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2019.09.16
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カテゴリ:詩歌・名文
おじいちゃん、おばあちゃんの最後のつとめは、孫や家族に自分が死ぬところを見せることではないか。
池田清彦

死がベールの向こうに置かれる。
街には犬の死骸すらない。
延命処置で、「いまわの際」をしかと看取(みと)るのも難しくなった。
生と死は一続きなのに、死は見えにくくされる。
死を特別扱いせずに、死骸が鳥たちに啄(ついば)まれ、きれいな白骨になって「土に還る」という自然のサイクルを心に留めるべしと、生物学者は言う。
「ほどほどのすすめ」から。
2019.1.31朝日新聞「折々のことば」

「子どものために犬を飼うといい」という一文を読んだことがある。
犬は、子どもが小さいうちには、よき遊び相手となる。
子どもが少し大きくなると、人間より寿命が短い犬は、死ぬことによって、子どもに命は永遠ではないということを教える。
核家族や医療の発達によって、人間の「いまわの際」を見ることが出来ないので犬に求めたのだと「折々のことば」を読みながら思った。
今日、9月第3月曜は、敬老の日。
折々のうた:塩田
折々のうた:蝉と蛍
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Last updated  2019.09.16 00:02:51
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2019.09.14
テーマ:北海道旅行(891)
カテゴリ:国内旅行

■7月1日(月)■15日目
「海から離れた旭川に屯田兵が入植したのは、なぜでしょうか?」という私の質問に
「石狩川があったからです。
石狩川の水運を利用して海に出たのです」と■北鎮記念館(屯田兵の記録を残している)■を案内してくれた若い自衛官が即答した。


当時は、鉄道も道路もない時代、旭川の水運を利用していたのだ。
屯田兵が来る前にアイヌもこの地で水運を利用していた。


上川アイヌの人々は、石狩川とその支流である牛朱別川、忠別川、美瑛川の各支流筋に小規模なコタン(集落)を形成し、その恵まれた環境の中で採集・狩猟・漁労を生業とするとともに、広域にわたる交易を行っていました。
石狩川流域に居住していたことから、ペニ ウン クル(川上に・居る・人)と呼ばれていたいわゆる上川アイヌの人たちは、南北30キロ、東西20キロ、面積440平方キロにわたる北海道最大の上川盆地を中心にした地域を1つのイオル(伝統的な生活の場)としていたといわれております。



旭川の歴史は、石狩川と共にある。

その旭川を代表する橋が「旭橋」。

この橋は、優美なアーチ曲線を描く全長225m・橋幅18mの鉄橋で、
その美しくも力強い姿から旭川のシンボルとして市民から広く親しまれており、

現在は同市の南北を結ぶ重要な交通路(国道40号)の一部にもなっている。
初代旭橋が架橋されたのは明治37年で、北海道では2番目の鋼の道路橋でしたが、老朽化に伴い、昭和7年に、鋼鉄製のアーチ曲線を描く現在の旭橋が架橋された。

戦前・戦中は、旭橋の正面には、当時旭川に設置されていた陸軍第七師団の、佐藤巳之助師団長(中将)の筆による

「誠」という文字を中心に、忠節・礼儀・武勇・信義・質素の軍人勅諭網領が書かれた旭日章が掲げられており、電車が橋の上を通過する際、車掌は「気をつけ!」と号令をかけたと伝わっています。
また、旭川から戦地へと赴く軍人の多くは第七師団から旭橋を渡って出征して行き、当時は、軍都としての旭川を象徴する橋としても知られていました(そのため師団橋とも呼ばれていたそうです)。

(▲右、石狩川、左、牛朱別川が合流する地点に旭橋が架かっている。)
昭和7年に竣工してから80年以上が経った今も現役の橋として使用されている程の、強靭な構造を持つ橋ですが、それは、当時の旭川が師団司令部の置かれていた軍都であった事に起因します。

戦車などの重量物の通行を可能とし、戦時には橋脚が攻撃されても崩落に耐え得る必要性から、旭橋は、当時としては考えられる限りの最新の技術を惜しみなく投入して建設されたのでした。
「旭川八景」のひとつにも数えられている。


そんな旭橋を見に雨の中、ホテルから一人で歩いて行った。

▲石狩川治水80年記念モニュメント。

旭川は、川の多い街で同市を舞台にした「氷点」でも川が多く描かれている。(◎は、私のメモ)

