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「マイマイ新子」に関するつぶやき勝手に映画批評、たま~に更新 [全1395件] 突然ですが、当ブログ「狂人ブログ~旅立ち~」、本日を持って更新を停止させていただきます。 この度楽天ブログのTB全面廃止を受け、まがりなりにも映画レビューを書く者として致命的とも言えるこの状況に対し、検討の結果、今回の決断に至りました事を、どうかご理解くださいませ。 ブログを始めて約3年半、当ブログのおかげで出逢えた方、知り合えた方もたくさんいらっしゃいますし、経た経験も少なくありません。 開設以来、一日も休まず書き続けた事もあり、非常に愛着のあったブログだけに、今回の事態と楽天の対応には、遺憾を通り越して、とても残念な気持ちでいっぱいです。 当面は、ここをアーカイブとして残しつつ、以前登録しておいたアメブロの方に移転いたしますので、今後はそちらを当ブログ同様、気に入っていただければ幸いです。 それではみなさん、長い間ありがとうございました。しばしの別れ!! 追記:新ブログ、プレオープンしました! 「新・狂人ブログ~暁は燃えているか!~」 最終更新日時 April 10, 2011 10:38:13 PM
![]() いよいよ旧カネボウ(現・ベルポリエステルプロダクツ)工場内へ。 ところで、この辺り一帯は今も鐘紡町という名だが、企業と町名、どっちが先なのだろう。東京の恵比寿町のように、エビスビールの工場があったからという例もあるので、一概には言い切れない。今度行ったとき、聞いてみよう。 ![]() ![]() 何度かは補修・交換はされているだろうけど、工場と工場をまたぐ配管も、当時の形のまま。会社が変わった今も、使われているのだろうか。 ![]() ![]() 正門に到着。作中で紙芝居をやっていたのはこの辺り。かつてはここに、町があったんだなぁ。 ![]() そして一行は、貴伊子ちゃんの家のある社宅へ。 ![]() ![]() 写真だとすっごい分かりにくいけど、あのアーチ型のオブジェも健在。作中では花が咲いてたけど、今は松が生えてます。 ![]() ![]() 錆だらけだけど、ブランコもそのまんま。コレも、昭和30年からここにあるのかな? ![]() ![]() 写真の位置が、ちょうどクマがいた辺り。という事は、その隣が我々の最終目的地である貴伊子ちゃんの家なわけだ。ようやく辿り着いたぜ、ヒャッホーーイ! …と、思いきや、今は空き地。まあ、前回来た時と、おんなじなんだけどね。 しかし、ここまで歩きながら思ったが、大都会・東京に住んでいた女の子が、母の死のショックも覚めやらぬ時期に、いきなりこんなド田舎に連れて来られたら、さぞ心細く、人見知りにもなるのもムリはあるまい。 まして、お世辞にも身奇麗とは言いがたい、野生感丸出しの同級生たちなど、誤解を恐れずに言えば、得体の知れない山猿か何かにしか見えなかったのではないか。 そう考えると、なるほど、あの時貴伊子ちゃんが、シゲルに素直に謝れなかったのも、少しは頷ける(もっとも、あれは8割ぐらいシゲルが悪いと思うが…)。 察するに、新子ちゃんに秘密の博物館を見せてもらった時、貴伊子ちゃんは正直、そんなに興味がなかったように思う。 原作を読む限り、もともとの貴伊子ちゃんはもっと活発な女の子だったようなので、それを踏まえると本作は、慣れない環境に徐々に順応し、いつしか本来の自分を取り戻す少女の物語という捉え方もできる。 こういう様々な切り口で楽しめるのも、本作がいかに作品として優れているかの証明といえる。まったく、恐ろしい映画に出逢ったもんだ。 さて、ムダ話はこのくらいにして。 ![]() 探検隊を終えた一行は、すっかり重くなった足を、最後の地点へ向ける。 ![]() 皆さんご存知、ロックシティ防府に到着。今回も、お世話になります。 入り口付近で、東日本大震災の義援金を呼びかけるボーイスカウトの少年少女を、時々募金しながらもかわしつつ、我々が通されたのは、前回同様、2階の会議室。 ![]() 席に座ると、我々に配られたのは、記念品と完歩賞。今回は、組み立て式だぜ(笑)。 ![]() 主催者さん側からの注意事項と、監督のありがたいお言葉をいただき、マイマイ探検隊5も無事終了。 ツイッターや当ブログでお世話になっている方々に挨拶し、解散となった。 ここに集まった参加者の方々とも、「マイマイ新子」がなければ、一生出逢わなかったに違いないと思うと、実に感慨深い。 今回、2度目の探検隊参加をしてみて、新子ちゃん達の世界と、なぎ子ちゃん達の世界、そして我々の住む世界は、時間を越えてシームレスに繋がっているのだと、改めて感じた。 できれば我々と同じように、100年後、1000年後の人達にも、全ての時間が一つに繋がっているというこの奇跡を、この映画を通じて体感していただきたい。 また本作を観て、心に何か引っかかるものがあったという方も、是非一度防府に訪れ、新子ちゃんやなぎ子ちゃんが駆け回ったこの地の空気に触れていただきたい。きっと、自分の生まれ育った町の何気ない景色の中に、キラキラと輝く何かを発見できるはず。 前回も書いたが、同じ作品を通じて巡り会えた人達と、この地をともに歩けるのは、何物にも替え難い至福の時であった。 次回、秋開催予定の探検隊6にも参加予定なので、その際はまたよろしくお願いします。 これにて、「マイマイ探検隊5」報告は終わり。 それじゃ、明日もここにおるみんなで笑おうや!! マイマイ新子と千年の魔法 【送料無料】メイキングオブマイマイ新子と千年の魔法 ![]() オマケ。同日、ロックシティ防府で開催されていた模型展にて発見。 これで千古は、グサッグサッと鬼払いしたわけですね(違)。 最終更新日時 April 09, 2011 0:24:44 PM
![]() 午後の部スタート。新子ちゃんの家を目指し、今来た国衙の史跡手前の十字路まで、移動開始。 ![]() さっきは南に向かった道を、今度は東に向かって進む。 ![]() 途中、貴伊子ちゃんが思わず「う~、苦っ…」ともらしたイタドリと、「マイマイ新子」と国衙の象徴・青麦を発見。しきりにカメラのシャッターを切る人が、多数見受けられた。 そこに暮らしている人にとっては、何でもない風景に違いないものが、まるで宝物のように写る。特別な場所じゃなくても、実はどこにでもある、ありふれた草花や景色の中に、四季折々の美しさ、その土地ならではの色彩が秘められている。 そんな事に気づかせてくれるのも、本作の、あるいは「千年の魔法」の魅力なのかもしれない。 まあ、ムダ話はさておき。 ![]() ![]() 冒頭のワンカット、「え~ん!お姉ちゃんのバカタレ~」の前にチラッと登場する祠。しかしこの辺りは、やけに祠が多いな。やっぱり佐波神社や天満宮が近いからか? ![]() ![]() ![]() 千年前からある丁字路。 余談だが、吉村さんが乗っている通称「バタバタ」。うちの父方の祖父が生前、自分は本田技研工業より先にアレを発明していたと豪語していたが、だったら何故本田宗一郎より先に特許を取っておかなかったのか。 もしかしたら今頃、うちの名字を冠した車が世界中の道路を走り回り、小生はそこの御曹司として悠々自適の生活を送っていたかもしれんが、なにせ小生の父が生まれる前の話し。 真実を知る張本人と祖母はすでに他界し、他の一族の者は誰も信じていないので、…まあ、それ以前に多分ウソなので、問題あるまい(エ)。 だいたい、もしそうなっていたらと考えるだけで、寒気がするわ(笑)。 閑話休題。 で、いよいよ新子ちゃん家に到着、…かと思いきや。 ![]() 新子ちゃん家は、今も一般の方が住んでらっしゃるためか(ちなみにその方を、小生は存じ上げていたりする。いつもお世話になっております)、具体的な場所までは教えてくれなかった。ちぇっ。 写真の場所から、半径数m内という事なので、「メイキングオブマイマイ新子と千年の魔法」に収録されている設定資料と照らし合わせてみれば、だいたいの位置が割り出せるとは思うが、住民の方の迷惑になるので、ムリに探さないように(笑)。 探検隊もそろそろ後半に差し掛かったところで、次の場所へ移動。 ![]() ![]() 家出した新子ちゃんが、タツヨシの家まで走るシーンで、やはりワンカットだけ登場する祠(左側の、黒い小さな小屋みたいなヤツね)。 