こうなるから注意しろ。』と言うよりも、具体的に『こうしろ。』と言った方が良かったことに気付いたのです。 また、美奈子のお腹の子について、無事生まれれば、母親を守る存在となると予言しましたが、二人が今の関係を続けるならば、思わぬ報いを受けるだろうと警告しました。 そして、彼の予言は、残酷にも全て的中するのです。 続く。 今日の画像は、呆け猫ボコタの近況です。 彼、服を着せられてから少し元気になってきたのですが、呆けは逆に進行したようで、ここのところ徘徊猫と化しています。
福山での仕事を終え、今日那須の自宅に戻りますが、明日は北海道に向けて出発です。 忙しいことはいいことなのか。 今月は、自宅に5日しかいないことになります。 さて、ちょっと変わったお話となる臨死体験編の後編です。
気づくと、目の前に母美奈子の顔がありました。 「あっ、気付いたわ。大丈夫、紀英。」 母の問いに、紀英は直感的に答えました。 「大丈夫。おもちゃは諦めた。」 美奈子は、わけがわからず聞き返しました。 「体のことよ。どこか痛いところはないの。」 紀英、自分の体については自覚していなかったのですが、母に聞かれて、自分はどうやら病院のベッドの上であり、頭の後ろが痛いことをようやく自覚した。 「ああ、後頭部が痛い。」 「そうよ。紀英、後頭部に切り傷があるのよ。でも、それだけで済んだのが奇跡よ。」 そうか。自転車ごと空を飛んで岩に激突したんだっけ。普通なら死んでるよな。 「自転車でダイビングしたんだった。ところで、自転車どうなった。」 紀英、自分よりも自転車のことが心配になった。 「自転車の方も、木の枝にひっかかって奇跡的に無事だったわ。」 母美奈子の答えに、紀英は安心しました。 「よかった。父さんに買ってもらった大事な自転車。」 「あんたねえ、自転車なんてどうでもいいわ。どうしてあんなことしたのよ。」 そうそう、すごい勢いで坂を下ってきて、この勢いでジャンプしたら空を飛べるかって一瞬考えてしまったのでした。 「あはは、つい空を飛べないかって考えてしまったんだ。」 正直に答えると、母は目に涙を溜ながらも怒りの表情に変わった。 「あんたねえ、死んだらどうすんのよ。しょうもないことして。」 紀英、眼前の母に、本当にありがたいと感謝の気持ちがわきました。 「そういえば、三途の川見てきたよ。」 「三途の川だなんて、大丈夫なの。」 「うん。大丈夫だ。心配かけてごめん。」 美奈子はほっとしていましたが、三途の川のことは気になりました。 「ほんとに大丈夫かしら。紀英、今、三途の川って言ったやないの。」 「うん。三途の川見てきたよ。」 「紀英正気。」 「大丈夫だと思うけど。」 「不思議ね。お父さんも同じ様な経験あるらしいわ。」 美奈子は、夫俊一郎から、2歳にもならない頃の臨死体験のことを聞いていました。 「うん。閻魔さまじゃなくて、イギギさまって転生を看視している神様かな、が、父さんは、僕よりももっと凄かったって教えてくれた。」 美奈子は、笑顔で答えました。 「そうだったの。でも、よかったわね、帰ってこれて。」 「うん。三途の川勝手に渡ろうとして怒られたけどね。」 「もしかして、臨死体験ってやつをしてきたんじゃない。」 「うん。きっとそうだと思う。でも、まだ来るはずじゃないからって、帰らせてもらえたんだ。」 「もう。二度と無茶するんじゃないわよ。」 「もうしないよ。何だかとっても大切なこと教えられた気分だし。」 「父さんも、そうだったみたいよ。」 母に言われ、紀英、イギギさまから教わったことを話すことにしました。 「うん。イギギさまから聞いたよ。父さん、その経験がなかったら、もともな人生歩むことができなかったんじゃないかって。」 「あはは、それわかるわ。」 美奈子は、子供の頃の、天才ながら傍若無人な俊一郎のことを聞いていましたから、つい笑ってしまいました。 「でも、不思議だな。」 「何が。」 「いや、何故死ななかったのかなあ。