●この見本林を300メートルほどつきぬけると、石狩川の支流である美瑛川の畔に出る。

◎美瑛川のほとりで、陽子は自殺をしようとする。

●啓造はひさしぶりに近くの石狩川の堤防に立った。
夕焼けをうつした石狩川がうつくしかった。
みどりいろの弧をえがいた旭橋の向こうに遠い山脈がうすむらさきの線をくっきりとみせていた。
土手下の公園の中には早くも灯がついた。

●橋の下のサムライ部落の一軒の窓に、赤い布がぶら下がっていた。


◎この「サムライ部落」というのも、まったく忘れていた。
調べてみること■かつて旭川市街と神楽町を結ぶ忠別橋上流の河川敷に「サムライ部落」■と称される住宅群があった。
住宅と呼ぶのもはばかられるような粗末な建物が多かったが、昭和20年代には最高で53世帯、約200人が暮らしていたという。
歌手の藤圭子さんの一家も一時、ここで雨露をしのいでいたと言われるが、その〝集落〟ではどんな生活が営まれていたのか─。





▲いかにも寒い旭川らしい毛皮の店。旭橋の近くにあった。

▲同じく橋の近くにあったカフェ。看板に橋の絵が!!
 今回の旅行で感じたキーワードは・・・。
「アイヌ」、「開拓」、「屯田兵」、「地名」、「地形」、
「ブラタモリ」、「石炭」、「鰊(ニシン)」、「鉄道」、「寒い」、
「今じゃさびれて」・・・。

靴 ■走行距離:35km
■歩行数:11,789歩

北海道ドライブ旅行■2019年6月17日(月)から7月4日(木)
北海道ドライブ旅行:支笏湖
北海道ドライブ旅行:「炭鉄港の街・室蘭
北海道ドライブ旅行:登別で地獄を見る。
北海道ドライブ旅行:銀のしずく記念館
北海道ドライブ旅行:洞爺湖
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北海道ドライブ旅行:水と緑の大沼公園
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北海道ドライブ旅行:坂の町・函館
北海道ドライブ旅行:函館2日目ベイエリア
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北海道ドライブ旅行:江差追分のソーラン節の町・江差
北海道ドライブ旅行:ニシンで栄えた江差
北海道ドライブ旅行:積丹ブルーの神威岬:
北海道ドライブ旅行:「炭鉄港」のまち小樽の鉄道と運河
北海道ドライブ旅行:札幌植物園と赤い星
北海道ドライブ旅行:札幌市内観光・緑あふれる大通り公園、創成川など。
北海道ドライブ旅行:札幌市・北海道大学
北海道ドライブ旅行:野外博物館:北海道開拓の村
北海道ドライブ旅行:アイヌの聖地と屯田兵の旭川へ。
北海道ドライブ旅行:旭川:知里幸恵資料室他
北海道ドライブ旅行:旭川:「氷点」の舞台を行く。
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Last updated  2019.09.14 00:08:35
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2019.09.13
テーマ:北海道旅行(891)
カテゴリ:国内旅行

■7月1日(月)■15日目
午後から■三浦綾子記念文学館■に行った。
昭和39年(1964)、朝日新聞が募集した懸賞金一千万円に応募、見事当選した、小説「氷点」でデビューした旭川生まれの作家・三浦綾子。

三浦綾子記念文学館は、平成10年(1998)に全国のファンの募金によって建設された、全国でも珍しい文学館です。
多彩な資料を通し、作家活動や人生の歩み、作品について紹介。
テーマ別のコーナーでは、さまざまな特集展示を見ることもできます。

来館の際には、「氷点」の重要な舞台となった外国樹種見本林がそばに広がる。


「氷点」の主人公家族の家のある場所に「三浦綾子記念文学館」が建っている。
 「氷点」は、今から55年前、高校生の時に新聞に連載されていた。
熱心に読んで、毎日、クラスメートとその日の内容を話、本が発売された後、買ってまた読んだ。

今回、50年以上たった今、北海道に行ったのでもう一度読んだ。
以下、●は「氷点」の中の記述。

●北海道最古の外国針葉樹を主とした人工林で、総面積、18.42ヘクタールほどある。
樹種はバンクシャ松、ドイツトーヒ、欧州赤松など15、6種類もあり、その種類別の林が連なって大きな林となっている。

