377. 『見切り千両、損切り万両』
※この文章は、2003~2006年に大学生・若手社会人向けに配信されたメルマガ『内定への一言』のバックナンバーです。377. 『見切り千両、損切り万両』今日は、夜から(実家?の)赤坂ベローチェで、西南3年のTさん、筑女3年のAさんとエントリーシートについてお話しました。今年は、ES添削は大月さんに任せっきりで、「卒業生に全てのサークル業務を委譲する」という僕の長期計画は、やっと始まりを迎えたばかりですが、やはり前職が「経済誌記者」のためか、文章の添削や考案は、やっていてとっても楽しいものです。いつものように、いつしか「閉店」の時間を迎え、ベローチェの出口に差し掛かった頃、Aさんから…「T社のIR情報を見ていたら、減損会計の適用で損失が大きくなったって書いてあったんですが、減損会計って何ですか?」という質問がありました。「減損会計」。これは、来月から始まる『FUNマネー塾』の第8回「時価会計発想で勝つ」の回で詳しくご紹介する、ある一つの会計基準です。今日は、マネー塾ほど詳しくはご説明できませんが、「減損会計」について、簡単にその仕組みと発想を学んでみましょう。企業財務を見るための基本中の基本、「財務諸表」には、貸借対照表(Balance Sheet)損益計算書(Profit and Loss Statement)キャッシュフロー計算書(Cashflow Statement)の3つがあるのは、皆さんご存知でしょう。この3つが読めずに就活や法人営業を行うなんて、学生さんのはやり言葉で言えば「ありえない」ことです。中でも、融資判断や投資判断の際に最重要視されるのは「貸借対照表」で、この資料は… 左に「資産(借方)」、右に「負債(貸方)」上が「流動」、下が「固定」負債欄の上は「負債」、下は「資本」という、単純明快な構成をしており、世の中のありとあらゆる業界、業種は全てこの貸借対照表の中に存在しています。つまり、 ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄【資産】 |【負債】 ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |流動負債流動資産| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|固定負債 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄固定資産|資本 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄という図になります。このうち、「減損会計」というのはどの部分に適用するのかというと、主に「固定資産」です。固定資産には「有形」と「無形」があり、この資産は棚卸資産と違って「売却目的」ではなく、「保有による設置・稼動で間接的に経営に貢献させる目的」で購入し、「経年劣化(時間がたつほど陳腐化して価値が下がる)」を起こすんでしたよね。会計勉強会に参加された皆さん、覚えていますか?そして、銀行などの金融機関がその会社にお金を貸すかどうかを判定する時は、現預金の保有状態や資金繰り(流動資産と流動負債の関係を表す「流動比率」)などを見るのはもちろんですが、「担保」として取るのは、「固定資産」でしたよね。固定資産(有形)とは、その名の通り、土地、建物、車両、運搬具、機械、器具などの「物的形状を有する財産」であり、もし貸したお金が返せないような状態に陥れば、銀行は融資額相応の固定資産を売却して、回収に充てるわけです。さて、ここからが「会計制度」の出番です。企業の資産ばかりでなく、企業そのものの価値を評価する計算方法には、大きく分けて取得原価主義会計、時価会計の2つがあります。「取得原価主義会計」とは、読んで字のごとく、「取得(購入)した時の原価を元に資産価値を算出する方法」を採用した会計手法であり、「時価会計」とは、「企業の現在価値」を算出する会計手法です。「減損会計」とは、固定資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めないような状態を迎えた時、その下落分(減損分)を含めて帳簿価額を減らす処理方法のことです。厳密に言えば「時価」を出すための過程的手段の一つですが、2006年からはこの「減損処理」が義務付けられましたから、今や、企業経営者で「減損会計」を知らなければ、命取りになりかねません。ということで、もう少し簡単に、例え話で考えてみましょう。例えば、ここにあるおじさんがいて、バブル華やかなりし頃に…5,000万円の家2,000万円の土地3,000万円の株式を購入したとしましょう。これらはいずれも、「買ったとき」の値段です。家と土地は「有形」、株式は「無形」の差はありますが、どれも「固定資産」であり、担保価値を持つ財産です。