7/27の日記
昨日、私が大濠公園のミスドで隈本さんと事業計画について話していた夕方、このブログではとても感動的なコメントが書き込まれていた。web上でグループワークが続いているようで、私が入る余地はなく、ただ、嬉しい気持ちで読ませていただいた。このブログがこういう場として使われるのは、有り難いことだ。Oさんのお母様、近現代史勉強会の準備など、世のお母さんたちがしておられる家事に比べたら準備とは呼べないくらい簡単なものです。また、講義資料の作成など、育児に比べたら、とても作業とは呼べません。また、かつての創業と比べれば、毎月卒論数ヶ月分の資料を作ることなど、朝飯前のように簡単です。私は本気の方と学び、働けるなら、まったく疲れも面倒も感じませんし、むしろ嬉しく思います。ですから、私及び参加学生は、お母様が参加されることを、まったく迷惑などとは思っておりません。それどころか、一緒に学べることを、そして、私たちが細々と作ってきた学びの場を選んでいただけることを、大変嬉しく、また、誇らしく感じています。特に、近現代史勉強会は、親孝行と先人への感謝を基調とした勉強会ですから、母親の立場からご意見ご感想を下されば、きっと、学生たちも親への感謝や、親になることへの憧れが強まって、とても感動的な学びの場になるのではないかと楽しみにしております。昨日も、大濠公園でT子さんと「育児のことなんかも勉強できたらいいね」と話していると、「私が例になるってことですか?」と笑っていました(笑)。そのうち妹さんも参加されるようなことになれば、Oさん一家でグループができるのではないか、などとも話しておりました(笑)。私個人としましては、真剣な学びを学生だけに限定する必要は感じていませんし、卒業生であれ、本気で参加する人には、一人でも真剣に向き合ってきました。いくら大学に在籍していて、学生証を持っていようが、学生としての本分を尽くしていない若者は、私は学生とは認めていません。学生の中には、私を「学生の味方」だと勘違いしている者も少しおりますが、私は学生を応援するつもりなど毛頭なく、ただ、仕事のかたわら、やる気のある方々と学べるのが嬉しくて、こういうことを地道に続けているだけです。ですから、どうか遠慮なさらず、特例だとも思わず、毎週楽しみにお越しいただければ幸いです。近現代史勉強会につきましては、資料が膨大で、文献も難解なため、準備については近日中に、T子さんからお伝えいただこうと考えております。しばらくお待ちいただければと思います。ちなみに、今年度の資料は、文献66本を47冊から収録し、全44回にわたって行なっており、先週で第16回が終了したところです。資料は約270枚で、一年間の受講料は、5,300円です。内訳は、資料コピー代…2,500円版下作成代…800円レジュメ印刷代…1,000円(1回20円)受講料…1,000円(1回20円)です。あと、毎回公共施設を使用しているため、場所代100円を参加者で出し合っています。これに加え、途中参加者は、「大東亜戦争とスターリンの謀略」「閉された言語空間」「パール判事の日本無罪論」上記3冊の基礎文献を補習で説明した後、合流していただくことにしています。ですが、見学はいつからでも差し支えありません。ちょうどこの時期に新規参加を希望している学生も数名おりますので、詳しくは、またご連絡いたします。+++++++++++++さて、昨日はミスドで隈本さんと「賃労働と資本」を読み、企業人事や若年者の職業観における根本的な問題と「共産主義思想」の関係について語り合った。近現代史勉強会「番外編」の社会主義文献勉強会は、今週から7週間、平日の午後に行なうことになった。学生以上に熱心な隈本さんは、なんとか週末にできないかと言っていたのだが、学生の都合を優先して、平日の昼になってしまった。それなら土日に個別に学ぼう、という隈本さんの意欲に応えて、昨日は二人で話してきたのであった。だが、一時間ほどたった後、思い掛けない出来事が起こった。隈本さんが文献に目を通している間、私はぼんやりと外を見ていたのだが、目を疑うような光景に出会った。初めは信じられなかったのだが、どうやら、よく見ると、目の不自由なおじいさんが、なんと「車道」を歩いていたのである。ちょうど信号が赤で、車はいなかったのだが、そのおじいさんは杖をつきながら中央分離帯を超え、降りたときに方向感覚がずれたのか、次は、車道を横切らずに、そのまま西新方面に向かって歩き出したのだ。この間数秒、私は自分が見ている光景が信じられなくなり、「あ、あれ、危ない!」と言った。その瞬間、隈本さんが猛然と店から駆け出し、信号が変わって動き出した車を制止して、おじいさんのいる所まで走っていった。おじいさんは中央の車線を歩いていたので、もし大型車が来れば後方からは見えなくなり、第二車線の車にはねられたかもしれないが、隈本さんが駆けつけ、無事に歩道にたどりついた。情けないことに、私は荷物をまとめて、店の出口で見ていただけだった。老人ホームや障害者福祉施設で働いてきた経験のある隈本さんの対応は迅速で、私はただ、時間が止まったように眺めていたら、おじいさんが安心したように歩道までやってきた。しかし、経験というよりは、正義感と思いやりだと感じた。その後、隈本さんはおじいさんをバス停まで連れていったのだが、聞き上手のためか、ずっと話を聞いていたようで、私はずっと立って待っていた。戻ってきた隈本さんに聞くと、視覚障害を持った方の中でも、歩道と車道を間違えるほど目が悪い方はほとんどおられないそうで、隈本さんにも初めての体験ということだった。おじいさんは「ふくふくプラザ」に行った後、一人でバスを待っていたのだが、一時間待ってもバスが来なかったため、自分でバス停を探そうと歩き回り、ちょっとした弾みで車道に間違えて出てしまった、ということだった。無事で本当に良かった。そして、隈本さんはすごかった。そういうこともあって、二人とも予定より早く店から出たので、久しぶりに亀と鯉に会いに行くことにした。大濠公園の北側の橋付近には、二十匹くらいの亀が気持ち良さそうに泳いでいた。滅多に見ない、こんなに大きな亀もいた。その後、西南4年のOさんとちょっと話すことがあったので、ボートハウスのカフェで、隈本さんと三人で話した。これはそこの、チョコレートパフェだ。もちろん、私が食べたのではない。Oさんのサークルや空手、仕事への真剣な思いを聞いて、とても頼もしい気持ちになりながら、そのまま帰った。そしてパソコンを立ち上げると…。Oさんのお母様と、西南のI君のコメントが書き込まれていた。なんだか、久しぶりに日曜らしい日曜を過ごした一日だった。