職場の隣のBARがとうとう閉店してしまいました。BAR(バール)は日本語で言うと喫茶店?
コーヒーが主ですけれどお酒や軽食も出しますし、
タバコや飴やチョコレートも売っている、便利屋さんです。
コーヒー(エスプレッソ)を飲まずにはいられないイタリア人にとっては
![ALE2](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/09/imgd86a1fb3zik6zj.jpeg)
みんなそれぞれ馴染みのBARというのがあると思います。
ここはもともと賃貸で、ヴェネリーナという名前の
太っちょ母ちゃんのいる家族が営業していたのですが、
この一家が今や同じ地区に同名のレストランを二軒出して、
手が回らなくなり、営業権を譲っていたのです。
まず引き継いだのはウチの会社の元同僚フランチェスコ。
彼の家族がやっていたのはそれほど長くはありませんでしたが、
その後にロムーショ一家が来て、数年。
ヴェネリーナの名前を残したままずっとやっていたものの、
とうとうBAR自体を辞めることになりました。
わたしは2002年12月に今の職場で働き始めてから
9年とちょっと、元祖ヴェネリーナの時代から3代。
コーヒー豆は変わっても、
ずっとここのカップッチーノで一日を始めていたのです。
![BAR2](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/39/imgf81948c8zik1zj.jpeg)
本当に悲しいです。
以前はバスのチケットも売っていたし、
公共料金の振り込みもできたので、
ガス代をここで払っていました。
生活の大部分がここでした。
晴れの日も雨の日も、嬉しい日も悲しい日も、
![VENERINA1](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/beb57cbe2736778f3a212d1b01eb709b0d6525b6.20.2.9.2.jpeg)
ボンジョルノと言って店に入りました。
何も言わなくてもそれだけで、
わたしの好きなクロワッサンとカップッチーノが出てくるのです。
![COLAZIONE](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/21/img91ba3a76zik3zj.jpeg)
去年の今頃はさすがに「ボンジョルノ」と元気に言えなかったけれど、
みんながわたしを見ると日本のことを心配してくれていました。
同僚たちと抜け出してコーヒーを飲みながら職場の悪口を言ったり、
友達やお客さんを連れて行ったこともありました。
同じくここを常連としている裏のスーパーの店員たちなど、
近所で働いている人たちとも井戸端会議をよくしたものです。
フリマのお客さんに「あのBARにいつもいる子でしょ」と
言われたこともありました。
唯一ツケが利く店でした。
週に何度かはお昼もここで食べました。
![VENERINA2](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/02cbe505f1542bf6bd1ffe8301128eaebfec1b14.20.2.9.2.jpeg)
わたしの胃袋の何割かがここでした。
最後の経営者だったロムーショ一家は
お父さんとお母さんと子供3人。
一番下のアリーチェはまだ高校生なので土曜日にしか来ないけれど、
![CHOCO1](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/10/img2a461d41zik2zj.jpeg)
お姉さんのフランチェスカと真ん中のフェデリコ(アニメおたく)は日本贔屓で、
プライベートでも遊んだりしました。
![con francesca](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/69/img26a97c41zik5zj.jpeg)
イナゴを食べる激ショートカット時代のフランチェスカ
おいしいカップッチーノを入れてくれていたのは従兄のレナート。
![RENATO](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/34/imgb13c8f2azik8zj.jpeg)
遠くに住んでいるのにフリマにもわざわざ遊びに来てくれる
とても親切な一家です。
いつだかの誕生日には
お父さんとお母さんが花束をプレゼントしてくれました。
![con francesca 3](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/56/0000021456/71/img9aee7795zikezj.jpeg)
本当に本当にさみしくなります。最後の日にはフェデリコ・プレゼンツで、
何でもお酒ワンショット1ユーロという企画をやりました。
飲めないわたしもミルトを飲みました。
リモンチェッロなどの甘い食後酒はほんの少しですが
おいしいと思えるのです。
40度くらいあるのでもちろん舐めるだけですよ。
イタリアにはこうした昔ながらの馴染みの店が多いので、
新しい店を馴染みにするのに(少なくともわたしは)勇気が要ります。
日本では別にどこのドトールに入るのにも
勇気なんか要りませんけれど。
一応、角を曲がったところにあるソルパッソを
わたしの新しいお店としましたが、
欲しい物は言わないと出てこないし、
悩みを打ち明けたりする相手もいなそうです。
ヴェネリーナ以上のBARはわたしには見付からないな、と思います。
BARヴェネリーナ長い間どうもありがとう。
BARヴェネリーナは改装して
元祖ヴェネリーナ家族の三軒目のレストランとなる予定です。
去年彼女のご主人、
わたしをよくからかって喜んでいたペッペじいさんが亡くなって
さみしくなったこの家族。
プラーティ地区で頑張って儲けて手広くやっています。