そういや小生も子供の頃は、よく家出したなぁ(エ)。自転車漕いで、ものすごい遠くまで走ったつもりだったのに、今考えると家から車で30分ぐらいのところで野宿しようとして補導されたもんだ。 最近の子供達は、家出とかした事ないのかな?盗んだバイクで走り出したりとか(ダメです)。 …今回は余談が多いな。ともかく、再び南に向かって移動する一行。 ![]() 埋め立てられた海についての説明…している写真を撮ったはずなのに、なぜかどこにも残っていない罠!おかしい。ツイートもされてないし、どこに行ったやら…。 さておき、畑を突っ切り、勝間神社へと向かう。思えば久しぶりに、こういう土の上を歩いたよ。 (注:ちゃんと承諾は得てます。多分) ![]() かつて旧山陽本線が通っていた場所。砕石は、その名残り。そしてその脇には…、 ![]() ![]() ザッブーンザッブーン、の勝間神社に到着。「その2」で書いたとおり、ここの御神体は、佐波神社に移されたそうな。本編にも描かれている石碑に、なにやら説明文らしき事が書いてあったけど、漢文のうえに旧字体のため、さっぱり読めなかった…。 ![]() 敷石の間から生えたイタドリを引っこ抜き、ムシャコロ食べだす参加者の皆さん。中には草笛をピーピー吹く方もいらっしゃり、こういう遊びはいつの世も普遍なんだな~としみじみ。 ![]() 次の目的地へ向かう道の途中、船所橋なる橋を発見。名前のとおり、昔はこの辺に船を停めていたそうな。かつてここが海だった事の、証のような橋なわけだ。 ![]() かつて貨物用線路が敷かれていたという道。今はすっかり舗装されて、面影なし。 と、ここでアクシデント発生。ツイッターアプリをつけっ放しにしていたせいか、ケータイの電池残量が、10%を切る。 すぐさま、非常用に持ってきた充電キットに繋ぎ、事なきを得たが、途中の「お旅所跡」の写真が、一枚も撮れず。 そういえば、前回もここの写真は全く撮れなかった気がする。何か、道真公の逆鱗に触れるようなことしたかな、小生。 そこからテクテクと歩き続ける事、数分。ようやく電池が回復してきたところで、タイミングよく次の目的地に到着。 ![]() 毛利家の船倉跡。毛利家当主が参勤の際は、萩から陸路でここまで来て、御座船で瀬戸内海に漕ぎ出したという。 パネルを持っているお姉さんが、結構フラフラなのはご愛嬌。 ちなみにこの後ろ側は公園になっており、この時も親子連れやお子達が数人、キャッキャと遊んでいた。そのうちの一人が、フェンス脇に生えた草を目ざとく見つけ、「これ、食べられる草じゃ~」と言いつつ、ムシャムシャ食べだしたときは、正直ちょっと驚いた(笑)。 イタドリかどうかは確認しなかったが、今の子供も食べるんだ…、草。 ![]() 入り組んだ住宅街を抜け、次に我々が向かった先は、 ![]() ![]() 新子ちゃんとタツヨシが、明日の敵討ちにやって来た港開地の入り口。今はまったく普通の住宅地で、酒飲んで暴れる常連客も、ハーモニカ吹いてる傷痍軍人も、当然ハリキリ娘も見当たらない様子(当たり前)。 ![]() 位置的に言うと、タツヨシの家はここより北側(つまり、写真から見て真正面)にあるので、二人は外のあぜ道を、大回りしてやってきた事になる。 ちなみに、ここに出てくる外人達はアメリカ軍ではなく、スウェーデンかどこかの軍隊らしい。(詳しい国名は忘れちゃったなぁ。どなたか、ご教授願います)。 さて。そろそろ参加者の疲れもピークに達しようかという頃、ようやく最終目的地が見えてくる。 ![]() 旧カネボウ前にして、新子ちゃんが貴伊子ちゃんに初めて声をかけた踏み切りがあった場所…なんだけど、ここもなぜか写真が消失してしまったので、本編の絵だけで勘弁。 ![]() ついに、旧カネボウ内へと足を踏み入れる探検隊一行。目指すは、最終目的地「貴伊子ちゃんの家」。 しかしそこで、我々は衝撃の事実を知る事となるっ!! …つーかコレ、前も書いたな(笑)。とりあえず、今回はこの辺で。 最終更新日時 April 08, 2011 9:46:22 PM
