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カテゴリ:百家相論A
「是非に及ばず」。戦国武将の織田信長が本能寺の変に際して発したとされる言葉です。意味は「当否や善悪を論じるまでもなく、そうするしかない」ということで、信長は明智光秀の謀反という現実を目の前にして、討ち死にを覚悟したうえで「迎え撃つしかない」と達観した心境に至りました。それをこの言葉が象徴しています。
日本の政界では今、安倍晋三政権が危機に直面しています。森友学園問題、加計学園問題、稲田朋美防衛相の失言、自民党当選2回生の相次ぐ不祥事、そして東京都議選の惨敗などで、安倍内閣の支持率は30%前後まで急落しました。政治の世界では内閣支持率が30%台になると、政権維持の「危険水域」と言われ、現に歴代内閣がそれによって退陣に追い込まれています。 平成24年12月の第2次安倍政権発足以来、最大の危機を迎えている安倍首相の心中はいかばかりでしょう。「自分が大きな失政をしたわけでもなく、こんなに頑張ってきたのに、なぜこんなことになっているのか」という思いもあるのではないでしょうか。 そこで今、安倍首相に贈りたいと思う言葉が「是非に及ばず」なのです。信長は討ち死にしましたが、安倍首相はまだ退陣に追い込まれているわけではありません。ただ、内閣支持率が急落したという現実を踏まえて、国民の信頼を取り戻すことしか政権継続の道はないのです。 私の見立てでは、急落した内閣支持率が今後、一気に回復するということはないと思います。人間関係でも一度、「嫌い」と思われた人から「好き」と思われるのが難しいように、「支持しない」と言っている人の支持を取り戻すことは容易なことではありません。 したがって、安倍首相は内閣支持率に一喜一憂することなく、低迷し続けることをも覚悟して、「是非に及ばす」流に達観した心境で「“そうする”しかない」と思います。ではどうするしかないのでしょうか。 まず、支持率急落の要因となった森友学園問題、加計学園問題ですが、最終的に国民が「そういうことだったのか」と納得するような決着には至らないと思います。これらの問題に首相が関与していないというのが真相であれば、ないことをないと証明するのは極めて困難だからです。 この局面を打開するには、安倍首相自身も述べていますが、「丁寧に説明する」しかありません。これまで安倍首相は野党の質問やヤジにいきり立ったり、ムキになって反論する場面がみられましたが、これらは封印すべきでしょう。そしてもちろん、疑惑解明の過程で不適切な対応をとった人物がいたとすれば、躊躇なく処分すべきです。国民から「国会はもうこれらの問題にとらわれているべきではない」と思ってもらえるまで、辛抱し続けるしかないと思います。 稲田朋美防衛相の数ある失言や、現在問題となっている南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題は、突き詰めれば安倍首相が稲田氏を重用しすぎたことに要因があります。まだ当選4回で決して防衛政策に通じていたわけではない稲田氏を、いきなり防衛相に任命したことは、適材適所という人事の原則から外れています。私はこれまでに更迭する局面はあったと思いますが、それができなかったのは安倍首相として猛省すべき点です。 安倍首相は平成18年から19年にかけての第1次政権で「お友達内閣」と批判されました。親しく気心が知れた人物を使った方が政権運営は楽かもしれませんが、イエスマンばかりでは自分の過ちに気付かず、えてして傲慢になってしまいます。 8月3日を軸に調整されている内閣改造でも、私は一気に支持率を回復することは難しいと思います。逆に顔ぶれによってはさらに支持率が下落する可能性もあります。ここは私心を排除して奇をてらうことなく適材適所という原則に徹するしかないでしょう。 もうひとつの問題である自民党2回生の相次ぐ不祥事は、掘り下げればいくつも要因があると思いますが、「安倍一強」と言われてきた政治情勢による自民党内の緩みが背景にあると思います。しかし、その政治情勢が崩れた以上、第2次安倍政権発足以降のように、国政選挙で自民党が勝利できるとは限りません。とくに地盤の弱い若手議員にとっては厳しい選挙になります。これを機にもう一度党内の教育体制を見直してはどうでしょうか。 一方、今後の政権運営を考えると、従来のような国会での法案採決強行という手段はとりづらくなると思います。私は野党の「何でも反対」という姿勢がそうさせてきたとも思っていますが、野党を取り込んでいく綿密で巧みな国会運営が必要になるでしょう。 さらに、安倍首相が「2020年施行を目指す」としている憲法改正も、内閣支持率の急落によってスケジュールの変更が余儀なくされるかもしれません。安倍首相が提案している憲法への自衛隊の存在明記ということは極めて重要な課題です。それだけに失敗は許されません。国会での発議を強行に進めて、その反発から国民投票で否決されたら、それこそ日本の防衛にとって大きなマイナスになります。これもまた、自民党内、そして連立を組む公明党、さらには野党の一部の理解がしっかりと得られるよう丁寧に議論を進めるべきです。 自らの信条を堅持し続けることは重要ですが、受け止めたくない現実でもそれを踏まえて進むべき方向性を見いだす。安倍首相には今、まさに「是非に及ばず」の境地が求められているのではないでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017年07月23日 12時17分55秒
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