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カテゴリ:父の入院・葬儀・片付け諸々の事
具合が悪い→死んじゃったまでがアッと言う間だったのと入院中から兄がアテにならんのでバタバタしていて気が張っていたからあまり寂しさを感じませんでした。
さみしいよりあの父によくもまぁ本山からあのような素晴らしい院号戒名を戴けたものだと感激して通夜も葬儀も初七日もよろこび感がありました。 昨日が忌引きの最後の休みで部屋の掃除をしてましたがあまりのゴミの量と汚さに眩暈がしても目の前の事に気を取られていたからさみしい感じはありませんでした。 今日仕事に行って会社の上司と同僚に挨拶して、昼の休憩では同僚有志からのお供物料まで戴いて大変恐縮しましたが、数人の同僚に父の最後の様子を話しても淡々とした気分でした。 それが深夜になるにつれ、だんだんさみしい気持ちが大きくなって来ました。 兄は父の世話がいい加減だったとは言え毎日の食事や病院の付き添いなどはしてきたので今頃は父の世話をしないで済む事が父がもういない事を毎日再確認する事になるわけで、その事を考えてからさみしくなりました。 私は父のところに足繁く通ったりしていないから状況は遠くに住んでいるのと同じなんですけどね。 兄は寂しかろうなあと。 そんな気分が伝染して来た気がします。 実際、今の私のベッドの横に父のお骨もあるし、お仏壇もありますから私は父の身近にいるんですけどねww ま、このさみしさが通常運行に戻って気の張りが解けたと言う事なんでしょうね。 父の死が遠い過去になった頃、兄にさみしさを感じたのはいつ頃だったか聞いてみたいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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