![]() 小休止を終え、毛利氏庭園の駐車場を後にする一行。 ちなみにこの毛利氏庭園、今でこそ一般公開されているが、新子ちゃん達の時代はまだ私有地だったそうな。 詳しい説明は、コチラの公式HPに丸投げゲフンゲフンもとい任せるとして、思っていた以上にかなりすごい物らしい。中は博物館になっているそうなので、今度防府に行く機会があったら、見に行こう。 さて、そこから歩く事、距離にして数100m。早くも次の目的地に到着。 ![]() ![]() 「ドカン知らんかったん?貴伊子は」の祠。参加した方々が我先にと座り、新子ちゃんと貴伊子ちゃんの気分を味わおうとする一幕も。 ![]() ![]() 遠くにそびえる多々良山とゴルフ場について、解説される監督。本編ではものすごい山道を登っていった印象があるが、実は三角池からゴルフ場間での距離は、そんなに離れてないらしい。 あーしかし、これでドカンがあったら最高なのになー、なんて事を思いつつ、一行は次の目的地(といっても、目と鼻の先)、国衙の史跡公園へ。 ![]() ![]() と思ったら、やってんじゃん!!ドカン。 思わぬサプライズに、参加者から歓喜と快哉の声が上がる。 ![]() ドカン完成の瞬間。こんなときは参加者の皆さん、目をキラキラ輝かせてのぉ。 ちなみにこのドカン、一般的にはポン菓子と呼ばれているが、実はゴマ以外の穀物なら大概作れるらしい。 ならば、地元の麦を使った「マイマイドカン」とか作って、うめてらすか防府駅の売店で売ったらいい商売になるんじゃないかと、一瞬汚い大人の考えが浮かんだが、そもそも今防府で麦を作っている農家がほとんどない事に気づき、あっさり断念する。 ![]() ちぇ、せっかくのビジネスチャンスが…。 気を取り直して。 ![]() ![]() 国衙の史跡をバックに、国庁についての説明。本編のラストカット、なぎ子ちゃんと千古が草笛を吹いていたのも、実はここだったりする。 ![]() とか言ってる間に、なんとアクシデント!史跡の囲いが取れた!! つーかこれ、元から取り外しできるようになっていたようで、別に壊したわけじゃないんだと、一同一安心。まあ、誰が取ったかは、あえて言いませんが(笑)。 ![]() 今回もひっそりと登場、ひづるのお墓。 ![]() どういう縁かは存じ上げないが、日露戦争で使われた戦艦の大砲の弾頭も、ここに奉納(?)されてたりする。 この弾頭を見ながら何気なく「そういえば、マンガとかで見る昔の大砲の弾って、全部球体でしたのね?それがいつ頃から、こういう円錐状に近い形になったんでしょうかねぇ」などと口にしてみると、近くにいた参加者の一人が「ああ、それはライフリングが発明されたからですね」と、事細かく説明してくださった。 いやはや、長年の疑問が、こうも容易く解決するとは。恐るべし、マイマイ新子(エ)。 そろそろお昼ごはん時かな、という頃、一行は午前の部最後の目的地へと移動する。 ![]() ![]() 史跡から数十m。バス停そばの商店。ちなみに道路をはさんだ向かい側には、ユニクロがあったりする。 ![]() ![]() 車の陰に隠れて見えにくいけど、国衙の停留所もバッチリ健在。 もう数m、南に進むと、 ![]() ![]() ![]() 水門のあった場所…なんだけど、なぜか写真に写ってないっ!!でも、山の形と道の作りで、だいたいココだって分かるよね?ウン。 ちなみにココは、千年前のなぎ子ちゃんになった貴伊子ちゃんが「多々良山、おんなじ形!」と言ってた場所でもある。 これを書いていてハッと気がついた。そうか、なぎ子ちゃんは新子ちゃんの空想から生まれた女の子だけども、実は貴伊子ちゃんの心の具体でもあるわけだ。 だから最後は、友達を想う二人の気持ちがシンクロして、一つになったのか。 一年以上も前から既に10回も劇場で観ているのに、まだまだ気づかされる部分があるとは。まったく、本当にフラクタルな映画だ。 さておき、ここで午前の部は終了。一行は昼食を取るべく、すぐ近くの会館へ。 ![]() お待ちかねのお弁当タイム。原作に登場する、昭和30年代のメニューを再現したお弁当に舌鼓。クジラ肉が入ってなかったのが残念だけども、美味しいのでオールOK。 ![]() ![]() 近くのコンビニに、お茶を買いに行ったついでに撮影。