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カテゴリ:モンゴルの生活(イベント、季節)
棺の埋葬をやっている間に、お参りというかお祈りする場所へ移動しました。
まずはマニ車です。 これはチベットで見たのと同じで、モンゴルやチベットのお寺には必ずあります。これを回転させると、マニ教のお経を読んだのと同じ効果があるのです。 お祈りをする場所は、10畳ほどのガラス張りの小屋のような建物です。 日本ではこういう形式は見ませんが、以前モンゴルの田舎にあるお寺で似たようなのは見ました。 中は、小さな火でいっぱいです。 チベットの場合は、この油が全部バターの脂ですが、モンゴルはそういう独特の匂いはしませんでした。 昼間でも、たくさんの炎はちょっと幻想的な感じもします。 この炎は、参列者が一つ一つ燈すのです。 線香は、日本のよりもずっと長いです。 Dさんのお嬢さんも線香に火を付けました。 これらのお祈りを終えて、再び墓に戻ってきました。 専門の人たちが、丁寧に埋めて形を整えていました。 ここに見えるトラックは、福島県で使われていた中古車です。業者の名前と電話番号がそのまま残っていました。 いよいよ墓石にかけられていたカバーが外されます。 一般的な墓石は、キリル文字(現代のモンゴル文字)で名前を書かれ、誕生年と死亡年が書かれており、一番下にチベット文字で名前が書かれます。 これがお父様の墓です。 この墓には、旧いモンゴル文字で名前と誕生年、死亡年だけが書かれています。 実は、こういうのは大変珍しいようで、この広い墓地でもほとんど見ませんでした。お父様が旧いモンゴル文字での書道が好きだったということで、このスタイルにしたそうです。 全てを終えると、最後にお母さんが牛乳を蒔きました。 いろんな場面で牛乳が使われます。やはり遊牧民にとっては、牛乳は特別な意味を持つのでしょう。 これで一連の式は終えました。そして一行は、10時半過ぎにウランバートルに向かいました。 このまま市内まで一直線かと思われましたが、発車数分後に車は皆右折し、国道をはずれました。 何をするのかと聞けば「ここで、故人の使っていた服などを燃やす」のだそうです。また、参列者全員が一種のお清めをしました。 まずは、参列者一人一人がペーパータオルを受け取ります。次に濡れタオルのような紙のお絞りのようなのを受け取ります。これで手を拭くのです。 更に、やかんに入った水を手にかけてもらい、続いて牛乳も手にかけてもらいます。そして、ペーパータオルでしっかりと手を拭きます。 そして最後に生チーズのような、爪楊枝に刺してあるサイコロ状の乳製品を食べます。 実はこれはチーズではなく、今朝早くに、牛の出した一番搾り牛乳を寒天のようなもので凝縮させて作ったものだそうです。 これで全て終了です。 この後一行は、市内のホテルに行き、食事会をしました。ホテルには100人もいました。 ですから、葬儀参列者とは別に、この食事会にだけに来た人が50人近くいたということです。食事会の開始予定時刻が昼の12時で、我々が到着したのが11時50分。 モンゴルに来て、たくさんの人が参加する行事で、「初めて」時間通りに始まりました。 葬儀後食事会をするところまで、日本と同じだなあと思いました。日本と同じのは、初7日、49日などもあることです。 仏教の教えのどの部分が、こういう行事に関係するのかはわかりませんが、1000年以上も前に別々に伝わった宗教が、細かい違いはあれど、大筋で同じ形式を持つことには驚かざるを得ません。 お父様に安らかに眠ってほしいと思います。 合掌 「完」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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