77.「あんな細っこい体は初めて見たわ」 大叔父・・親分は苦笑しています。 「志信が連れてくる女は、出るところの出たやつだろうと予想していたが。 とんでもないな。まだ子供じゃないか。世間も知らんだろう。 おまえが教えるつもりなのか」 「アヤのことですか?大叔父が気に入らなくても、構いません。 私は手放す気が無い」 志信さんはきっぱり言い切りました。 ヤクザの世界では親分の言い分は絶対なもので、歯向かうことはたとえ血縁でも許されません。 しかし志信さんは譲りません。 睨むでもない。 ただ、当たり前のことを話しているにすぎない風体で、その実。 一歩も譲りません。 「おまえをガキの頃から知っているが、その目を見たのはこれで2度目だなあ」 親分は志信さんがかわいいようです。 「ほれ、昔おまえの捕らえたカブトムシを、誰かが逃がしてしまったときのような・・」 そこになにやらざわつく声がします。 襖の向こうで揉め事の様子ですよ。 「なんだ」 親分が声をかけると「失礼します」克己の声がしました。 「急ぎか?」 入ってきたのは克己・・ではなくアヤでした。 「アヤ?」 志信さんが一目で様子に気づきます。 「大叔父。アヤに何を仕掛けました」 「なんのことだ」 「ボタンが千切れるようなことを仕掛けて、すました顔はありえない。 いくら血縁関係の大叔父とはいえ久々の対面に、この非道は理解しがたい」 志信さんが音を立てずに立ち上がりました。 その仕草に、克己たちが一斉に遠巻きに囲みます。 敵だらけですよ・・。 それなのに志信さんは余裕なのか、アヤをちらりと見て 「アヤ。怪我はなさそうだな?」 「ちゃんと見てくださいよ」 腰に手を当てて憤慨の様子です。 「くだらないことで汗をかきました」 「あとでじっくり見せてもらおう」 志信さんはアヤの髪を撫でると、「大叔父、どんな理由があるんですか」 「悪かったな、志信。杞憂だったようだ」 なんと親分が謝ります。 「おまえが心配だった。 紹介したいものがいると聞いたときにこんな子供をつれてくるとは思わず、どこぞのすれたスケかと思ってな。 こういう社会だ、隙間を狙うあぶれものもいる。 騙されているのではないかと勘ぐって、克己に仕掛けさせていた」 「手段が非道ですよ」 志信さんはスタスタと親分に近寄ると、 「私の大事なものを傷つけて、その程度で済まそうとお思いですか」 その気迫に黒尽くめの男たちが「言葉を慎め!」「何様だい」「親分にたてつくとは許さんぞ!」一斉に罵倒し始めました。 「静まらんかい!」 親分が一喝します。 「志信。すまない」 とうとう頭を下げました・・。 この世界で親分が目下のものに謝ることなどあってはならないのです。 克己も俯いて、見ないようにしています。 そして、「失礼します」他の連中をつれて退室していきました。 「大叔父。アヤに謝ってください」 子分たちがいなくなったのを確認して志信さんが言いました。 「私ではない。アヤに」 親分は今一度、頭を下げました。 <ありえない・> 極道の世界は知りません。 でも、こんな子供の自分に頭を下げれるなんて? 自分の間違いを認められるなんて・・ヤクザも人間なんだ。 アヤは何も返事ができません。 赦す事も、どういっていいのか。 でも声をかけなければ親分の自尊心をも砕きそうです。 「試さなくても、話をさせてくれればよかったのに。 俺は、騙していないし、騙されてもいないから」 アヤは友人にでも話しかけるような感じで・・恐れ多くも親分さんに親しく話しかけています。 志信さんはアヤの顔を見つめます。 <純粋な子だ> アヤはおじさんの顔には慣れているのです。 志信さんに会う以前は、チャットのバイトをしていたアヤ。 パソコンの画面越しに知らないおじさんたちが代わる代わる現れて、 アヤに「脱いで脱いで!」とせがんでいました。 そんなひとたちに慣れていたので、怖くても平気。 それに志信さんが言いましたよね、「普通の人間」って。 「そうだなあ。・・そんな簡単なことが出来ない大人になっていたんだな」 親分が豪快に笑い出しました。 「素直すぎて、眩しい。どんなところで見つけたんだ?志信」 「駅前で拾いました。私は運がいいんですよ、大叔父」 ようやく志信さんが穏やかな声になりました。 「アヤくん。今日はここに泊まりなさい。 おわびに美味しいものをご馳走させてもらおう。何が食べたい? お寿司か?焼肉か?なんでも言いなさい。用意させよう」 「ご飯はいいです。もう眠いので」 親分も志信さんも、ぎょっとします。 「大叔父。すみません。疲れているみたいなので」 志信さんが慌てます。 当たり前です、いくら眠くてもお付き合いしないと・・アヤ・・。 「昼寝させてきます!」 志信さんがアヤを連れて、部屋を出ました。 「自分のペースに巻き込むな」 「だって、今日は早起きさせたじゃないですか」 「・・・あれが早起き・・」 志信さんは二階の突き当たりの部屋にアヤと入りました。 「子供の頃に使っていた部屋だ」 「・・・何も無い」 ベッドと勉強机しかありません。 「狭いベッド」 アヤが文句を言いながらもベッドに入ろうとしたら・・ 「汗をかいたと言っていなかったか」 「はあ?」 背中からぎゅっと・・抱き締められました。 「志信さん、ここではまずくないですか?」 アヤの声は、もうかすれています。 ドキドキしながら、志信さんの指をゆっくりなぞります。 「そんな甘い声で誘われるのも久しぶりだな」 そっとアヤの耳を噛みます。 →→それからどうなるの!!8話に続きます。 |