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相変わらず、な生活が続いています。
でも、この数ヶ月、色々な出来事がめまぐるしく起こっては過ぎて行き、私は脱皮をしました。 春に仕事の契約を切り、自分を見つめ直す時間をもらい、これ迄の事をきれいにしました。 縛られていたものを理解し、受け入れ、手放した事で、本来の事が少しクリーンになった感じかな。 それが完成した訳ではなく、これからそのクリーンになった状態で、目の前の難問ときちんと向き合う決意が出来た、 という感じでしょうか。 勿論今迄も向き合って来たのですが、私たちの環境はその向き合い方では追いつかない程大きくなり、 いつしかキャパオーバーに。 それでは支える方も支えられる方も体調を崩してしまう。 心と身体は一体ですね。 そして、この向き合う時間で分かった事は、 大変だけれど、自分だけではない という事。 それぞれの生き方があり、私は私たちの『病気』という『部分』にとらわれ過ぎていたと。 これが全ての原因で、『楽しむ』という欲求を封じ込めて来たのです。 病気だから○○してはいけない。 悪くなるといけないからやめておこう。 健康ではないから人と違う。 もちろん闘病中の人はこれらの事は現実で、毎日この気持ちと闘い、折り合いをつけて生活しています。 でも、だからといって楽しんでいけない訳ではない。 友達とも会っていいし、自分たちの時間を大切にしていい。 話せる相手が少なくなる環境で、孤独の恐怖に支配されていたけれど、 本来はそんな生き方ではなかった。 そのギャップが余計に自分たちを自分たちで苦しめていたようです。 そう分かって、私は仕事に戻りました。 この仕事、大切にさせてもらえている環境に感謝でした。 それと同時に、ずっと看病で先延ばしになっていたリフレクソロジーの勉強も再開し、休日や夜、 必死に時間を作ってやっと終了課程にこぎつけました。 先日、楽しもう!今日を!!を実行すべく、パパも連れて出かけたのですが、やはりその夜から発熱しダウン。 発熱は肺炎を引き起こす大きな引き金となるため、急遽リフレを。 足の裏にはエネルギーが溢れています。 この日は負のエネルギーが沢山で、アロマとリフレでケアし、深く寝付く迄付き添いました。 気持ちを寄り添わせる事で独りで病気と闘うのではない、と思えると安心するものです。 子どもの頃、熱を出すと、母がヴィックスヴェポラップを胸と背中に塗ってくれ、脚をさすってくれた事を思い出します。 こうして私たちの生活に徐々にリフレクソロジーとアロマが浸透して来て、終了課程にこぎつけた事に ようやく自信が持てるようになってきました。 私には本業がありますが、リフレクソロジーを生活に取り入れ、これからももっと勉強し、 休日は我が家でケアサロンをしていけたらと思っています。 そうすればパパにもコミュニティを提供出来るし、私にも繋がりが増えて行く。 そう願って。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年09月15日 18時27分24秒
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