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山根由起子 2022年9月3日 9時30分(朝日新聞デジタル) 東京・六本木でギャラリー「ワコウ・ワークス・オブ・アート」を経営する和光清さんは、ドイツの現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒターさんの名を国内に広めた立役者だ。2年前にはポーラ美術館が約30億円で落札した作品が注目を集め、今年90歳を迎えた巨匠とは30年来のつきあいになる。これまでにギャラリーで11回の個展を開催した。 バブル期で絵画の価格が高騰した1980年代末、和光さんは新卒で就職した都内のギャラリーを辞めた。作品のよしあしよりも、金もうけ至上主義の風潮に嫌気がさし、「本当にいいと思える作品を売りたい」と思ったからだ。 その後、世界中の美術館を見てまわろうと、欧州行脚をしている最中、91年にロンドンのテート・ギャラリー(当時)で開催されていたリヒターさんの個展に足を運んだ。 「机」という作品は机が塗りつぶされている。「何だこれって、作品の前に立ち尽くしました。衝撃的な表現でした」。斜め後ろから自分の娘を描いた「ベティ」。今にも振り向きそうな精細を放っている。 「写真のような超絶技巧で描かれている上、ポートレートなのに顔が見えないというアイロニカルで不思議な感じ」と和光さん。 「現代に生きているのに西洋絵画の長い歴史も背負って描いている。こんな人は見たことがないと思った」 帰国後、国内の何人かのキュレーターに個展を打診したが、当時はあまり知られていなかったため、断念せざるをえなかった。自前でやろうと、92年にギャラリーを設立した。翌年、他の画廊からリヒターさんの作品を買い取って初めて小さな個展を開き、本を出版、本人に送った。 和光さんはその本を持参して米国の個展へ乗り込み、会場ですれ違った本人に表紙を見せてアピールしたところ、「君だったのか」と気にとめてもらえた。 これが縁で、同年に開催されたパリの回顧展にも足を運び、絶対に日本で個展を開きたいと本人に直談判した。その熱意が実り、96年にリヒターさん自らが選んだ作品で、ギャラリーでの個展を実現。個展の図録には「アートは希望の最高の形である」というリヒターさんの言葉を引用した。国際美術展「ドクメンタ」の図録で目にしてピンときた言葉だ。 「独立してまもない頃で、自分も人生をアートに捧げたいと思っていたので、その言葉が響いたのです」と和光さんは自身の願いも重ねた。 個展の打ち合わせの時、リヒターさんに「美術館ではなく、こんな小さなギャラリーで申し訳ない」と言うと、「ギャラリーは大きさじゃなくて中身だ」と言ってくれ、ギャラリーの未来にも希望をともしてくれた。 ギャラリー設立30周年。ドイツやベルギー、オランダなど、日本では知られていない個性的な作家を紹介、独自色を出してきた。「自分が本当にいいと思える作家を1人ずつ増やし、一つのカラーになっていけたらいいと思ってやってきました。共通点はアートとは何か、という根源的な問いがあることです」と和光さんは言う。 巨匠の言葉を胸に、和光さんも大都会の小さなギャラリーで希望の灯をともし続けている。 ------------------------------------------------------------------ 1959年生まれ。東京都出身。 東京造形大卒業後、92年に「ワコウ・ワークス・オブ・アート」を設立。 ドイツを中心としたアーティストの展覧会や作品を扱う。 6~7月にリヒターさんの個展を開催。 ------------------------------------------------------------------
■和光さんが語る「リヒターの冒険」 「希望の最高の形」を求め、90歳になっても描き続けているリヒターさん。具象画も抽象画も描き、写真やデジタルプリント、鏡など様々な素材を使って多彩な表現に挑戦してきた。開催中の東京国立近代美術館の「ゲルハルト・リヒター展」で日本初公開の展示となった「ビルケナウ」(2014年)は82歳の時に完成させた作品だ。ナチスのホロコーストを主題にした4点の抽象画の大作だ。アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた4枚の写真を描き写し、その上に絵の具を塗り重ねたものだ。1960年代から何度かこのテーマに取り組んだが、適切な表現を見つけられずに断念、ようやく結実した。 「ビルケナウ」以後、リヒターさんは「自由に描けるようになった」と語っていたという。「スキージ」と呼ばれる、長細い大きなへらを使い、絵の具をのばしたり、削り取ったりして複雑な模様を生み出す「アブストラクト・ペインティング」シリーズでは、絵の具がぼこっと隆起したままだったり、ナイフで削った跡がむき出しになっていたり。縦横無尽に乱舞する奔放な仕上がりに和光さんが驚いて「これで完成したのですか」と聞いたこともあった。 「アウシュビッツというドイツの歴史を背負う気持ちが常にあったのでしょう。ようやく解き放されたと肌で感じました。こうあらねばならないという完成のさせ方ではなく、自分の中で許す範囲が広がったのでしょう」 ドイツ・ケルンのアトリエに立ち寄り、リヒターさんが作品を描いているところを見たことがある。長い絵筆を握り、リズミカルにひたすら筆を運んでいた。「本当に描くのが好きなんだなと思いました」 鉛筆やペンや水彩を使い、断片的な線や面を描いた「ドローイング」の作品も発表している。「一見、子供に戻ったかのように描いていますが、長い年月の上に成り立った表現だと思います。自由な線や伸びやかなインクの使い方、雲形定規を使うなど、まだまだ新しい表現を探しているのには本当に驚きます」と和光さん。巨匠のアートの森をかけめぐる冒険は続いている。(山根由起子) ◇「ゲルハルト・リヒター展」が10月2日まで東京・竹橋の東京国立近代美術館で開催中、122点を展示。10月15日~2023年1月29日、愛知の豊田市美術館に巡回。公式サイト(https://richter.exhibit.jp/別ウインドウで開きます)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年10月13日 18時25分28秒
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