●この見本林を300メートルほどつきぬけると、石狩川の支流である美瑛川の畔に出る。


▲陽子が自殺する時に通った堤防。▼


▲「氷点」の中の文章が「三浦綾子記念文学館」の中や、林の中に貼ってあるので、読みながら回った。▼


「氷点」にも登場する喫茶店「珈琲亭ちろる」。

店内は、ストーブがある。
冬には、いいだろうな・・・。
 テラスもいい感じ。

1939年創業の歴史ある店内は、座席もレトロっぽくていい雰囲気♪

珈琲店ちろる
ここで、紅茶とふわふわのパンケーキを食す。

●「おとうさんが小学校のころは、零下20度になるとドンと花火があがって10時はじまりだったんですって」(「氷点」より)

◎マイナス20度以下にもなる旭川は、7月でも19度。
 「三浦綾子記念館」は旭川の名所になっているが、
「氷点」を読んでいないと感激度が違うだろうなと思った。
家に帰ってから再読した。
 今回の旅行で感じたキーワードは・・・。
「アイヌ」、「開拓」、「屯田兵」、「地名」、「地形」、
「ブラタモリ」、「石炭」、「鰊(ニシン)」、「鉄道」、「寒い」、
「今じゃさびれて」・・・。


旭川は、
「アイヌ」、「開拓」、「屯田兵」、「地名」、「地形」、
「ブラタモリ」、「寒い」。


北海道ドライブ旅行
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北海道ドライブ旅行:ニシンで栄えた江差
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北海道ドライブ旅行:札幌市・北海道大学
北海道ドライブ旅行:野外博物館:北海道開拓の村
北海道ドライブ旅行:アイヌの聖地と屯田兵の旭川へ。
北海道ドライブ旅行:旭川:知里幸恵資料室他

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Last updated  2019.09.13 08:21:22
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2019.09.12
カテゴリ:映画
本ガンジー島の読書会の秘密

ページをめくると、人生を輝かせる出会いが待っている。

1946年、終戦の喜びに沸くロンドンに暮らす作家のジュリエットは、一冊の本をきっかけに、“ガーンジー島の読書会”のメンバーと手紙を交わすようになる。
ナチに怯えていた大戦中に島の人々を支えていたのが、読書会と創設者であるエリザベスという女性の存在だった。
本が人と人の心をつないだという事実に魅了されたジュリエットは、読書会に関する記事を書こうとガーンジー島を訪ねるが、そこにエリザベスの姿はなかった。
メンバーと交流するうちに、ジュリエットは彼らが重大な秘密を隠していることに気づく。
『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』■などを手掛けた製作陣が再結集したミステリードラマ。
作家のジュリエットは、第二次世界大戦中イギリスで唯一ナチスドイツに占領されていたガーンジー島でエリザベスという女性が創設した“読書会”の存在を知り、島を訪れる。
ジュリエット役に『シンデレラ』のリリー・ジェームズ、「ゲーム・オブ・スローンズ」のミキール・ハースマンらが共演。

 ガンジー島ってどんな島?と思って調べたらいろんなことが分かった。

●紀元前6500年頃まで、ガーンジー島は現在のフランス本土と陸続きであった。

●だからイギリス人とノルマン系フランス人が主なガーンジー島の住民である。

●■1066年、ノルマンディー公ギヨームはイングランドを征服し、■イングランド王ウィリアム1世(ウィリアム征服王)として戴冠した。
それ以来、ガーンジー島は歴代イギリス王室の直轄地となっている。

●1940年7月から1945年5月9日まではナチス・ドイツによって占領されている。
(ナチス・ドイツによるチャンネル諸島占領)
映画は、この頃の悲劇を描いている。
 主役のジュリエットのリリー・ジェームズは、調べてみるといろんな役に出てるな・・・。
シンデレラ
マンマ・ミーア ヒア ウイ ゴー
高慢と偏見とゾンビ■・・・。
でも一番、印象深かったのは、
 「ダウントン・アビー」。
★クローリー家の親戚の娘、ローズ役で出ていた。
★行方不明になったエリザベスには、「ダウントン・アビー」の
クローリー家の三女のシビル役で出ていた。
★クローリー家の長女と結婚するマシューの母親、クルーリー夫人役のペネロープ・ウィルトン と「ダウントン・アビー」大好きダウウトニアンには、嬉しい配役。■ダウントン・アビーHP
 ジュリエットの服装が可愛かった♪
特に、ガンジー島から飛行機で(終戦後の軍用飛行機)帰る時の服は、上着の上からベルトをして、可愛かった♪
 読書会でブロンテ姉妹を論ずるのが面白かった。
「ジェイン・エア」■また読みたくなった♪

★1940年代のファッション、★ブロンテ姉妹、★読書 
★「ダウントン・アビー」に興味ある人におすすめ!