どう考えてもあの勢いでまともに岩にぶつかったんだから、生きているはずがないんだけど。」 「そうね。たまたま見ていて、救急車を呼んでくれた人も同じことを言ったわ。頭からぶつかったから、生きているはずがない。ましてや、後頭部の軽傷だけで済むはずがないと。」 美奈子、目撃して救急車を呼んでくれた近所の農家の人から連絡を受けて病院に駆けつけたのですが、その人は、紀英が生きていることがどうしても信じられないと何度も美奈子に話したのでした。 「そうよねえ、私も現場見てきたけど、あんただけでなく、自転車が無事だったことも奇跡だわ。」 美奈子、夫から聞いたことも続けた。 「お父さんは、2歳にもならない時に同じ様なことしてるわ。お父さんの時は、本人、頭が砕けた感触まであったって言ってたわ。でも、紀英と全くおんなじで、後頭部の切り傷だけで済んだのよ。」 「そんな小さい頃のこと、父さんよく覚えていたね。」 紀英、複数の前世記憶を持っている父でも、2歳にもならない時のことを覚えているのは不思議でした。 しかし、賢明ながらも破天荒な面を併せ持つ父らしいなとも思いました。 「僕の場合、頭に岩が食い込んだところで記憶が途切れているんだけど、どう考えても後頭部に傷があるのは変なんだ。前向きに岩に向かってダイビングしている体勢だったから、ぶつかる直前に空中で反転しないとあり得ない。時間を止めて、体の向きも変えて、ゆっくりとぶつかるように調整し直したとしか思えない。」 美奈子は、紀英が助かっただけで十分でした。 「わけのわからんこと言ってないで、助かったんだから、頭が少し切れただけで済んだんだから、神様に感謝しなさい。」 「うん。確かにそうだな。まずは感謝だ。神様、仏様、イギギ様に感謝。」 美奈子、最後のイギギ様がわけがわからなかったので、聞き返した。 「さっきから言ってるけど、イギギさまって、なあに。」 「ああ、三途の川で遊んでたら、叱られて、その後いろいろ教えてくれた神様かな。転生を看視する存在って説明してくれたけど、姿は見えなかった。」
その時、父の俊一郎が駆けつけてきた。 「紀英、大丈夫か。」 勤務先から呼び戻したわけで、紀英、心苦しかった。 「ごめんなさい、父さん。」 「父さん、仕事休んで大丈夫だったの。」 美奈子も心配した。 「あのなあ、息子よりも大事な仕事はしとらん。それよりも、本当に大丈夫か。」 「ああ、紀英、後頭部の切り傷だけだって。CTも撮ったけど、脳には異常ないそうよ。」 「絶対死んだはずなんだけどなあ、頭に岩が食い込んだ感覚もあったから。」 妻と息子の報告に、俊一郎、何故か苦笑した。 「父さんと同じだな。当時はCTなんて便利なものはなかったが。」 「そうなの。母さんにも言われたし、イギギさまにも言われたんだけど。」 「何、お前、イギギ様にもあったのか。」 驚く父が何か知っていそうなので、紀英聞いてみた。 「あれ、お父さんも、イギギさまのこと知ってるの。」 「お父さんも、臨死体験したんだよ。」 「うん。母さんに聞いた。」 「その時、蒼い光の満ちた空間にしばらく居て、帰るように言ってくれたのが、イギギ様だったんだ。」 「あはは、お父さんには困ったってイギギさま言ってたよ。」 「別に困らせた覚えはないのだが。」 俊一郎、素直に言葉に従って帰ってきただけで、困らせた覚えは無かった。 「いや、普通の亡者というか、死んだ人の霊魂は、三途の川の手前でチェックされるんだって。」 「された覚えは無いな。」 俊一郎、正直に答えました。 「そう。父さんはそのとおりだったらしいんだ。イギギさまが言うには、どこをどう間違ったのか、父さん、三途の川を飛び越えて、中間生まで直接行ってしまったんで、慌てたって言ってたよ。」 「そうだったのか。父さん、三途の川には全く覚えがないが、何だか蒼い光の満ちた空間に居た覚えがある。あれが、中間生って言うのか。」 「そうだって。そこで癒やされて、多くの霊魂は現世での記憶を忘れてあの世に行くんだって。」 