テーマ:懐かしい昔の話(545)
カテゴリ:父の麦わら帽子
私が子ども時代をおくったのは、今から60年以上前。
私が暮らした岡山県の山奥の村は、昭和30年の初めは、テレビなどなくて(あったかも知れないが、私はまったく知らなかった。)映画館もない時代だった。 それでも、七夕や盆踊りなど夏休みは楽しいことでいっぱいだった。 楽しいことのひとつに、夏の夜、小学校の校庭での映画会があった。 平屋の校舎が3棟並ぶ小学校の校庭で映画会は開かれた。 校舎の壁を利用して白い布が掛けられ、それがスクリーンになった。 木をカタカナのコの字に組んでそれに筵(むしろ)をかけたけ、壁にした。 座席となる場所には、筵(むしろ)が敷かれていて、客は座布団を持参するのだった。 小さな入り口には、入場料を取るところを作った。 入場料のことを「木戸銭」と言った。 昼には、映画会を知らせる車が拡声器で 「今晩、7時より、小学校で映画があります。 2本立てです。 皆様、お誘いあわせの上、お越しください」と言いながら通った。 それを聞いて父と母は 「青年団が映画をふれて(告知)いる」言ったが、映画を見に行くことはなかった。 木戸銭が無いので行けなかったのだろう。 私は、子ども同士で見に行って、大人に交じってさっと入場した。 木戸銭の係りも見逃してくれることを知っていたのだ。 映画は、2本立ての他にニュースがあった。 先にニュースがあり、次にドラマだ。 ドラマの内容は、「母子もの」、「お笑いもの」、「時代劇もの」が好まれたのかよく見た記憶がある。 特に時代劇は人気があったと思う。 物語が始まると、みんなが拍手を送った。 次に、弱い者が悪人にいじめられると、子どもは、激しくののしった。 そこに、正義の味方が馬で現れると、一気に会場は沸いた。 「ええモン(良い者)じゃぁ、ええモン(良い者)が来た!!!」 子どもは、各自大歓声を上げ、大人も拍手喝采した。 映画の終わりには、大人も子どもも、拍手をした。 あの頃は、すべてのものをみんなで分かち合った。 映画もまた、みんなで時間と空間を分かち合っていた。 昭和も半ばになると、少しずつテレビが入ってきて校庭の野外映画会は無くなった。 夏の野外映画会は、子どもの頃の数年間だけの貴重な思い出だ。 先日、■映画・ニュー・シネマ・パラダイス■を見た。 そこでも夏に野外映画会があった。 ■2019.4月16日(火)ギリシャ・サントリーニ島■で野外映画の案内が! ■■2018.4.24(火)クロアチア・ロヴィニ■ 約600年間ヴェネチアに支配されていた歴史をもつロヴィニ。 この路地にスクリーンを吊り下げて映画を見るのだとガイドさんは言っていた。 ■2016年7月エディンバラ■ 駐車料金を払って車を止めて、入場料を払い中に入ると、野外映画の案内が貼ってあった。 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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