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Last updated  2019.09.12 00:20:22
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2019.09.11
カテゴリ:映画
トールキン 旅のはじまり

あの壮大な冒険物語は、愛と友情、そして勇気から生まれた。

幼くして父を亡くし、12歳で母親も失ったトールキンは、母の友人だった神父の後見の下、上流家庭の子らが通う名門キング・エドワード校に通うことに。
奨学生で孤児のトールキンは孤立するも、3人の芸術を愛する少年と出会い秘密クラブ「T.C.B.S.」を結成し、かけがえのない絆で結ばれていく。
一方で、トールキンは下宿先の3つ年上の女性、エディスとも惹かれ合っていた。
しかし、時が流れ大学生となったトールキンや仲間たちに、第一次世界大戦の影が迫り始める。
『ロード・オブ・ザ・リング』や
『ホビット』シリーズの原作者として知られ、現代のファンタジーの基礎を築いたと言われる作家、J・R・R・トールキンの半生を映画化。
魔法使いやホビット族、ドラゴンやエルフといったファンタジーの世界がどのように創り出されたのかが明かされる。


「ロード・オブ・ザ・リング」の名前は知っているが、映画は全く知らない私が、この映画を見に行ったのは、時代。
主人公は、19世紀末に子ども時代を過ごし、20世紀初めに少年時代、学生時代を過ごす。
この時代は、女性は長いスカートをはいて優雅で大好きだ。
まあ、優雅な恰好が出来るのは、限られた一部の特権階級だけで、多くの貧しい人々は、質素な着た切り雀な毎日だったのだろう。

主人公は、両親を早くに無くしているが、勉強がよく出来るという理由でか、名門校に通う。
食事は、メイドのサービスを受けたりしているのだが、不思議だなと思った。
 日本でいうところの中高では、友達もできてお茶に誘われ、飲みに行くのだが、お金はどうするのだろうか?
などと貧乏性の私は、他人事ながら心配だ。

それにしても、当時のエリート校の生徒たちは、自分たちがエリートだと分かっているのだろう。
単に親が金持ちだけでも入れない学校。
成績優秀で、親に財力もあるという、本当に選ばれた人のみが通う学校だった。
 トールキンの事は、全く知らなかったが、小説家だけでなく、言語学者でもあったようだ。
若い頃に自分が進むべき道が分かって幸せだ。
私は、方言や歳時記が好きだけど、学んでないから・・・。( ;∀;)
 トールキンに強い影響を与えたのは、エドワード・バーン=ジョーンズとラファエル前派のロマン主義の絵画だというから、
ウィリアム・モリス■も知っていたに違いない!!
『ホビット』など読んでいなくても楽しめたが、読んでいたら、もっと楽しめたと思う。

★19世紀末から20世紀初めのヨーロッパの風俗に関心のある人におすすめ!!

イギリス・アッシュフォードの戦争記念公園
映画の中の第一次世界大戦の様子が生々しかった。

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Last updated  2019.09.11 10:33:19
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2019.09.09
テーマ:北海道旅行(891)
カテゴリ:国内旅行

■7月1日(月)■15日目

朝一番に、旭川市立北門中学校資料館・知里幸恵資料室を見学。

■地名:旭川■
旭川市内を流れる忠別川は、アイヌ語のチュッカペツで、この川の水源が東方の日の出る方から流れてくるので、それを意訳して旭川にしたという。
瀬の早い川の別説もある。

「ナナカマド」は、旭川市のシンボル。

近文・北門・錦町の一帯は、かつて上川地方のアイヌ民族が強制的に移住させられるなどして形成されたコタン(村)でした。

「アイヌ神謡集」の編者として知られる知里幸恵さんもこの地区で暮らしていたそうです。

まず訪れたのは、錦町15丁目にある北門中学校です。

かつて知里幸恵さんが生活していた場所が、現在中学校の敷地になっているそうで、校庭には彼女の功績をたたえる文学碑があります。

「銀のしずく降る降るまはりに 金のしずく降る降るまはりに」という「アイヌ神謡集」の有名な一節が刻まれている。

この中学校では校舎の一室をアイヌと知里幸恵に関した資料室として開放していて、事前に連絡をすれば見学できます。
 2007年(平成19)に「知里幸恵資料室」開設。
「幸恵さんは母方の祖母がユーカラ(アイヌの口承の叙事詩)の名人で、それを伝え聞いた言語学者の金田一京助氏が研究のために訪ねてきたのが『アイヌ神謡集』誕生のきっかけになったんですよ」。
 叔母の金成マツの養女として6歳から19歳になる直前まで、短い生涯の大半を過ごした土地だけに、写真も多く残されています。
使用していた机や金田一氏の直筆原稿など、資料は興味深いものばかりで時間がたつのを忘れそうです。