「あなた、そんなところまで行って戻ってきたんだ。」 妻の美奈子にも呆れたように言われて、俊一郎はまた苦笑した。 「でも、残念ながら2歳にもならない時だったから、どういう状況だったのか、余り理解はできなかったな。その点、お前はいろいろ聞き出してきたんだ。」 「うん。気付いたら三途の川のほとりに居たんだ。どうせ死ぬんだったら何でもやってみるかと思って、川に飛び込んで見たら、めちゃくちゃ浅くて、歩いて渡れそうだったんだ。だから川の中走り回ってたら、イギギさまに叱られた。」 「何だそれは。ところで、お前はイギギ様の姿を見たか。」 俊一郎、興味を覚えたので確かめてみた。 「いや、声だけだったよ。転生を看視する者だって名乗ってくれたけど。ところで、イギギって何か意味があるの。」 「父さんも声しか聞いていないな。でも、確かイギギって、古代のシュメール語で、見まもる者、看視する者という意味だ。」 「うん。僕には、転生の看視者だって教えてくれた。」 「してみると、お前はずいぶんお世話になったようだな。」 「そうかもね。イギギさまも、面白がっていたようだったよ。親子して、掟破りだからって。」 「まあよい。二度とはお世話にならないように、気を付けることだ。」 結局、紀英は軽傷で、検査の結果も異常無しと判明したため、そのまま退院し、家に戻ることができました。 しかし、父と違って相変わらずあまりいい子にはならなかったところが、紀英の個性だったのでしょう。
画像はセキレイです。 結構人なつっこく、まわりをうろうろしていたのですが、巣立ってから間もないのか、まだ餌くれーと鳴いているような感じでした。
福山は、二日続けていいお天気です。 今日も暑くなりそうです。
さて、続きです。 今日は、ちょっと変わったお話になります。
俊一郎美奈子夫妻の長男紀英が小学生になった時、彼の身に大変不思議な出来事が起こりました。 自転車に乗っていた彼は、急な坂から猛スピードで降りてきたところで石に乗り上げて自転車ごとジャンプし、頭から岩に激突したのです。 目撃していた人は、絶対死んだと思ったというほどの事故だったのですが、頭が岩に激突し、頭蓋骨に岩が食い込んだと感じた次の瞬間、彼は向こうが見えないほど大きな川のほとりに立っていました。
空は一面の雲に覆われて全く太陽が見えず、かといって一様な明るさがあり、薄暗いというか薄明るいというか、奇妙な世界でした。 周囲を見渡して見ましたが、誰もいません。 目の前の川が、向こう岸が見えない大きいものであると同様、後ろを振り返ると、これまたどこまで続いているのかわからないほど広大な荒野がありました。 うーん、この川って、もしかしたら、三途の川という奴なのかな。 紀英は思いつくと、自分が死んでもおかしくない事故に遭ったことを思い出しました。 そっか、僕は死んだんだな。じゃあ、ついでに試してみよう。 ふと思いついた紀英、川に飛び込んだのです。 あまりにも大きく、かつ底が見えない濁った流れの川でしたから、当然深いだろうし、溺れるかも知れないが、どうせ死んだのなら溺れても一緒だと思って飛び込んでみたのですが、彼の予想は見事に裏切られ、川の深さはなんと膝の下、くるぶしの上ぐらいまでしかなかったのです。 しかも、全然濡れた感じがしないのです。 こりゃおもしろいと思った紀英、川の中を走り回ってみました。 水のような抵抗もないし、これなら簡単に歩いて渡れそうだから、渡ってみようかと思いついた時、姿の見えない存在に話しかけられました。 「おやおや、変わった亡者だね。一体どこから来たのかな。こんなところに一人だけでいるはずはないのだがね。」 紀英、姿の見えない声に問い返しました。 「あなたは誰なのですが。そして、ここはどこなんですか。」 声は答えました。 「私かい。そうだな、転生の看視者、名前はイギギとでも答えておこう。それからここだが、君が思っているように、日本では三途の川と表現してよいだろう。」 