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テーマ:映画レビュー(889)
カテゴリ:Movie
その人の経歴や人物像を紹介するときに「プロフィール」という言葉を使う。この英語はどこから来たかご存知だろうか。実は、イタリア語のprofilo(輪郭とか横顔)から来ている。
イタリアのフィレンツェあたりの美術館、たとえば名高いウフィツィ美術館に行くと、ルネサンス以前の古い作品に、「横顔」の肖像画がやたらと多いことに気づくと思う。それもそのはず、ルネサンス以前は、肖像画といえば「横顔」を描くものだったのだ。これはその人物の特徴を一番よく表わすのが「横から見た顔」だと考えられていたためだ。だからイタリア語で「肖像画を描く」という意味の言葉は、「profiloを描く」という。今では必ずしも横顔を描くものではなくても、そういう言い方をするのだ。 肖像画=横顔だったのが、時代が下るにつれ、次第に正面から、あるいは斜め横から描かれた肖像画が増えてくる。そのきっかけになった芸術家は、レオナルド・ダ・ヴィンチだと言われている。日本にも来たことのある「白テンを抱く貴婦人の肖像」は、身体は正面ではなく、画面の左奥のほうに向いており、顔は逆に右前方のほうにひねって描かれている。光は右側から当たっており、女性の左半身はだから、半ば闇に沈んでいる。胸に抱いた白テンも、彼女と同じほうを見ている。まるで、「誰かがふいに部屋に入ってきて、そちらのほうを一瞬見やった」ような情景だ。こうしたドラマ性のある劇的な瞬間を捉えた肖像画は、レオナルド以前にはなかったものだ。 こうしてレオナルドによって始められた「劇的な一瞬を描く」肖像画は、その後追随する画家たちによってさまざまな広がりを見せてアルプス以北にも伝わっていく。その頂点に立つのが、おそらく、17世紀のオランダの画家フェルメールの「真珠の耳飾りの少女 (青いターバンの少女)」だ。たった今、肩越しにこちらを振り向いたかのような少女の輝く瞳、半ば開い濡れた唇。そして耳にゆれる真珠のイヤリング。ここでは光は左後方から当たり、少女の顔の右半分と背中は半ば闇に沈んでいる。 肖像画そのものは、写真の発明とともに、絵画の世界からは本来の意味を完全に失っていく。肩越しにこちらを見つめるというような顔の描き方も、絵画の世界ではとっくにすたれている。だが、実は映画の世界では、頻繁に引用され、使われ続けているのだ。何でもいい。美女の出てくるハリウッド映画の宣伝スポットをいくつか見てみれば、必ずといっていいほど、この「肩越しに視線を投げる」顔が使われていることに気づくと思う。完全に後ろを向いているものよりも、身体はやや画面奥のほう、あるいは横のほうを向いた状態で、首を動かして、顔だけこちらに向けるものが多い。このモーションそのもののもつ劇的な効果は、役者の顔を美的に見せるための手法として、映像世界では今も昔もかかせないものとなっている。 「ブロークバックマウンテン」では、ジャック役のジェイク・ジレンホール(ギレンホール)の顔を美しく撮ることに相当力が入っている。「いや、ジェイクはもともとハンサムなのだ」とファンの人は言うかもしれない。もちろん、それはそうだ。だが、人の顔というものは、その人が一番美しく見えるアングルというのがある。 リー監督はジェイクに関して、「典型的なアメリカンボーイで、ロマンチックな雰囲気がある」と言っている。そして、「ブロークバックマウンテン」でジェイクという役者のもつロマンチックな雰囲気をあますところなく表現したのは、通常使われるの「肩越しの視線」の劇的な効果ではなく、本来の意味の「プロフィール」だった。 これほど、ジェイクの「横顔(プロフィール)」のカットが多い映画は、他にちょっと思い当たらない。しかも、それはほとんど決まってイニスとの愛の場面で効果的に使われている。もっとも印象的なのは、2人が衝動的な関係をもった翌日のエピソード。羊の群れを遠くに見つめながら、ジャックが足を投げ出し、肘をついて、半身を起こしているところに、イニスがやってきてすわり、「あれは一回だけのことだ」と言う。それに対して、ジャックは、「他のヤツらは関係ない。俺たちの問題だろ(字幕では「2人だけの秘密だ」とロマンチックな訳になっていた)」と答える。 映画では、イニスの台詞の直前に、ジャックがイニスを一瞬見やり、それから何か言葉を待つように視線を伏せる。イニスが「あれは一回だけのこと」と言うときには、その顔はほぼ後ろから撮られ、頬の一部が見えるだけで、表情は見えない。次のジャックの台詞まで台本では何のト書きもないが、実際の映画では間があり、ジャックは少し傷ついたように目を伏せたまま頷くような仕草を見せる。それから上の台詞が来る。このシーン、ジェイクがうつむいて台詞を言い、それから次のイニスのジャックの「俺はホモじゃない」「俺だって違う」の台詞のあとにジャックが少し目を視線をあげるまで、ずっとジャックは伏目がちの「横顔」のアップになっている。 