校庭の石碑は、19歳という若さで亡くなった知里幸恵の墓標のようだった。

北海道から帰ってから再読した「氷点(下)」で主人公・陽子が育ての父とアイヌの墓を見に行くシーンがあったので、ここに書いておく。
●「ここがアイヌの墓地だよ。
旭川に住んでいる以上、一度は陽子に見せたかったのだがね」
丘の上で車をとめて、降りたつと、そこはただの松の林のようであった。
火山灰地の道に敬造と陽子の靴がたちまちよごれた。
(略)
墓地といっても、和人のそれのように「何々家」と境したものではなく、エンジュの木で造った墓標がつつましくひっそりと、並んでいるだけであった。
それはいかにも死者がねむっている静かなかんじだった。
死んでまで貧富の差がはっきりしている和人の墓地のような傲慢な墓はない。


「まあ、何てよい墓地なんでしょう」
陽子は啓造をみあげた。
「このごろはここにも石の墓が入ってきたがね。
いいだろう?
この世の富にも地位にもすべて縁を切ったつつましさがいいだろう?」
「本当ね、おとうさん。
このキネ型と、とがったペーパーナイフのような型とどうちがうのかしら」
陽子は小さなキネ型の墓標の前に立った。
「テキシラン」という名が刻まれている。
「ああ、それは女だよ。
とがっている方が男だよ。
この木は百年はくさらないものだそうだがね」
(略)
元アイヌの人たちは、一度死人を葬るとその墓に近づかなかったらしいがね。
和人の墓参りの風習が、アイヌの人たちに入っていったのだろうね」

(略)
明治38年には一万坪だったアイヌの墓地が、今は950坪にへらされた


その後、旭川市博物館、旭川兵村記念館を見学。
ガスト(旭川豊岡店)で昼食。

ガストでは、隣の二人ずれの女性が
「旅行ですか?」と話しかけてきた。
言葉が旭川の人ではないと思ってと言っていた。
北海道では、関西弁は、珍しいのかな?

昼から三浦綾子記念館に行った。
●「あさひがわ、あさひがわ」
◎*1905年から1988年までは「あさひがわ」で呼称。

今回の旅行で感じたキーワードは・・・。

「アイヌ」、「開拓」、「屯田兵」、「地名」、「地形」、
「ブラタモリ」、「石炭」、「鰊(ニシン)」、「鉄道」、「寒い」、
「今じゃさびれて」・・・。


北海道ドライブ旅行
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北海道ドライブ旅行:登別で地獄を見る。
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北海道ドライブ旅行:札幌市・北海道大学
北海道ドライブ旅行:野外博物館:北海道開拓の村
北海道ドライブ旅行:アイヌの聖地と屯田兵の旭川へ。
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Last updated  2019.09.09 00:04:00
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2019.09.07
テーマ:北海道旅行(891)
カテゴリ:国内旅行

■6月30日(日)■14日目
札幌から旭川に向かう。
この日は、札幌→旭川・川村カ子トアイヌ記念館→北鎮記念館
→嵐山公園の「アイヌ文化の森・伝承のコタン」を見た。

岩見沢サービスエリア

園内の階段を上ると展望台もあり、景色を楽しむことも出来ます。

そして、いたるところには、馬のオブジェが点在しています。
これは、市内の岩見沢競馬場で、北海道ならではの、開拓時代のハードな労働の中で生まれ、1トン近い馬が500キロ以上のソリをひくダイナミックなレースである『ばんえい競馬』が開催されているからです。

また近郊の三笠市は、化石の町として知られているために、ここにはアンモナイトのオブジェもあります。

上川アイヌの人々は、石狩川とその支流である牛朱別川、忠別川、美瑛川の各支流筋に小規模なコタン(集落)を形成し、その恵まれた環境の中で採集・狩猟・漁労を生業とするとともに、広域にわたる交易を行っていました。
石狩川流域に居住していたことから、ペニ ウン クル(川上に・居る・人)と呼ばれていたいわゆる上川アイヌの人たちは、南北30キロ、東西20キロ、面積440平方キロにわたる北海道最大の上川盆地を中心にした地域を1つのイオル(伝統的な生活の場)としていたといわれております。


