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カテゴリ:日常
さて・・・
今週の東京大賞典・・・ いくら回収するつもりで行こうかな・・・ そもそもどのくらいのオッズなんだろうか・・・ 普通に考えればホッコータルマエなんだろうけれども・・・ 一度負けた馬は連敗の可能性があるからな。 まあ・・・ ほぼ馬連・枠連小点数で勝負の予定。 まずは表題。 先日相互リンクを張らせていただいたじゅめさんのページのリンク先を見ていて・・・ こちらの方を発見した。 馬鹿なの?死ぬの?~フェイフェイの借金1000万返済記~ 私もギャンブラーであるし・・・・ FXで2000~3000K溶かした事もある。 なので分かるんだよな、ギャンブラーの心理は。 私はかれこれギャンブル歴はピカデリーサーカスを含めればギャンブラー歴30年。 生粋のギャンブラーと言っても過言ではないのではないかと思っている。 なので・・・ 30年で培われた経験則が・・・・ 私を完全な破滅から回避させていると感じる事が多い。 基本的に博打は偏るのだ。 確率も。 完全には決して収束しない。 そして・・・ 過去に何度も記載しているように・・・ 確率はあくまで無限回試行した場合の大凡そうなるだろうと言う希望的観測の域を脱することができず・・・・ 人間の一生などという短いスパンでは収束しない。 だからこそ・・・ 偏りの存在を認識した上でギャンブルしなければならないのだけれども・・・ 上記のリンク先の方の・・・ こうして借金一〇〇〇〇Kを作りましたの過去日記を見てみてほしい。 これマジで震える。必見だ。 年齢的にも若い、しかもFXオンリーのまだいわば若葉マークのギャンブラーが張るBETとリスクではない。 流石FX・・・ 先物とFXや株もそうだけれども・・・ 信用取引は本当に人間の息の根を止めることのできるギャンブルだよなあ・・・ 最近になって・・・ 流石にギャンブル30年もやっているといろいろ理解できて・・・・ もう張れない状態が作り出されるような張り方をしたら絶対にいつか破滅するんだよな。 古今東西の相場師のように。 このことを完全に理解した。 これを理解するのはなかなか難しい。 ギャンブラーの破滅は・・・ 資金のパンクと共に訪れる。 どれだけ期待値が高かろうと・・・ それで薄い確率を引いたら滅する勝負をしてはならない。 ギャンブルで勝つと言う目的があるのであれば。 それを学ぶのに・・・ 私は30年かかったわけだ。 でも・・・ まだギャンブラーとして生き残れているんだから・・・・ ピカデリーサーカスに感謝だよなあ・・・・ 有り金全部失ったことなど何度もあり・・・ 激しい後悔を何度もさせられたが・・・・ でも、そのやられた経験が本当の再起不能ではなかったため・・・ 学習できる時間と経験になったが・・・ デビュー戦がFXの信用取引だったら・・・ 私ももう強制退場させられていたかもしれない。 にしても・・・ 何故そんな震えるBETをしてしまうのか・・・ 私もギャンブラーだから非常によく分かるんだが・・・・ まず・・・ 基本的に確率が偏ると言う概念は・・・ 何度も結果に否定されないともつ事が出来ない。 なぜなら学校で確率は収束すると教えられているから。 こと人間の思惑が絡むギャンブルにおいては・・・・ 確率は偏り続けるのが基本。 なので・・・ パチンコ台の1000ハマりを打つ人のように・・・ 信じたいという願望の元、そろそろ反転するはずだと考えてしまうのだ。 かつて私もそうだった負けるギャンブラーの典型的発想。 もうそろそろ反転する。 まだはもうなり、もうはまだなりとはよくいったもので・・・・ もうそろそろはまだまだだ。 だから・・・ パチンコのハマり台が好き人で勝っている人を聞いた事が無い。 基本はハマりはハマりを呼ぶのだ。 確率は偏るのだから・・・・ それと同時に・・・ この偏ると言う概念は結構重要で・・・・ この概念が無いと、人間は自分は特別だと言う発想をぬぐい去れない。 いや、そこまではなかったとしても自分が普通よりも運が悪いとは思えないのだ。 だから・・・ 薄い望まぬ確率を自分が引かされ続ける可能性を否定してしまう。 だが・・・ 当たり前のように起きるんだよな、望まぬ1%は。 決まっていたかのように・・・ だから・・・ ギャンブルの勝ちは絶対にパンクしないこと。 すべてのBETに期待値が100%越えている根拠があること。 上記の状態を高速で繰り返すしかないのだ。 いくら確率が偏っても・・・ それでも負けが少ないように・・・ 損小利大の極意ってこれじゃないかと思うのだ。 期待値が100%越えていれば・・・・ 負けても当たり前のようにダメージが少ないし・・・ 勝てば大きい。 リスクが小さいんだから当たり前だ。 まあ・・・ 最終的には期待値100超以外の答えは存在しないんだけれども。 にしても・・・ 世の中リスキーなギャンブラー結構いるんだよなあ・・・ 自覚があるのかどうかは分からないが・・・・ どちらかというと私より皆普通の人のような気がするんだよな。 ギャンブラーという自覚のないままの・・・ ギャンブラーの答えは一つしかないんだよな。 勝つ それしかない。 いつもどおりのいい方で言えば・・・ 勝つかもっと勝つか それしかない。 中途半端に休んだりしても意味が無いのだ。 意識が温くなるだけだから。 完全に止めて、受け入れる覚悟をもつか・・・・ もしくは・・・ もう止める気もないし、止められないのだから・・・ 継続するにはどうしたらいいかを考えたら・・・ やはり結論はひとつ。 勝つしかない。 私自身も勝てそうで勝てなかった歯がゆさで・・・ 何度も競馬はもう無理かもなと思った事があったが・・・・ 結論は何度考えても勝つしかないだったしな。 ようやく勝てるようになったが・・・ これを何年継続できるか。 堅い馬券に偏ったら負けるのだから・・・ 私自身にも言えるんだが・・・・ 結局勝つしかないと結論付けても・・・ その勝つための労力を本気でかけていないから勝てる状態にならないんだよな。 私も実はもっと調べた方がいい事多数あるんだが・・・ それをやるのに何十時間も楽しくない作業をしなければならない苦痛に勝てないのだ。 だから勝ちたいと言う執着が・・・・ 勝つための行動の原動力になるのだから・・・ それが必要なんだよな。 自己分析と同じだ。 何故勝ちたいのか? その理由が執着とイコールになる。 自分の快楽ためのだけだったら・・・ 快楽を求めるのに苦痛を行うのは矛盾しているから・・・ 執着が弱くなる。 となると・・・ それを克服するメンタルが必要で・・・ 世の中は基本連環だよなと思わされる典型的内容。 まあ、自分のためだけに勝ちたいとなると・・・ 強い執着を持ち続けるのは難しいよな・・・・・ さて・・・ もう寝ます。 日曜日の東京大賞典・・・ 俄然楽しみだ。 ただ・・・ 10頭立てなのね・・・ 何倍つくかな・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/12/27 01:44:28 AM
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