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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

21。

    21。

吉原の太夫ともなれば見世の主人は勿論、使用人や他の花魁からも一目置かれます。いわば吉原での最高権力者です。
そもそも太夫と言う言葉は京都から始まった呼び名で、歌舞に優れたものの敬称でした。太夫の名を持つには、姿形が美しく、かつ教養も備えていなければなりませんでした。歌舞は勿論、和歌を詠み、囲碁や茶華道に通じていなければ認められませんでした。
吉原の花魁が持つ張りや意気地は、ここから来ているのでしょう。
張りや意気地とは、自分の意思を押し通すことです。


さて、高尾太夫を呼んだお殿様は、ようやくその美しい姿と向かい合うことを許されました。大名は、きらびやかな花魁道中で何分も待たされたのですが、自分の元にゆっくりと進んでくる道中は大名の虚栄心を大いに揺さ振りました。揚屋のものが入れたお茶を取りこぼす粗相をしでかすほどに。
<あれが高尾太夫。>
高揚した気持のままに高尾太夫を迎えて、すっかり魂を抜かれてしまいました。
化粧をしているわけでもないのに華やぐ高尾太夫の存在感に、大名は圧倒されたのです。
瞳は上下の隔てなく接してきたものの持つ温かで輝くような光。
そして唇は何かを秘めたような微笑をたたえています。
花嫁衣裳よりも段違いなほどの豪華な金襴緞子を着た高尾太夫に、一瞬で惚れ込んでしまいました。

この大名、実は仙台藩主でその名を伊達綱宗。
年はまだ若くなかなかの男前で、しかも今回松葉屋を総仕舞するほどの粋のよさ。
金に固執しないところが武士の粋です。
とはいえ別宅が建つほどの金額でした、いくら初会では床を共にしないのが吉原での遊びの流儀でも、今回はそうは行きますまい。
松葉屋の主人は嫌がる高尾太夫に無理強いして、布団一式を道中に組み入れています。
いわば見世公認の初会の床です。さて。

茶道具を取り出して綱宗に茶を点てる高尾太夫を見ながら
「わしは陸前は伊達の血筋のもので江戸には参ったばかりでござる。郷の訛りを許されよ」
綱宗は、まず言葉の訛りを伝えました。
「ようござんすよ。俺の郷も訛りがありました。郷が懐かしゅうございます。むしろお国の言葉をお聞かせくださいな」
がちゃりと音がしました。
高尾太夫の手が止まりました。太刀が動いたからですが・・。
切りつけるつもりは毛頭ありません。
横に置いた太刀をも震わすほどに、綱宗はこころを奪われてしまいました。
「太夫。名を教えてはくれぬか」
「高尾です」
「いや、郷での名を」
「何ゆえ?」
高尾太夫は微笑します。
こんな質問は初めてではありませんでしたから。
またか、と感じながら。やり過ごす気でおります。
「わしに呼ばせてはくれぬか。郷の名を。これからの人生、わしの傍におる気はないか」
すううと息を吸うと、高尾太夫はにっこり微笑みます。
「いけませんね」
「なぜに」
「俺には将来を誓った<いろ>がおりますから。いくら大名様でも、俺の誓いは破れませんよ」
そして茶を点てます。
「どうぞ」
「高尾太夫。<いろ>はなんと申す?」
「尋ねてばかりですな」
さすがに苦笑します。
「何処の武士か?いかなるものか、聞かせてくれぬか。このままでは諦めもつかぬわ」
「武士ではありませんよ。郷で鍬を持つ田舎ものです」
「そのようなものに、この美しい花魁を・・?解せぬ」
「野暮ですねえ。俺はそのひとがすべてです。何があろうと支えて生きたいひとですからね」
高尾太夫の言葉に、胸を突かれた綱宗は。
「床はよい。ここにおれ。そなたの姿を眺めながら、酒を飲みたい」
「連れてきたものたちを呼びましょうか」


「いいや。高尾太夫、そなただけでいい。そなたと一晩酒が飲めれば、何もいらぬわ」
言いながらも綱宗、どうにも気持が収まりません。
それは高尾太夫も気づいております。
しかしなびきはしません。
これこそ武士の粋。意気地だからです。


揚屋の座敷で待機していた夕映や司は、このまま帰ることになりました。
布団担ぎまで帰されるので夕映はほっとしました。
高尾大夫が初会で床につくのは無いとは知りつつ、心配でした。
知らぬお客に抱かれる。
それを別室で聞く羽目にでもなったら、いたたまれない。
胸が苦しかったこの数刻。ようやく解放されました。
しかし高尾太夫は残る様子。落ち着きません。
その様子を見かけて、声をかけようかと歩み寄る霜柱ですが、司に阻まれました。
「霜柱は帰らんのかいな」
「俺は高尾兄さんに付きますから」
霜柱の声に、何か言いたげな夕映。
高尾太夫のことも不安ですが、なぜか・・。
自分とともに行動しない霜柱が気にかかるのでした。

<傍にいると言ったのに。どうして?>

夕映のこころの中に、高尾太夫と・もうひとりの男が住んでおりました。
先の道中で、逞しい背中を見せ付けたひと。
いつもとは違う様相の霜柱に、気持が騒いでおりました。

「霜柱。では高尾兄さんをお願いします」
はっきり伝えるつもりが声が震えてしまいました。
「夕映格子、どないしてん」
司が顔を覗き込みます。
「心配なんか。平気やて、あの兄さんは太夫やんか。な~んも心配いらん。たとえ大名さんでもな、兄さんは変わらんよ。」
あはははと豪快に笑いながら
「あのひとは誰のものにもならんからな」

夕映のこころに何か刺さりました。
「いた・・」
思わず胸を押さえます。顔色がみるみる青くなります。
「あら?」
司は悪気は無かったのですが、ここまで様子が変わると慌てます。
「夕映格子?どない・・」
肩に触れようとしたら、遮られました。
それは風のように俊敏でした。
「司さん。先に皆さんと帰ってください。夕映さんは俺が送ります」
霜柱が崩れそうな夕映の体を支えながら言いました。

22話へ続くのでありんす。




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