青い花
ぼくの心をこうも落ち着かなくさせているのは、あの話にあった宝物のせいではない。宝物への執着心なんておよそぼくには無縁のことだ。だがあの青い花だけは、なんとしても見たい。ずっとあの花だけが気にかかって、他のことは何ひとつ考えられない。こんな気持ちになることは今まで一度もなかったのに。まるで今夢から覚めたところとでもいうか、眠っているうちに別の世界へ連れていかれたかのようにだ。ふつうの暮らしをしていて、花なんかに気をとられる人はいないだろう。それも、たった一輪の花に奇妙な情熱を傾けるなんて、聞いたためしがない。あの旅人はいったいこどから来たのだろう。ここいらで、ああいう人に出会ったものはひとりもいやしない。ああ、それにしてもどうしてこのぼくだけが、あの人の話にこうまでも心を動かされたのだろう。他の連中も同じ話を聞きながら、みんな平然としていたではないか。そういうぼくにしてからが、この奇妙な心境をどうにも言葉に言い表せないとは。ときどき、ぼうっとなるほどいい気持ちだ。ところが、いったんあの花がはっきり目に浮かばなくなってくると、もういてもたってもいられない。こんな気持ちはだれにも分かってもらえそうもない。もしあれほど鮮明に浮かんで見えなかったら、さては気が狂った自分でも思うに違いない。あの時からというもの、すべてがずっと身近に感じられだした。以前に太古の話を聞いたことがあるが、なんでも動物も樹木も岩石も、人間と話せたという。ところが今の今にも、その物言わぬものたちがぼくに語りかけようとしているし、ぼくの方でも以心伝心でそれが読みとれるような気がする。思うに、ぼくが知らないさまざまな言葉がまだ存在するのだ。もしそれを習い覚えたら、いろんなことがはるかに深く理解できるだろうに----------