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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2016.04.24
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カテゴリ:カテゴリ未分類
私はあれこれ色々なことをやっていますが、自宅では子どもたちの造形教室をやっています。

うちの教室では、子どもたちが、自分の興味に合わせて色々作ったり、描いたりする手伝いをしています。

当然、トンカチ、ノコギリ、ナイフ、糸鋸、ハサミ、針など様々な「道具」を使っています。

でも、作品を作る以前に、その「道具」を使うことが出来ない子どもたちがいっぱいいるのです。

ノコギリ、ナイフなどは、うちに来るまでは、見たことも触れたこともない子がほとんどですから、使えなくて当然なんですが、ハサミのようなどの家庭にもある「道具」ですら、使えない子が結構います。

一応、二つの丸いところに親指と人差し指を入れてカチャカチャするというのは分かっているのですが、それだけで簡単に切れると思い込んでいる子がいっぱいいます。

でも、それだけで切れるのは買ってきたばかりのハサミぐらいなものです。

ちょっと古くなったハサミでは、それだけではヒモも、布も、紙さえも切れません。

だからといって、いつも新しいハサミばかりを用意しておくことなど出来ません。


ほとんどの場合は、指先の力をちょっとコントロールすれば普通に切れるのですが、それが出来ないので「切れない 切れない」と騒ぐのです。

でも、この微妙なコントロールは言葉で教えることが出来ません。

やって見せても分かりません。もちろん、動画で見せても分かりません。

自分自身の体験を通して学ぶしかないのです。

それなのに、「自分がうまく切れないのはハサミが悪いからだ」と道具の方を否定してしまう子が結構いるのです。

そんな時は、「よく見てて」とやって見せて教えようとするのですが、そんな子に限ってよく見ようともせず、「ぼくはハサミが苦手だから先生やって」と、私に作業を押しつけて自分は別のことをやって遊んでいたりします。

だから、いつまで経っても「ハサミの使い方」を学ぶことが出来ません。

竹馬にうまく乗れない子が、「この竹馬、不良品だ」と言ったこともあります。


道具を使うときには、道具に自分の感覚やからだを合わせなければなりません。

昔の子どもたちはそうやって毎日遊んでいたのですが、同時に、そのような活動を通して、「自分のからだ」の使い方を学んでもいたのです。

結果として、それはまた「自分の意識の使い方」を学ぶことにもつながっていました。

そしてこれは、実際の体験を通してしか学ぶことが出来ません。

「意識の使い方」は「からだの使い方」とセットにしてしか学びようがないからです。


でも、最近の子どもたちには、この「実際に体験しなければ学ぶことが出来ないことの学び」が絶対的に不足しています。

現代社会では、「大人の生活」だけでなく、「子どもの遊び」ですら「安全で簡単便利」になってしまっているからです。

昔のコマは、自分でヒモを巻いて、自分で回さなければなりませんでしたが、最近のコマは、機械にセットしてボタンを押すだけで回ってくれます。

何かを作るのも、ハサミやナイフで紙を切ったり、木を削ったりして作るのではなく、すでにできあがっているパーツを組み立てるだけです。

その方が簡単だし、お母さんも安心していられるからでしょう。

そこに必要なのは「組み立てる知識」だけで、「からだで学ぶ技術」ではありません。

しかも、組み立て作業をしているだけですから、(よっぽどムチャクチャなことをしない限り)誰がやっても素敵な作品ができあがります。

でも、そのような遊びに慣れてしまっている子は、からだを使って学ぶような「面倒くさい活動」を嫌がります。

「上手に出来ないこと」には手を出しません。失敗を恐れます。

失敗したときには道具や指導者のせいにします。

そのくせ「お店で売っているような素敵なもの」を作りたがります。

作り方さえ教えてもらえば簡単に作れると思い込んでいるのです。

でも、体験がない子は「作り方」を説明しても全く理解できません。言葉の理解には「体験」が必要だからです。


トンカチやノコギリを「面白そう」と言って色々とチャレンジして、すぐにその使い方を身につけてしまうのは、日常的に「造形遊び」や「からだを使った遊び」をいっぱいやっているような子ばかりです。

ゲーム以外の遊びをあまりしない子は、口では立派なことを言いますが、実際にやろうとはしません。

他の子がやっているのを見て「そんなの簡単だよ」と言うので、「じゃあやって見せて」と言っても、「簡単だけどやらない」などと言って逃げたりします。

実際にやってみても、思い通りにならない現実にぶつかると、簡単に諦めます。

でも、この「子どもの状態」は「大人の状態」の模倣に過ぎません。

現代人は「簡単便利で効率的」が大好きです。

そして、「便利な機械に囲まれた生活」を肯定し、喜んでいますが、その「便利さ」と引き替えに、「自分の心とからだとの関わり方」や「意識の使い方」を学ぶ機会を失ってしまったことには気づいていません。

さらには、「簡単便利な社会」は「他者とのつながり」を必要としない社会でもあります。

それが現代人の「自己肯定感」の低さや、「自分で自分を責める苦しみ」の原因になっているのです。





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Last updated  2016.04.24 07:40:11
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