7月1日に行った旭川博物館でもらった資料に「上川アイヌと馬」という文章があった。

◎上川アイヌと馬◎旭川市博物館
明治25(1892)年、内地から来た人が無数の蹄ののこる踏み分け道を見つけた。
たどっていくと「当時としては割合大きい四尺四寸くらいの青毛の馬」が突然現れ逃げた。
3か月後、数人で親馬22頭、仔馬5頭、計27頭を生け捕りにした。

上川アイヌが馬を飼育していたという記録はない。
そもそも本来北海道に馬は生息していませんでした。
しかし、中世には道南に進出した和人が馬を飼っていた可能性も指摘されているので
、近世アイヌが馬産に従事する状況は広くみられたかもしれません。
北海道の在来馬をめぐる研究はまだ始まったばかりだ。


川村カ子トアイヌ記念館
現代においても、上川アイヌの人々によって文化の伝承を続けている重要な拠点。

館内には、上川アイヌの歴史・資料が展示してあるほか、アイヌ文化の体験もできる。
川村カ子トアイヌ記念館で興味深かったのは、『犯罪』を犯したアイヌを処罰する「叩き棒」。
人の物を盗んだり、村の決まりを守らないようなアイヌには、棒で叩いて村から追い出すのだそうだ。


▲川村カ子トさんの写真。
ほりの深い顔で、ロシア系みたいだと思った。
「川村カ子トアイヌ」という言い方をしているが「・・・アイヌ」は、男性のアイヌに尊敬を込めてつけるそうだ。

北鎮記念館
北鎮記念館(ほくちんきねんかん)は、北海道旭川市にある資料館。
屯田兵や旧陸軍第七師団についての資料を展示している。
入館料は無料。


管理・運営は、旭川駐屯地業務隊が行っている。
ガイドをしてくれたのも自衛隊員だった。

▲北海道開拓を表す★▼

1962年、日露戦争でコサック騎兵が使用していた軍刀の寄贈を受けた第2師団長の和田盛哉氏(当時)が「今のうちに北方防衛の資料を集めなければ散逸してしまう」と記念館の設立を提案した。
今は3代目の建物。

屯田兵は、農地開拓をしながらも、兵隊としての訓練もしていた。
屯田兵から陸軍へと時代が変わって、旭川は軍都とよばれていた。

それを象徴するのが、石狩川にかかる旭橋。
昭和7年に、鋼鉄製のアーチ曲線を描く現在の旭橋が架橋された。
この橋は第七師団と旭川市街・駅とを結ぶ当時唯一の永久橋で、
戦車の隊列が通っても大丈夫なように設計されている。
昭和31年までは、市内電車もこの橋の上を走っていた。

橋には、旭日旗のマークがあり、人々は、市内電車内で敬礼やお辞儀をしていたという。

「海から離れた旭川に屯田兵が入植したのは、なぜでしょうか?」という私の質問に
「石狩川があったからです」
「石狩川の水運を利用して海に出たのです
」と案内してくれた若い自衛官が即答した。

「アイヌ文化の森・伝承のコタン」
旭川市北部の広大な自然公園「嵐山」の園内に、アイヌ文化の保存と伝承のためアイヌのコタン(集落の意)を復元した博物館です。

「アイヌ文化の森・伝承のコタン」には、実際にアイヌの人々が住んでいた「チセ」と呼ばれる住居や「プー」(食料庫)などが正確に復元され、自然と一体となった当時の暮らしを想像できます。

また、アイヌの風俗・文化を伝える品々を展示している資料館は、平成18年4月にオープンした「嵐山公園センター」へ移転しました。

アイヌの人々の建物がこれらの場所に復元されたのは,上川アイヌの人々が嵐山を「聖なる地」としていることや,コタンを川筋に営んでいたことなどに基づいております。

(▲トイレ・左・女性用、右・男性用)
屋根、壁は笹葺きですが、使用する笹は一冬越したものを採取するなど、材料はかなり吟味して作成し,夏の暑さ、冬の寒さといった厳しい自然から身を守っていたようです。

