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カテゴリ:M氏の像 浅草橋個展へむけて
秋になると、生徒がこない。
M氏が高校教師になって神奈川県津久井郡に赴任したころの話。 昭和20年代だ。 でてきたところをつかまえて、 「ちゃんと学校にこなきゃだめじゃないか」 というと 「先生、俺達は忙しいんだ」 といわれる。 当時、生徒の家の多くは農家。収穫期は人手が足りなくなるので、子供は家の仕事を手伝っていた。 社会全体が貧しく、それぞれ生活するのが大変な時代。 M氏は「そうか~、頑張れよ」と言うしかなかった。 しかし、子供たちは逞しく、バイタリティにあふれていた。 M氏は子供たちのたくましさに、彼らを「津久井の山猿」と呼んでかわいがった。 現在でもその交流が続いている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年11月05日 08時04分57秒
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