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カテゴリ:父の入院・葬儀・片付け諸々の事
早いものでもう7月。
2014年も半分が終わりましたね。 7月1日は父の誕生日でした。 そして父の二・七日でした。 昔の事ですから本当に7月1日に生まれたかは訝しい。 6月終わりとか7月を数日過ぎてとかだとキリが良い7月1日に誕生日を設定してしまうのが昔は当たり前だったとか。 父がもう少し長く生きられたら92歳のお誕生日を迎えられましたが、そうなると今年は初盆から外れたんじゃないかと思います。 確かめてないけど。 今年は母の27回忌ですから父の初盆と一緒に供養してあげられて良かった良かったって気持ちです。 亡くなった18日は私の生まれた18日と被りました。 病院の先生は17日の呼吸の状態から見ると18日の未明にかけて亡くなる可能性が高いからと仰ってましたが、確かに薬を入れ続けてなければ18日の夜明け前に亡くなった可能性もあります。 たまたま「誤嚥性肺炎の疑い」で入院していなかったらもっと早い時期に自然に血圧が下がり「朝起きてこない→大往生でした」というパターンになっていたと思われます。 そうしたら父のお祖父ちゃんと同じ日に亡くなっていたかも知れません。 17日が危ないと言われて付き添いになったので17日に亡くなっていたらワンコと同じ17日で絶対に命日を忘れなかったでしょうw いや、私の誕生日の18日なんだからそれこそ忘れようがないわw しかも父の誕生日が二・七日に当たるなんてビックリです。 1月に兄が父の体重が減ってだいぶ悪いと言ってきたけれど今になって考えたら2月18日の私の誕生日辺りが命日になりかけていたのかも。 仏様がいくらなんでも誕生日と父親の祥月命日が同じではこれから先お目出度くない誕生日になってしまうからと4ヶ月引き延ばしてくれたのかも知れません。 5か月引き延ばしても良かったけど今度は27回忌の母がせっかくなら自分の回忌と父の初盆を合わせたいと願ってこの6月18日という日を選んだのかも知れません。 事の真相はわかりませんが色々な偶然が重なって父は自分の誕生日を霊界に向かう途中の二・七日の供養で祝ってもらった事になるかな?? そして命日は忘れようがない18日で「なかなか首尾良くいったもんだ」と笑っているかも知れません。 父が亡くなってから左膝が腫れて正座が難しくなったんですが全く曲がらないわけではなくて曲げるとひざ裏にタオルでも挟み込んでいるような厚ぼったい感じがしてしかも結構痛い。 おかげで仕事がやり難くて困っています。 しゃがむのが当たり前の仕事だから膝にきたのかなあ…。 足裏も腫れているのがまた痛みが増したし左足…腐り始めてないか?? 仕事中も簡単な手順や物事を忘れる事が多くて…ボケですか?? 前回の脳ドックから3年くらいになるので今年は改めて梗塞が拡がってないか検査するかな。 いつ死んでも惜しい命ではないんだけど、死ぬまでは元気にバリバリ働けないと困る。 まだ父の供養が落ち着くまでは私がボケちゃあ困るのよw とりあえず二つ目の関所を無事に通過できていることを祈り、次の関所も何とか超えて欲しい。 そうやって関所を一つづつ超えることが出来たら初盆には母と一緒にお浄土でお茶出来るでしょうか。 そうそう、葬儀の終わりのお別れの時に葬儀会社の方が「92」の数字ロウソクを飾った15cm位のケーキをプレゼントしてくれたんです。 お棺に入れさせてもらって「お母さんと誕生日にお祝いしてね~」と送り出したんですが、あのケーキはお盆にお浄土に上がる時の良い手土産になったでしょう。 きっと母があのケーキを食べたくて父をお浄土に上げていただけるようにみ仏様にお願いしてると思いますw こんな妄想で和めるのも葬儀会社の方の気遣いあっての事。 父の入院した病院も良かったし、葬儀を頼んだ会社もお葬式をしてくれたお坊さんも良かった。 院号戒名は良かったどころかこれ以上は願えない素晴らしい美しい戒名で羨ましいw こういうことを総合して考えたら父は私には渋い人でしたがそういう何か徳を持った人だったんだなと思います。 父の穏やかな可愛い死に顔を見ていて浮かんだ「信頼」「感謝」「愛情」を忘れないでまた次の三・七日に向けて頑張ります。 三・七日は目の前です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年07月04日 02時11分02秒
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