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テーマ:小説日記(233)
カテゴリ:LOVE
「どうぞ。」
サチコの前にオレンジ色のカクテルが差し出された。 一口飲むと乾いていた喉が潤っていった。 おいしかった。 すこし落ち着いてきた。 と同時にいろいろな事が頭の中でグルグル回っていた。 どうしてこの人名前覚えていたのかしら・・・・。 このお店何となく来た事ある、って感じだけど・・・って実際に来たのよね。 やっぱり酷く酔ってしまったんだわ・・・。 きっとお店の人に迷惑かけたのかもしれないわ・・・。 客が一人、また一人と帰っていき、サチコ一人になってしまった。 「もう一杯いかかですか。」 気づくとグラスは空になっていた。 時計を見るともうすぐ8時だった。 「じゃ、アプリコットクーラーを」 バーテンの動作は無駄が無かった。 190cm近くある長身な身体はカウンターの中で存在感を持っていた。 精悍な顔立ちに見惚れそうだった。 思い切って2日前の事を聞いてみよう、と思った。 「どうぞ」 2杯目のカクテルがサチコの前に差し出された。 「あの・・・。どうして私の名前覚えていてくださったんですか?」 「幸せな子、と書いて幸子。サチコです。2日前にお客様が私にそう教えてくださいました。」 顔面が赤面してくるのを感じた。 「私、あの日、かなり酔ってしまったみたいで何かご迷惑かけませんでしたか。」 「いえ。」 動作もそうだが、言葉にも無駄が無い。 「私、何を話していたんでしょう?さっぱり覚えていないんです。こんな事初めてで。実はここのお店の場所も覚えていなくて。同僚に教えてもらって、また来たんです。覚えていないなんて、なんだか気になってしまって。」 一気にそこまで言うと、少し沈黙が続いた。 「お客様、あの日は気持ちよく酔っていらっしゃっいました。30を迎えたのに今は恋人も居ない。あと、お仕事の事とか。生い立ちについてもお話してくださいました。産まれてすぐ、ご両親が事故でお亡くなりになって、祖父母に育てられたが、その祖父母も今はいない、と。」 バーテンは簡潔に教えてくれた。 そうか・・・。 そうだったんだ。 私は自分をさらけ出してしまったのだ。 普段閉めていた重い扉を、お酒と、この人によって開けられてしまったのだ。 きっと、泣いて崩れてボロボロになったしまったに違いない。 サチコは後悔した。 恥ずかしさと悔しさと・・・いろいろな感情が入り混じった気持ちになった。 サチコはうなだれた。 「お客様。人は誰かにいつも話を聞いて欲しいという願望があるのです。ずっとその扉に鍵を掛けている人ほどその欲求は強いのです。お客様。あの日の事はお客様の失敗ではありませんよ。」 その声は優しかった。 「ありがとう。」 サチコはそう言って立ち上がった。 「またいらしてください。」 バーテンは優しい目をしていた。 哀れみでも同情でもない、優しい目だった。 「今日は来てよかったです。また来ます。」 サチコはそう言って店を後にした。 外はいつも通りの寒さだったが、それぼど寒さは気にならなかった。 <つづく> 面白かったらクリックしてください → 人気blogランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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