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2004年06月06日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
 あとで全部情報や意見が出揃ってからまとめようと思ってたら、どうもストレスがたまる。
 困ったでしゃばりぐせだ。
 まあ、いい。 とりあえず一部的断片的に、書きなぐっておこう。

バーチャルと現実
 ある日記に教師の書き込みがあったけど、「「殺してやろうと思った」これはバーチャルだなと思った」と。
 学校がすでにバーチャル空間になっているそうだ。
 人間が集まって社会を作り、そこにリアルが発生する――どころか、妄想空間がひどくなっている、というわけ。

 ことばのまともな使いかたさえ知らぬままに、それを振り回す。
 ことばも暴力だというが、現実は使い方しだいでなんでも暴力だ。
 親切に相談に乗ったあげくに、「支配しようとしている」などと言われることもある。

 バーチャル空間がなんであるか、が問題というより、現実の大人達は、バーチャル(ほんとの根拠を持たない世界)に対抗して現実を作り出すということを、知っているか、教えられるか?
 たぶん、なんとか無事で成長してくれれば、自分でわかってくると思っているだろう。

 バーチャルは誰の心にもあるし、それを指摘しているはずのバカの壁作者・養老氏でも、僕から見れば自分のバーチャルに浸ったやり方で意見を作っている。(だから僕は気に食わない)

 (殺人趣味と脳)
 人殺しに強い関心を持っていたのは、それが現代の流行だからというほかに、バーチャルだから・・・というか、刺激的なものが強い印象を与えるのは子供だから。
 実際15才以下禁止というDVD指定は正しかったのだ。たとえ生きることへの強い探求心があったとしても、脳神経の柔らかい子供が耐えられるとは限らないという証明がここにある。

 バーチャルな危険を軽んじた尊重の結果、15才以下禁止は破られた。この子が始めてバトルロワイヤルに興味をもったのは9才か8才か。
          
心の闇
 どこまで子供の、口汚さの習慣化した世界にいる子の「苦汁」表現を信用できるのか。
 まして、ちょこっとした文では本気にする方がおかしい。
 この子はいろいろ「中間」と言ってたのだから、正常な視点も持っていた。一方でやたら汚いことば使いの世界にもいた。

 リアルだったのは、この子の悩みではなく、大人びた苦しみのことばがあまりにも似合ってしまう現代の子供のことば環境の方だろう。
 心の微妙さがかんたんに弄びに使われる環境が、心の闇がリアルさをもってしまう背景だ。

親の問題
 親が子供の心をわかっていなかったとか、結局従属させているとかいう批評などもある。
 ではどうしたらよかった?
 他の子が、「厳しそうな親」に思ったというその子の親はふつうなのか? 他の現代の親はふつうなのか?

 可能性としては、たぶん逆だ。
 まともな親が子供をまともに育てようと思ったから、子供はバカな親たちに育てられた他の子との間にギャップを感じ合うことになった――だろう。
 小さい子がそのギャップを感じ合いながら育てば、よくわからない葛藤を抱え込むだろう。

 それが追い詰めることになったとは思わない。
 追い詰められたのではなく、欲求の強さがバーチャルに向かっただけだろうと思う。

 (それは他人を軽蔑する成り上がりたがりかもしれない。皮肉なことに。)
        
ネット
 どんなやり取りがあったかと思ったら、ただのワンパターンのいじめだった。
 ネット上だから、被害者の子もその程度と思っていたのだろう。
 なにせバトルロワイヤルの愛読者だ。この程度でどうこうなるはずがない。どう見たって、人間の痛みを実験に使って遊んでいるのは同じじゃないか。

 しかし、女児にはバーチャルと現実の違いとは、場所の違いしかなかった。
 この場合、知り合い同士だから、現実のいじめと同じである。ただ、現実のいじめよりは程度が軽い。

 違うのは、この子がその世界に積極的だったことだろう。
 あまりに早く、バーチャル世界に生きようと思い込んでいたことだ。
 殺人の匂いのするものを愛読してまねて作家になりたがる、・・安易な成功法だが。
 夢を持つことが現代の子供のリアルらしい。

 現実に生きる世界を挫折させられたかのような感覚があったのだろう。それも現実に近い感覚でではなく、バーチャル世界を生きる者の感覚で受け止めた。
 あとはバーチャル世界人格が現実人格に融合しつつも動き回っていた、ということか。

 いまは、ふつうに生きていければいいと言ってるそうだ。 


 ネットはしょせんネットだ。
 しかし、周囲への軽蔑を持ち、言葉の世界で生きたがった子にとって、それは現実よりもリアルだったのだろう。

 犯行後に自分で醒めたらしいから(よく知らないが)、まるで、スイッチが入る、済んだ後はスイッチが切れる、みたいな感じじゃないのか。

現実状況
 現実はすでに確固とした支配力をなくしている。
 それがなくなったからこそ、バブルがあり、世界的なデリバティブの混乱があった。今もグローバリズムというわけのわからないものが、儲けの数字だけを理由に世界を振り回している。

 この世界に新しくやってきた世代の子供もが、何を現実と取るか、わかったものではない。
 子供の信用できなさはひどいものがあるらしいし。

世代と少年法
 直接この場合に役立つかどうかは知らない。
 ただ、法的な罰の対象になれば、子供に対する保護者の罰も必要なものとされるだろう。 
 すると、全体にしつけが広がる。
 子供が子供同士に対して保護されやすくなる。

 保護してもらえるというのが、必要な現実感じゃないのか。
 それがなしに、立派な価値観があるといっても、それは快感としてしか子供に与えられないのではなかろうか。いいことをするのが快感、悪いことをするのは不快感、・・・というだけで世界が良くなるのと思うのは、もともといい時代に育った人間の個人的視野なのかもしれない。

 小学校という小さな子供もいる環境の中、何日も授業を受けながら、この子は「自分はたった11年しか生きていない」ということに気づきもしなかった。
 確かに、学校はバーチャル化しているようだ。
 
 バブルの頃に聞いた話だが、
 先生同士のいじめで(原因は日教組の手当ての問題)、集団でシカトされている先生のクラスの子供にまで他の先生たちは無視をしたそうだ。
 あまりにも幼稚。しかもこれは田舎の話である。

 これでは、学校でリアルよりも妄想を教えられるかもしれない。

単純なことば
 現実とは、人を支配しようとするもの、というニュアンスが強い。
 だから、人は現実ということを価値を低くとらえ、つごうが悪いときにはしっかり見ろという。
 現実に対する負け犬意識でものを語っていそうだ。

 やはり、リアルとは「精神≒心の形」なのだろうか。

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 とりあえず、まとめずにUP。


トラックバック先
恐るべき子供たち 
現代社会と子供社会







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最終更新日  2004年06月07日 00時40分23秒
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