ですから、「取得原価」を基準にすれば、このおじさんは「1億円の資産家」と言うこともできます。しかし、時代は変わってバブルは崩壊し、地価や株価は激減しました。おじさんの持っていた「固定資産」の評価額も、地価や株価の変動の影響で、当然下落しました。その額は…5,000万円の家 ⇒ 「2,500万円」2,000万円の土地 ⇒ 「1,000万円」3,000万円の株式 ⇒ 「1,500万円」と、実に「半額」にまで下がりました(本当はもっと下がったんですが、計算しやすいように半額にしています)。昔は「1億の資産家」だったのが、時価で言えば今は「5,000万の資産家」に。つまり、「5,000万円」分の「損」を「減じた」ことになります。さて、問題はここからです。バブル崩壊後、数年間は、わが国の会計基準は「減損処理を行うと連鎖倒産を招く恐れがある」との理由から、ずっと「取得原価会計」を採用してきました。もっとも、優良企業の中には早くから「米国会計基準」や「時価会計処理」を適用していた会社もあり、そのような会社はこの限りではありません。しかし、問題はこの他の大勢の法人や個人です。このおじさんの保有財産は、「取得原価」を基準にすれば、「1億円」です。しかし、「投資家とは、株式を売却できる者のことだ(ドラッカー)」という言葉もある通り、いくら「1億の男」と言われようが、現金を持っていなければ「ハリコの虎」に過ぎません。このおじさんは、「1億円で購入した」と言い張ることはできますが、実際に保有資産を売却すれば、「5,000万円」の損失が生じることになります。だって、これらの現有固定資産の「時価」は「5,000万円」なんですから。一方、「減損会計」を基準にすれば、このおじさんの保有資産の評価額は「5,000万円」となります。「5,000万円」減ったからです。でも、おじさんは「オレは1億で買ったんだ!1億で買ったんだから1億だ。何が悪い?」と言い張って聞きません。このようなことを言う個人や法人の保有資産は、一体、どちらの基準を持って評価すればいいのでしょうか?銀行は、どちらの基準に従って担保価値を見積もり、融資を行えばいいのでしょうか?長年の討議と何度もの延期を経て、遂に「減損会計」が導入されることになりました。 やはり、企業価値をより正確に反映させるには、こちらの方がより適切な会計手法だという声が多数を占めたからです。景気や株価が上昇基調にある時は、「取得原価主義会計」と「時価会計」は相互に理想的な関係を保てます。だって「損」が生まれにくいからです。取得価額以上に値上がりした分は「含み益」となり、これが企業財務を安定させる効果ももたらし、これはこれで、「財テク経営」ですが、企業価値を高めるのに一定の貢献もなします。ですが、問題は地価や株価が「下落」に転じた時や、さらには「借金」によってそれらの固定資産を購入した時です。借金の額は「取得原価」、つまり「借り入れた時の価格」で残るのに、肝心の資産価値は下落するわけですから、これを通常「バランスシート不況」と呼びます。バランスシート上に残った「巨額の負債」は、バブルの後始末の時期に、多くの企業を倒産に追い込んだ「負の遺産」でした。ということで、Aさん。T社が「減損処理で損失が増えた」と言っていたのは、どういうことかお分かりですよね。T社は、将来、価値が上がると思っていくつかの固定資産を購入していたわけですが、それが予想に反して上昇せず、停滞か下落という結果になったわけです。「ずっと保有しておけば上がるかもしれないが、それはいつか分からない」という状態のまま、その固定資産をずっと保有しておけば、その資産は「不良資産」となり、持っておかないほうがより理想的な資産になってしまうでしょう。そんな場合は、いくらかの損失を計上してでも、思い切って売却してしまった方が、資産の流動化を図ることができ、手元資金を充実させられるうえ、経営の足枷となっていた「お荷物」をなくすことができます。注意しておきたいのは、「減損処理をやった会社」が悪いのではなく、「減損処理をすべきでありながら、そうしないままで時間の経過に頼り、不良資産を抱えたまま非効率な経営をやっている会社」が悪い、ということです。経営に「損切り」は付き物です。見込んだ利益が立たないのに、精神論やプライドにこだわって「いいや、まだまだ!」などと意地を張るのは、経営上、何のメリットもない策です。それよりは、自社の実力と将来を考えて、潔く「撤退」を行うのも、社会の公器である「企業」を預かる経営者としては立派な決断です。「減損会計」と「取得原価主義会計」、違いを知ってみると、面白いですね。昔の人は、この本質を「見切り千両、損切り万両」という言葉で表現しているのは、皆さんもご存知でしょう。欲に負けて損を直視せずに深追いするのではなく、退くべきところはさっと退く。また、損失処理の痛手よりも損失拡大を恐れ、勇気を持って損失に立ち向かう。万事に当てはまる大切な哲学です。