三途の川となると、やはり自分は死んだことになります。 「やっぱり、僕は死んじゃったんですね。」 すると、イギギはうなりました。 「うーん、微妙なところだな。」 「と言いますと。」 「君は、神坂紀英君は、まだ死ぬはずではないんだ。だから、君がここに居ること、三途の川で遊んでいること、その事実に、正直私も戸惑っている。」 「普通、あの勢いで岩に頭からぶつかれば、死にますよ。」 紀英、あれで死ななかったら奇跡だと、冷静に捉えていた。 「そうだな。しかし、私が関知している世界の記録では、そんな出来事が起きるはずではなかったのだよ。」 「それって、運命なのですか。」 「そうとも言えるかな。だから、君がここにこうしていることは、私にとっても非常に不思議なのだよ。いや、不都合と言ってもよいかな。」 「ということは、僕が生き返るって可能性もあるのですか。」 一瞬イギギは沈黙したが、正直に答えてくれた。 「あるな。そういえば、君の父親は、君以上にとんでもない例外だったな。親子続けての例外にするか。」 「できるなら、お願いします。」 紀英、自分の命よりも、家族を悲しませてしまうことの方が気がかりだった。 「いや、私としても、君がここに居る。死者ではないはずの亡者がここにいる。その上、勝手に三途の川に飛び込んで走り回っている。これらの事実は、大変都合が悪いのだよ。とりあえずは、川から上がって、そこの小屋に入って待っていてくれ。」 ふと見ると、川岸に水車小屋のような小屋がありました。 「おや。ここにこんな小屋ありましたっけ。」 ついさっきまで、川岸はおろか、見渡す限り何もなかったはずだと思った紀英、聞いてみました。 「まあ、その辺は堅いことは言うな。普通は、この川を自分勝手に渡るような不届き者はいないのだから、君のために急遽作ったわけだ。」 紀英、父のことは知らなかったので、確かめました。 「イギギさん、父も不届き者だったのですか。」 イギギは苦笑しているようでした。 「ああ、君の父、神坂俊一郎は、とんでもない不届き者だったよ。」 「僕とどう違ったんです。」 「そうだな。君は、まだ三途の川のこちらに居る。つまりは、渡ってはいない。それに対して君の父親は、ここを飛び越えて、あの世の手前まで一足飛びに行ってしまったのだよ。」 「何故そんなことになったのですか。」 いろいろと破天荒な面を持っている父でしたから、紀英、興味を覚えて聞いてみました。 「私にもわからない。だから余計に困ったのだよ。今、君にも困っているがね。」 紀英、生きて帰れる可能性が見えたので、頼んでみました。 「じゃあ、帰らせてください。僕は、自分自身の人生はどうでもいい気がしているんですが、父と母を悲しませたくありませんから。」 紀英、これで死んだら、両親は悲しむだろうと心配していました。 「わかった。とにかく君には戻ってもらおう。」 「ありがとうございます。」 紀英、安心ついでに聞いてみました。 「この川、飛び込んでも浅いし濡れないし、走って渡れそうな気がしたんですけど、そもそも渡れるものなのですか。」 イギギ、困ったような声になりました。 「うーん、難しい質問だな。正直に答えると、渡ることはできる。そもそも川は幻のようなものなのだ。しかし、亡者にとっては、絶対に渡ることができない、一種の精神的な障壁でもあるはずで、歩いて渡ろうとする者が出ることは全くの想定外だった。君は、もしかしたら死に対する恐れをもっていないな。」 言われてみますと、父には、死は次の生への単なる関門に過ぎないと言われていましたし、確かに恐れは無かったのです。 「そうですね。死は、次の生への関門でしかありませんから、死に対する恐れは持っていないと思います。ところで、普通はどうするのです。」 「渡し船というと少し違うのだが、亡者が通るべき関門としての川渡しがあるのだよ。つまり、死者のチェック場所が。」 「つまりは、ここではないのですね。」 「そう。