また、2人が4年ぶりに再会して、イニスがジャックを壁に押しつけてキスするシーンでも、壁のほうに押されていくジャックは横顔のままで、「何をするんだ?」と言いたげに、少し驚いている。それから、イニスの熱烈なキスでジャックのほうにも火がつき、今度はイニスを壁のほうに押しつける。この尋常ならざる2人の姿をイニスの妻が上から目撃する。そのあとカメラが、2人のアップに戻り、イニスが周囲をひどく気にし始める場面でも、ジャックは「横顔」で、まだイニスを求めており、明らかに性的に高揚しているように見える(ジェイクという人は、どんなエキセントリックなシーンを演じても、「本当に」見えるからコワイ)。 それから、そのまま2人がモーテルに行き、ベッドで半身を起こしてもたれあっているシーン。ジャックがやさしくイニスを抱いている。最初のアップではジャックはイニスのほうを向いていない。次にジャックは首をひねって、完璧な「横顔」になり、イニスの耳元に「4年ぶりだな」と、睫毛をしばたたきながら、うれしそうにささやく。次に、ジャックの4年間についての長めのモノローグが入る。その「語り」の間、ジャックはタバコを吸いながら、ほとんど伏目がちなのだが、首だけはときおり右へ左へ動かしている。そして、もっともロマンチックな台詞、「マジで、またこんなふうになるなんて思っていなかった」「いや、本当はこうなるってわかってた。だからできるだけ速く来た」という場面。2番目の台詞の直前に、また首を曲げて「横顔」になり、イニスの耳元に甘く語りかける。横顔のまま、ささやきながら微笑み、目も微妙に動かし、最後に目を伏せている。 このように、イニスとのロマンチックで感傷的な場面では、必ず「横顔」が印象的に使われる。最後の逢瀬で、「俺はやっぱりお前が恋しい」というシーンまで、それは一貫しており、山での最初の夜に、ジャックがイニスに「仕掛ける」場面でも、ジャックの顔はほとんど「横顔」。 そして翌日。「あれは一度だけのこと」と言ったその夜に、結局イニスはジャックが上半身裸で待っているテントにやってくる(前日の夜は「凍えるほど寒い」って言って2人で寝袋に入ったハズのに、なんでその翌日の夜、ジャックはさっさと1人で「脱いで」いるのだ?? あのお、寒くないんですか? と思わず突っ込みたくなる・笑。ま、寒くなかったんでしょうね、山の天気は変わりやすいしね)。ジャックがイニスの気持ちを確かめようとするところでは、ジャックの真剣な目がクローズアップされ、その場面ではジェイクの顔はほぼ正面から撮られるのだが、それから2人が横たわり、イニスがジャックを求めてくるのを、ジャックがやさしく抱いて受けとめる場面では、やはりジャックは「横顔」を見せている。 また、4年ぶりに再会して、そのまま山へ行った夜、ジャックがイニスに、「なあ、ずっとこんな風に暮らせる方法がある」と夢を甘く語るところも、伏目がちの、ほぼ横顔。だが、イニスに「それはできない。俺に考えられるのは、たまに会うことぐらいだ」といわれ、「たまに?」「4年に一度かよ?」と、ムッとする場面はほぼ正面からのカットで、ジャックの怒りが目に表れるのが、よくわかるようになっている。 イニスと一緒に住むという夢が、どうしてもかなわないと悟ったときに、ジャックはメキシコの男娼街に慰めを求めに行ってしまうのだが、道で立っている男娼の1人に声をかけられ、彼を見つめて頷く場面では、顔のカットは斜めから撮られ、このときのジャックは少し虚勢をはるように顎をあげ、空虚で、親しみのこもっていない視線で彼を見つめている。また、牧場をやっている男性に「週末、別荘に2人で行かないか」と誘われる場面。台本には「ジャックが答える前に、2人の妻が出てくる」と書いてあるだけだが、誘われたジャックの顔が、斜めやや上方から少しの間アップになる。そのときのジャックの表情はなんともいえない。とまどったように何度もまばたきをしながら、だが、誘いをかけている男のほうは見ない。明らかに喜んではいない。だが拒否してもいない。 ジェイクという人は、目の演技が素晴らしい。喜怒哀楽をすべて巧みに表現できる役者というのは、実はそんなにはいない。怒るシーンにリアルがある役者は、たいてい喜んでいる演技はわざとらしくなる。哀愁を表現できる役者は、逆に心から楽しんでいる様子が出せないことが多い。ところが、ジェイクはこの喜怒哀楽を、どれも「本当」に見えるように演じることのできる稀有な存在だ。あの若さで…、本当に信じられない。 自分の感情に素直なジャック役は、まさにハマリ役だろうけれど、それに加え、撮る側がイニスへのロマンチックな想いをこめるシーンで、ジェイクの「横顔」を多用したことが、より映画の印象を強め、ジェイクを美しく見せたと思う。カメラマンのアドバイスなのか、監督の意思なのか、よくわからないが、お見事としかいいようがない。 <明日へ続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.01.31 17:21:51
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