また、この笹葺き作業は女性が主役で、男性は笹の運び役を担っていたそうです。
屋根の上で作業するアイヌ女性の姿が目に浮かんでくるようです。

嵐山公園センター内にある資料館の展示は、嵐山公園センターの立地、設置趣旨などを勘案し、アイヌの人々、とりわけ女性が担ってきた植物利用に焦点をあてたものとなっています。


アイヌ文化を理解していただけるように、植物採集に関係する川筋のアイヌ語地名や、上川アイヌの史実も展示しています。


この日泊まったホテルの食堂からは、日本では珍しい■ラウンドアバウト■が正面に見えた。


今回の旅行で感じたキーワードは・・・。

「アイヌ」、「開拓」、「屯田兵」、「地名」、「地形」、
「ブラタモリ」、「石炭」、「鰊(ニシン)」、「鉄道」、「寒い」、
「今じゃさびれて」・・・。

靴 ■走行距離:180km
■歩行数:5,669歩

北海道ドライブ旅行
北海道ドライブ旅行:支笏湖
北海道ドライブ旅行:「炭鉄港の街・室蘭
北海道ドライブ旅行:登別で地獄を見る。
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Last updated  2019.09.08 21:31:09
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2019.09.06
テーマ:北海道旅行(891)
カテゴリ:国内旅行

■6月29日(土)■13日目

野外博物館:北海道開拓の村
北海道開拓の村は、明治から昭和初期にかけて建築された北海道各地の建造物を54.2haの敷地に移築復元・再現した野外博物館です。
ここを訪れる人々に、開拓当時の生活を体感的に理解してもらうことと、文化の流れを示す建造物を保存し、後世に永く伝えることを目的に1983年4月に開村しました。

施設全体が展示であり、夏期間(4月中旬~11月末)は国内唯一の馬車鉄道、冬期(12月~3月積雪時 土・日・祝日、さっぽろ雪まつり期間の平日)は馬そりが走ります。

◎旧札幌停車場◎
この建造物は、明治41年(1908)に建てられた札幌停車場の正面外観を縮小再現したもので、昭和27年(1952)まで使われてきた。
外観は、米国の同じ頃の木造建築に用いられたスティックスタイルと呼ばれる形式が取り入れられ、下見板と棒(スティック)による模様付けが特徴である。

◎旧開拓使札幌本庁舎◎
外観は明治6年(1873)に建てられた開拓使札幌本庁舎を再現したものである。
開拓使札幌本庁舎は開拓使顧問ケプロンの構想に基づき、開拓使工業局営繕課が担当した。
築後5年目の明治12年、火災のため焼失した。
建物の内部は総合案内・情報サービスコーナー、講堂、研修室があり、見学の事前事後の学習・休憩などに利用できる。

◎旧札幌警察署南一条巡査派出所◎
 明治18年(1885)、札幌創成橋の脇に最初に建てられた交番は木造で、札幌創成橋交番所と呼ばれていた。
同じ木造で一度改築されたが、その後個人の篤志寄付で建てかえられたのがこの建物である。
壁のレンガは、小口面と長手面を交互に表して積むイギリス積み手法を用いている。

◎旧青山家漁家住宅◎
青山家は、安政6年(1859)山形県から渡道し、小樽沿岸を中心に鰊建網などを経営した漁家である。
建網経営には番屋をはじめ網倉、船倉のほか海産干場、船入澗など多くの施設、設備を必要とした。
鰊漁場の建物が、このように集約的に保存されているところは少なく、貴重な遺構の一つである。
(■石狩挽歌に歌われた家■)

◎旧土谷家はねだし◎
はねだしは、鰊漁家の付属施設として海岸の地形に合わせ海側へ跳ね出す形で建てられた倉である。
床には開口部が設けられており、直接荷物の出し入れを行うこともできる。
この倉は漁具、漁穫物、魚粕・身欠鰊・数の子などの加工品を収納するために使用された。


▲北海道で近代郵便の取り扱いが始まるのは明治5年(1872)だという。

時間の関係で全部まわれなかったのが残念・・・。
ボランティアの話を聞きながら、一日かけてまわる値打ちがあった。

「開拓村」で入手した、多くの歳時記などは、これからアップしていく。
靴 ■走行距離:71km
■歩行数:14,129歩

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Last updated  2019.09.06 13:42:06
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2019.09.04
カテゴリ:映画
ライオン・キング