普通の亡者はこんなところに来るはずがないんだ。他に誰もいなかっただろう。この小屋はあくまで、私が急遽作ったものだし。」 「確かに。」 川のこちらは、見渡す限り誰もいないどころか何もない荒野で、先ほどまでは、今居る小屋自体存在していなかったのです。 「普通は、川を越えてようやく転生の資格が生ずると同時に、そのためのチェックもしているのだよ。あの世への入国管理のようなものと考えてもらえばわかりやすいだろう。」 「渡ればあの世なのですか。」 「いいや、違うんだな。渡ると、そうだな、今度はトンネルのようなところを通り抜けていくんだ。そこには、中間生というあの世とこの世の境目の場所がある。」 「どんな場所なんですか。」 「蒼い光に満ちた安らぎの空間だ。そこで、この世での人生を癒やされ、多くの者は前世のことを忘れ去ってあの世に行く。」 「父が、川を飛び越えてあの世の手前まで行ったと言ってましたけど、それがその場所のことなんですか。」 「そう。そのとおりなのだよ。どんな不手際でそんなことになってしまったのか、私にもわからないが、君の父親は、直接中間生まで移動してしまったのだ。」 つまり、父も死にかけた経験があることになります。 「それで、父さんをどうしたの。」 「慌てて戻した。君の父親は、もしかしたらそのことを覚えているかも知れない。君も元の世界に帰ってこのことを覚えていたら、父親に聞いてみればよい。」 紀英は、もっと根源的な問題があるように思えました。 「そもそも、父や僕のように、まだ死ぬ運命じゃないのに、ここに来たのは何故でしょう。」 難しい質問だと思ったのですが、イギギさまは、即答してくれました。 「そうだな。人生の真の意味を、その大切さを知るためだったとでも言っておこうか。普通の人間は、魂は、前世のことは覚えていない。しかし、中間生まで行った君の父親は、前世のことも覚えているのだろう。」 確かに父は、複数の前世記憶を持っているようでした。 「ええ。父は、いくつもの前世記憶を持っている不思議な人なんです。」 「だから、不思議なことができたとこじつけておこう。別の見方をすれば、君の父親は、その経験が無ければ、まともな人間にはならなかったかも知れないということだ。」 紀英、万能の天才で京大卒の父が、田舎の高卒の母と結婚し、普通の生活をしていることが不思議だったのですが、彼の答えでその謎が解けた気がしました。 「きっと父は、その経験があったからこそ、ソウルメイトと確信した母との今の生活こそが最上の幸せであると、知ることができたのですね。」 「そうかも知れないな。その経験を生かすも殺すも、その人間次第だ。君がどうするかは、君次第だ。」 紀英、自分が今ここに居るのは、何らかの警告だったのかも知れないと考えることにしました。 「わかりました。では、僕は帰らせてもらえるのですね。」 「帰る気になったのなら、最後に一つ選択してもらおう。無条件で帰すわけにはいかないからな。その選択によって、君が元の世界に戻ることができるか否かが決まる究極の選択だ。どちらを選ぶか、それも君次第だ。」 紀英、恐らく一つは元の世界に、もう一つはあの世へとつながる選択であろうことは理解したので、聞いてみた。 「どんな選択なのですか。」 「この小屋から出ればわかる。私が教えるのはここまでだ。では、賢明な選択を祈る。」イギギの声がしなくなったので、紀英は外に出ました。
そこには、二つの光が見えました。 一つの光には、父と母、妹たちの笑顔が見えた。 そしてもう一つの光の中では、自分がほしかったおもちゃが並んでいたのです。 あはは、これはいい。わかりやすすぎて涙が出る。 悟った紀英は、迷わず両親と妹たちの笑顔の光を目指しました。
続く。
画像は、福山郊外のお寺明王院です。 一度参拝してみようと思いつつ、果たせないでいます。
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