ある日、突然、親父が、『お前のヘソの緒や。』と、言って、親父は私に、私の『ヘソの緒』が入れてあるという小さな箱をくれました。
その箱には、 私の生年月日、生まれた時間、私の両親の名前が書いてありました。 そして、親父は言いました。 『お前の本当の親は、父ちゃんと、母ちゃんやで。』と、 私:『ほんま? ほんまに、ほんま?』と、疑惑の眼差しで見ていたのを覚えています。 何故、そのような事になったのか?と言うと、 私は、周りの大人たちの多くから、『親父が外に女の人を作って、その女の人に産ませた子供が私。』と思われていたからでした。 私も、ず~~~~~~っと長い間、そのように思っておりました。 親父から『ヘソの緒』を貰った後も・・・・・。 実家の母のボケナス兄貴への接し方と、私への接し方では、その接し方が、180度、違うのですもの。 それに、私は実家の母には全く似ていません。 私は、父方の祖父に骨格まで、よく似ています。 祖父も、『間違いなく、○は、お祖父さんの孫や!』と、言ってくれていました。 事の発端は、お風呂屋さんでした。 実家の母はお風呂に入っている間中、私を狂ったように叩きまくり、頭を洗うときには爪を立てて、爪の先に力を入れ、私の頭皮をバリバリ引っかいておりました。 お風呂屋さんへ行ったときの、それが母と私の様子でした。 で、ある日、私が湯あたりをして気を失ったのでした。 この時も、母は狂ったように、しかもパワーアップして叩きまくっていたそうです。 (後から周りの大人が話しているのを聞いた話です。) 1人の女の人が、『子供が死んだー!』と、お風呂屋さんの小母さんを呼びに行きました。 私は体の感覚は無かったのですが耳だけは聞こえていました。 私:『え?どこの子供が死んだん? ええな~、私も死にたいのに~。』と思っていました。 突然、大勢の女の人の悲鳴! 何が起きたのかというと、複数のお巡りさん(全て男性)が、女湯にいらっしゃったのでございます。 『子供が死んだという通報があったので来ました。』と大きな声で言っておられました。 けれど、女湯はパニック状態だった様子。 悲鳴が、なかなか収まらず、男湯からも怒声が上がり・・・・ 事態収拾のため、お風呂屋さんの小母さんが、お巡りさん達には脱衣場で待機してもらって、 お風呂屋さんの小母さんが私を抱っこして脱衣場に運んでくれたのだとか。 とりあえず、私は生きておりましたので、お巡りさん達もホッと、されていたとか。 しかし、私の全身に母の手形が輪郭も鮮やかにクッキリと付いていた事に驚いていた様子。 それから、現場検証やら、事情聴取やらで、お巡りさんが母に質問をしたときに、 母は、『自分の子供を殺そうが、どうしようが、親の勝手やろ! 何で端からゴチャゴチャ言われんとあかんねん!』と、逆切れしておりました。 で、お風呂屋さんに来ていた、お客さん達から、母の言動に対しての非難の集中砲火を浴びておりました。 それでも、 母は、何故、自分が非難されなければいけないのかが全く分かっていませんでした。 当時の、この出来事は、 お風呂屋さんも、お風呂屋さんに来ていたお客さん達も、えらい迷惑をしたとのこと。 その後すぐに、お風呂屋の小母さんから親父に連絡があって、 母には私を絶対に風呂屋へ連れてこさせないでくれ。 また同じような事が起きたら商売が成り立たなくなるので、母が私を連れて行った場合は入浴を拒否します。と強く要求されたのだとか。 実際に、母が私を連れてお風呂屋さんへ行ったときに、お風呂屋さんの小母さんに入浴を拒否されました。 母は、お風呂屋さんの小母さんに噛み付いておりました。 母は女性客からも非難の嵐を浴びておりました。 が・・・・・、 私と一緒でなければ良いのだろう!と、いう具合に、私、一人を玄関に残して、母は1人で、さっさとお風呂に入りに行きました。 待っている間、私は、 誰か私を何所でもいいから連れて行ってくれないかな・・・・と真剣に考えていました。 私に話しかけてくれる大人達に一生懸命、愛想を振りまいていたのを覚えています。 その中の1人の小母さんが、お風呂屋さんの小母さんに、『小さい女の子を一人にしてたら危ないよ。』と言ってくれて、 お風呂屋さんの小母さんが私と遊んでくれていました。 その時に、お風呂屋さんの小母さんが、 『あんたも、お父ちゃんのせいで苦労するな~ぁ。』 私:『?(・_・)??』という顔をしていたら。 お風呂屋さんの小母さん: 『お父ちゃんが外に女の人を作って、あんたを産ませたから、あんたも、えらい苦労するな~ぁ。お母ちゃんかて、なんぼ憎い女の人の子供やから言うて、あないに継子イジメをせんかてええのになぁ。』 私:『小母ちゃん、継子て何?』と聞くと、 お風呂屋さんの小母さん: 『継子いうのは義理の子供で、あんたから見たら、お母ちゃんは継母になるんや。義理にお母さんいう事でなぁ。』と言っていました。 それを聞いた途端、私は母の行動の全てに合点がいきました。 『母ちゃんは「白雪姫」や「シンデレラ」に出てくる【継母】やったんか!そやから、あないに私ばかりを1日中、叩きまくってたんか!母ちゃんは、意地悪な【継母】やったんやな。 母ちゃんは、本当は他所の小母ちゃんやったんや。』と、すこぶる納得のできる答えと出会いました。 その後も母による虐待は延々と続きましたが、 母にシバキまくられる度に、まだ見ぬ【瞼の母】を思い浮かべておりました。 親から執拗なまでの虐待を受けて育った場合、多重人格になってしまう確立が非常に高いのだとか聞いたことがありました。 虐待されているのは自分ではなく、○○子ちゃんで、○○子ちゃんが悪いことをしたから執拗なまでに叩かれているのだ。と、いう具合に自分の心を守るためとはいえ、自分の心の中に、もう一人、別の人格を作ってしまうのだとか。 なので、私の場合は、【虐待】とは言えない範囲なのかな・・・・と、思っておりました。 しかし、私の場合は自分の心の中に、もう一人の人格を作る代わりに、 私を産んでくれた本当の母、まだ見ぬ【瞼の母】という存在を自分の心の中に作っていたのでした。 そうなるように働きかけてくれたのが、私の周りの大人たちでした。 私は母には恵まれなかったけれど、周りの大人たちには恵まれました。 私の、まだ見ぬ【瞼の母】は、とても上品なイメージなのですが、 これにも、ちゃんと理由がありました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[母と兄の、一切、努力しない人生と、その末路。] カテゴリの最新記事
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