「忘れるな、シンバ・・・自分が何者なのか」

サバンナの王国プライドランドの王である、ライオンのムファサに息子のシンバが生まれる。
だが、シンバはある悲劇によって父を失い、王位を狙うスカーの企みによって王国を追放されてしまう。
新たな世界へ旅立ったシンバは仲間と出会い、自分が生まれてきた意味や、使命とは何かを知り、王となる運命に立ち向かっていく。
 第67回アカデミー賞で最優秀主題歌賞など2部門に輝き、ミュージカル版もロングランヒットを記録する、ディズニーの不朽の名作アニメを最先端のVR技術を駆使して映画化。
 『ライオン・キング』(The Lion King)は、1994年6月24日に全米で公開されたディズニーによる長編アニメーション映画。
32番目のディズニーアニメーション作品。
 手塚治虫による1960年代のテレビアニメ『ジャングル大帝』からの盗作疑惑が1994年の公開当時から繰り返し指摘されている。

 映画「ライオン・キング」は、“超実写版”。
私的には、舞台かアニメがいいと思う。
 舞台は劇団四季のを見たことがある。
ニューヨークでも見ようと何回もトライしたが、いつも満席で見ることができなかった。
( ;∀;)
 映画の中で歌われる「ライオンは寝ている」は、「ライオン・キング」にぴったりだが、昔、日本でも大流行だった。
何回聞いてもいい曲だな・・・。
ライオンは寝ている
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Last updated  2019.09.04 00:01:45
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2019.09.03
カテゴリ:映画
引っ越し大名

引っ越しは戦でござる!

徳川家康の血を引く譜代大名でありながら、生涯に七度の国替えをさせられ、付いた渾名が「引っ越し大名」という不運の君主・松平直矩。
またもや幕府から国替えを命じられたものの、度重なる激務によって亡くなった「引っ越し奉行」の役目を継がされたのは、引きこもり侍と後ろ指を指される若輩者の片桐春之介だった。
「人無し・金無し・経験無し」の最悪の状況で、果たして姫路播磨から豊後日田への国替えは成功するのか?
上司からの無茶振りに右往左往する武士たちをコミカルに描き、時代劇に新風を吹き込んだ新鋭が描く傑作時代小説。
江戸時代の姫路藩。
書庫にこもって本を読んでばかりの引きこもり侍・片桐春之介は、突然【引っ越し奉行】に任命される。
引っ越し奉行とは、すべての藩士とその家族全員で別の国に引っ越し(国替え)をする際の総責任者である。
当時の引っ越しは、参勤交代を遥かに上回る費用と労力がかかり、前任者もあまりの激務に亡くなってしまうほど。
失敗すれば、即、切腹!という状況の中、全くノウハウのない春之介は、果たして国の存亡をかけた超難関プロジェクトをクリアできるのか!?
引きこもり侍、一世一代の大挑戦が今始まる!!

原作は『超高速!参勤交代』■シリーズで、これまでになかったユニークな視点で時代劇の新しいジャンルを開拓した土橋章宏原作の傑作時代小説「引っ越し大名三千里」。
実在した大名のエピソードをもとにした原作を『のぼうの城』の犬童一心監督が手掛け、主演・星野源、共演に高橋一生、高畑充希、及川光博、小澤征悦、濱田岳、西村まさ彦、松重豊ら超豪華キャストが集結した。
 国替えということは、殿様のみならず家来も一緒に引っ越し。

人数:10,000人
移動:600キロ
予算:なし!?

現代でも大変な引っ越し。
トラックもなかった時代のしかも、お金のない引っ越しってどうするのか見当もつかない。
それを知恵と勇気と細やかな心遣いで乗り切った物語。
 こんな大変な国替えは、そう度々はないだろうと思うが、この映画のモデルになった松平直矩は7回あったそうだ。

姫路から九州の日田へと国替えしたわけだが、日田の殿さまもどこかに国替えしただろうし、姫路に城に入ったのも引っ越し大名。

つまりこの映画に描かれていないだけで、「鉢植え大名」といわれるくらいに多くの大名家が国替えのために移動している。

みんなが嫌がる引っ越し奉行を押し付けられた引きこもり侍・片桐春之介を星野源。
片桐の相棒でお調子者で腕自慢を高橋一生と豪華出演者だった。

引っ越し唄を歌い踊るシーンも面白いし、片桐の真摯な態度もいい。

今の会社勤めに当てはめても面白い。

この映画、大好きだ!!
原作も読みたい。
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Last updated  2019.09.03 00:10:14
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