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子どもが一人で、物や、おもちゃや、テレビや、ゲームなどで遊ぶ時には、子どもが主人公であり、支配者でもあります。
ですから、そのような遊びしか知らない子は他の子と一緒の時も、自分勝手に行動します。 順番も守らないし、気に入れば他の子の物でも平気で使うし、場所や物も一人で独占しようとします。 ボールをいっぱい置いておいても、いっぱい集めて他の子に使わせようとしない子もいます。 お母さんはそんな状態の我が子を叱りますが、でも、子どもにしてみたら何で叱られているのかが分かりません。 そのような遊び方しか知らないのですから。 日本語しか知らない人に「日本語を話すな」と言っても、どうしようも出来ないですよね。それと同じです。 そのような子はお母さんとも遊べません。親子遊びのワークの時にも、お母さんの所には近寄らず、一人で遊んでいます。 いつもそうやって遊んでいるのでしょう。 そのため、「親子遊び」の指導すら出来ません。 対話も困難です。 話すのは得意でも、聞くことが出来ないのです。 「親子遊び」でも、「仲間遊び」でも、共に楽しく遊ぶためには、相互のコミュニケーションが必要です。 「一緒に遊ぶ」というのは一種の共同作業でもあるからです。 そして、そのコミュニケーション能力を育てるのが「お話し遊び」なのです。そして、親子の信頼関係も、子どもの自己肯定感もこの「お話し遊び」で育ちます。 だからこそ、「お話し遊び」が「親子遊びの王さま」なのです。 では、実際にはこれはどんな遊びなのかというと、簡単に言うと「対話を楽しむ遊び」です。 一緒に遊んだ後に、 母:「楽しかったね」 子:「うん、楽しかった」 母:「次はどうやって遊ぼうか?」 子:「○○をしたい」 母:「○○はどうやって遊ぶの?」 子:「○と○を使って遊ぶの」 母:「○はどうやって集めようか?」 などと、対話するのも「お話し遊び」です。 子どもの言葉をきっかけにお話しや、物語や、心の世界を広げていくのです。 実際に、次回はそのように遊ぶ必要はありません。子どもは「ワクワクすること」を考えるだけで楽しいし、それがもうすでに「遊び」なんですから。 「お話し遊び」を通して、それを引き出してあげるのです。 以下に、四冊の絵本を紹介しておきます。これらの絵本にはその「お話し遊び」のヒントがあります。 「もしもねずみにクッキーをあげると」 ローラ・ジョフィ ニューメロフ (著), フェリシア ボンド (イラスト), この絵本では、「もしもねずみにクッキーをあげたら次はどうなるか」ということが、空想の中でどんどん展開していきます。子どもは「もしも」を考えるのが大好きです。 「もしも、お誕生日に大きなケーキをもらったらどうする?」と聞かれたら、子どもは生き生きと「どうやって食べるか」をお話ししてくれるかも知れません。 「もしも、山で大きなカブトムシを見つけたらどうする?」 「もしも、魔法が使えたら何をしたい?」 子どもにとっては「空想」すること自体が遊びなんです。「お話し」を通して、それを親子で共有するのです。 「ねえ、どれがいい?」 ジョン・バーニンガム著 この絵本には色々と究極の選択が書かれています。 「もしもだよ きみんちのまわりが かわるとしたら おおみずと 大雪と ジャングルと ねえ、どれがいい? というような感じです。 この絵本も「もしも」ですが、「ねずみ」の方は子どもの発想で自由に物語が展開しましたが、この絵本では大人の側から困難な選択肢が与えられています。 そして、その中から子どもが一つを選ぶという遊びです。子どもは「選ぶ」のが好きです。 「何が欲しいの?」と聞かれるよりも、「この三つの中のどれが欲しい?」と聞かれた方が楽しいのです。 上の二冊は大人が子どもに問いかけていますが、以下の二冊は、子どもからの問いかけに大人が答える形になっています。 「かぜは どこへいくの」 シャーロット・ゾロトウ (著), ハワード・ノッツ (イラスト) 「ぽとんぽとんは なんのおと」 神沢 利子 (著), 平山 英三 (イラスト) 是非、お読みになって「お話し遊び」の参考にしてみて下さい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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