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「俺はクレイル。レイでいいよ。」 「レイ? 似てるね、僕はギレイです。よろしく。」 くすくすと儀礼は笑う。 迷宮探索人の二人が、握手をして、仲良く自己紹介をしていた。 「お前ら、俺らのことは無視かよ。」 獅子は呆れたように地下迷宮に目の眩んだ探索者たちを見守っていた。 「この魔法陣な、元は俺の寮の部屋の地下室に貼ってあった物なんだ。見たことなかったから、何だろうと思って剥がしてみたら、壁がボロボロ崩れてきてさ。焦ったぜ。で、ちょっと調べてみたら、どうやらこれは、壁の補強効果があると判ったわけだ。」 床のブロックへ貼ったのと同じ魔法陣の一枚を儀礼へと渡して、クレイルは説明を続ける。 「だから俺は、こいつでこの地下を補強して回ってるって訳だ。」 余裕のある笑みを浮かべたまま、クレイルは学院の授業に出ていないことを正当化している。 「でももうすぐ夏休みだよ。夏休みに入ってからじゃだめだったの?」 「今すぐにでも足元が崩れるかもしれないって知ってて、お前ら、素直に授業受けてられるか?」 そう言うクレイルだが、瞳は輝いている。 「……自分がじっとしてられなかっただけだろう。先生に任せれば良かったのに。」 「この陣見付けたの俺だし、先生達にも秘密にしてるんだ。」 嬉しそうにクレイルは笑う。 「でも、そのおかげで行方不明者騒ぎだよ。」 儀礼は呆れたように溜息を吐く。 しかし、儀礼も同じ立場だったなら、クレイルと同じことをしていただろう。 おそらく――間違いなく。 誰も知らない地下迷路。どこに通じているか分からない抜け道。 崩れかけた地下地盤の補強。 どれも、遺跡調査と同じだけの魅力を持っている。 「行方不明?! 大げさだな、二日間、授業受けなかったくらいで。」 クレイルは優秀な生徒だと聞いている。 二日ほど授業を受けなかったとしても、すぐに取り戻せる、もしくは、すでに他の生徒よりも先へ進んでいるレベルの生徒なのかもしれない。 「もう一人いるんだ。いなくなった子が。それだけ詳しくマップ作ってるなら、会ったりしてないよね?」 確かめるように儀礼は聞く。 「行方不明がもう一人? 知らないな。俺はずっと一人でマッピング作業やってたんだが……。」 驚いたように言いながら、何かに思い当たったのか、クレイルは段々と言葉尻を弱めて真剣な表情になる。 「そう言えば、寮の地下の部屋を調べていた時、明らかに人が入った風な部屋がいくつかあったな。俺以外にも、この地下室の存在を知ってる奴は何人かいると思うぜ。」 クレイルは自作のマップを完全に広げる。 大きなそれを全体が見えるように、儀礼はライトで照らし出した。 「ここと、ここと、ここ。特にここの部屋は頻繁に人が出入りしてるんじゃないかって思えたな。埃のつもり具合が他の部屋と違ってた。」 クレイルが一つの部屋を示す。 「ここなら、普通科の寮だね。待って、確かガスカル君の部屋番号は……301。」 儀礼は男子寮のマップを広げてその位置を指差す。 2つの部屋の位置はぴったりと合った。 「ガスカル君は頻繁に地下通路を使ってたみたいだね。でも何のために。」 「俺、結構地下に居たけど、人に会った事はないんだ。それに、迷子になってる奴なんているかな? こっちの学院側に入り込まなければ、基本的に倉庫と通路の一本道だからな。」 首を傾げてクレイルが言う。 「非常口使って外に出てってたって考える方が自然だね。そう言えば、ガスカル君はお父さんもここの卒業生だったって。もし地下室のことを聞いてたんだとしたら、通ってても不思議ではないね。」 口元に拳を当てて、儀礼は考え込む。 「でも、先生の探索魔法に引っかからなかったんだろう?」 「それはレイも一緒でしょう。」 「俺はほら、この地下、探査魔法を無効化する結界が張られてるんだよ。昔の戦争を考えて作られたものだからだろうな。」 地下通路の天井を指し示して、クレイルは説明した。 戦乱期は700~800年前に終わってはいるが、ずっとユートラスという不審な国が隣りにあった。 