テーマ:戦争反対(1185)
カテゴリ:ー 憲法随想 ー
日本国憲法の前文中には、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。」 とある。 すなわち、 他国を信頼することにより、 日本人の生命・文化・財産を、 守ろうと決めたのである。 他人を愛することで、 愛されようとしている。 そういうことであろう。 このくだりを、 実践していると思われるのが、 天皇の諸外国での様子である。 全ての国で、そうであるのかは、 ちょっと自信がないのであるが、 恐らく、そうであると思う。 「栄誉礼」の際、天皇を自衛隊が、 警護していないようにみえる。 相互主義で、双方の軍人が護衛につくはず。 もちろん、形式的な儀礼行為ではある。 しかし、自衛隊員が警護しないということは、 まさに、 相手国に対する、信頼の象徴であろうと思う。 相手国に駐在する自衛隊員がいないわけではない。 相互主義で、大使館内に駐在しているはずである。 それでも、 そうしているのは、天皇の意向なのだろうか。 さて、 「北朝鮮」は、信頼に足る「国」なのだろうか? 前文中には、 「平和を愛する」という修飾語が、付されている。 すなわち、 「平和を愛さない」国に対する「信頼」については、 言及していないのは明らかである。 では、 そういう国、例えば「北朝鮮」がそうであるとして、 日本国憲法は、武力解決を認めているのだろうか? そうではない。 あくまで、 国際社会における、 「平和を愛する諸国民の公正と信義」を、 信頼するのである。 憲法前文は、国際社会の支援を期待し、 その実効を疑わないという決意である。 それゆえ、 「北朝鮮」との「国際紛争」も、 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」、 日本は、外交のみにより解決を図らねばならない。 領海・領空・領土の外へ、武力を持出すべきでない。 しかるに、 外交努力を重ねる為の手段を自ら閉ざしている。 不思議なことである。 そこには恐ろしい意図があるのかもしれない。 ![]() 【送料無料】「北朝鮮の脅威」と集団的自衛権 [ 梅田正己 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2024.02.25 07:43:45
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