大勢の生徒の命を守るために、安全を考えてこの地下通路は作られたのだろう。 しかし、長い歴史の中で、その事実が忘れ去られてしまっていた。 「これは、学校側の不備だね。」 苦い笑いで儀礼は吐露する。 「おっと。ここのことはまだ言わないでくれよ。せめてマップが完成するまでは。」 クレイルが慌てたように儀礼を引きとめようとする。 「そういうわけにはいかないよ。もう一人行方不明者がいるわけだし、学校が地下から崩れるかもしれないのに知らせないなんて。」 「それは俺が食い止めるから。とにかく、もう少し時間をくれ。例えば、ほら、もう一人の行方不明者が見付かるまでとか。あと少しで、学院全体のマッピングが終わるんだよ!」 必死に頼まれて、その気持ちが儀礼にも良く分かった。 儀礼だって、遺跡のマッピングがあと少しという所で他者に、例えば管理局などの大きな力を持った組織に、邪魔をされると考えれば、我慢ができない。 「じゃぁ、ガスカル君が見付かるまでだよ。それでも心配だから、安全のためにトウイ、一緒に居てあげてくれる?」 儀礼はトウイを振り返った。 「そんな小さな子供に何ができるんだよ。」 不満そうにクレイルが言う。 「通信機持ってるし、野営能力あるし、狭い道でも抜けられるし、万が一、魔獣とか出ても倒してくれるよ。」 「……魔獣って? 学院内なのにか?」 馬鹿にしたようにクレイルは笑う。 「町で、狼が出たって噂があるから、一応ね。念のためだよ。必要はないかもしれない。でも、邪魔はしないから、ね。」 儀礼が言えば、トウイは大きな息を吐いた。溜息ともとれるようなものだ。 「先に、聞いてから決めろよな。お前は。まぁ、いいよ。お前がそう言うなら、こいつのことは任せとけ。」 体の小さな少年が、随分と偉そうな態度を取る。 「口の利き方を覚えた方がいいぞ。損をするタイプだな。」 「俺はちゃんと働いてる。半人前の奴に言われたくない。」 学生は実力があっても、安全確保のために、冒険者ライセンスを取ることができない。 二人が睨み合う。 「ケンカはやめよう。ケンカは。仲良くね。」 涙目で儀礼は仲裁に入った。 「俺は、『蜃気楼』の元で働いてる。」 管理局ライセンスを見せ付けるようにして、トウイは言った。 「『蜃気楼』! 本当か? どんな奴だ? 天才って名高いドルエドのSランクだぞ。」 興奮したようにクレイルは言葉を飛ばす。 「じゃ、仲良くできそうだね。ガスカル君のことが心配だから僕たちはもう行くね。」 焦ったように荷物をまとめて、儀礼は出口へと向かって歩き出す。 ガスカルが地下にいないのだとすれば、考えられるのは町へと出て行ったという可能性。 町の中で何以下があったのだとしたら、学院内で起こる事件よりも重大だ。 何が起こるか分からない。ドルエドの広い王都の中なのだから。 「逃げたな。」 「逃げた。」 ゼラードと獅子は儀礼の背中を見送った。 「じゃぁ、トウイ。後のことは任せた。俺達はギレイの方へ行く。」 「わかった。頼んだぞゼラード。ドルエドとはいえ、魔法使いがいない訳じゃないし、スパイロボットがいないわけでもない。まぁ、あいつがどうこうなる所ってのも想像できないんだけどな。」 トウイの言葉にゼラードはにやりとした笑みを浮かべる。 「任せとけ。俺達がついてて、あいつに何かあったなんて、情けなくなるからな。ヒガやあいつらに笑われちまう。」 腰に下げた双剣をそっと撫でて、ゼラードは儀礼の進んでいった道を追った。 その後から、獅子と、心配そうな顔をした白が続く。 儀礼と一緒に飛んで行ったフィオはもう、いつもの明るい精霊に戻っていた。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 513話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.12.31 16:02:10
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