かつて、なぎ子ちゃんの、否、えりゃ~人のお屋敷があったとされる発掘場所。実際に発掘調査がされたのは、本作のロケハンが行われた3、4年前頃で、昭和30年代は手付かずだったそうな。 と、小生がちょっと席をはずしている間に、会館内ではウィスキーボンボンが配られ、みんなで乾杯していたと、後から聞く。 い、いいもん!!今は禁酒してるから、別に欲しくなんかないもん!!(超強がり) ![]() 腹も膨れたところで、午後の部スタート。一行は一路、新子ちゃんの家のある方角へ! (その4に続く) 最終更新日時 April 07, 2011 10:41:00 PM
![]() さて、一行が辿り着いたのは、「リアルマイマイ新子」こと原作者・高樹のぶ子先生の母校であり、新子ちゃん達も通っていた松崎小学校。 HPによると、明治6年に宮市町の芦樵寺を教場にして、前身である「宮市小学」が開校。 明治9年、現代の場所に移転。その際に、今の校名に変わったという。 なお、昭和30年当時は木造だった校舎は、昭和53年から56年にかけて、現在の鉄筋3階建てに改築されたそうな。 ![]() ![]() で、こちらが当時の正門。今は別に場所に、新たな正門が設けられているそうな。 ![]() 学校について説明される片渕監督。グラウンドでは、少年野球チームと思しき生徒達が、一体何の集団かと訝るような視線をこちらに向けている。 いいんだ、別に疚しい事してるわけじゃないし。つーかこの中には、君達のOB、OGもたくさんいるんだよ。 新子ちゃんが緑のコジローと競争していた水路に沿って、次の目的地へと向かう一行。 ![]() 途中、アヒル小屋があったとされる場所や、二宮金次郎像を発見。新子ちゃん達も、アヒルの世話をしたり、二宮像に落書きしたりして遊んだんだろうか(ダメ)。 ちなみに、この奥の方に、ひづる先生が手紙を燃やしていた焼却炉があるそうな。卒業生の方によると、もともとこの水路脇に設置されていたが、ダイオキシンが発生するじゃなんじゃの理由で、移動したんだとか。 ![]() ![]() 景色こそ変わってしまったけど、新子ちゃんが貴伊子ちゃんを尾行した道も、ほぼそのままの形で残ってます。 ![]() ![]() ちょうど写真の奥辺りが、新子ちゃんが農夫のおじさんに「あぶねぇでよー」と注意される場所。ちなみに、その農夫の声は片渕監督ご本人。 で、本当はこの後、松崎と国衙の境の場所や、水路についての説明をされたのだが、持病の腰痛が悪化して蹲っているうちに、写真を撮り忘れるという大失態をさらしてしまう。 やはりロキソニンを持ってきとけばよかったと、後々激しく後悔。次の探検隊6では、必ず!必ずッッッ!! ![]() さておき。次の場所に向かう途中、広場に咲いた白タンポポを発見。ちょっとした野草撮影会に。 そういえば、前に来た時は秋だったので、花など彼岸花ぐらいしか咲いてなかったような気がする。四季折々の美しい自然の、何気ない変化を楽しめるのも、本イベントの醍醐味の一つかもしれない。 ある意味これも、千年の魔法がなせる業か。 などと、いらん事を考えているうちに、一行はズンズンと進む。 ![]() 国衙の北西隅跡を過ぎると、そこにあったのは…、 ![]() ![]() 蔓のハンモックのモデルとなった木。本来なら、新子ちゃんの家を近くにある設定だが、監督がこの木の形を気に入り、本編に採用したのだとか。 ![]() そこから徒歩数秒、佐波神社に到着。 実はこの神社、見た目はこんなだが(失礼)、かなりすごい神社らしい。なんでも、この辺り一帯の御神体を総括した、いわばオールインワン神社らしく、後に登場する勝間神社も、ここに御神体が奉納されているとか。 ![]() ![]() ジャンケンもってすっちゃんホイ!なんてやりながら、石段を登っていくと、 なにやらお祭りの真っ最中。聞けば、「同期の桜」で知られる防府出身の作曲家・大村能章先生(1893~1962)の功績を称えたモノなんだとか。 うーん、不勉強なので、まったく存じ上げなかった。 ![]() こちらが、その記念碑。これも探検隊のイベントかと思って、普通に聞いてしまった(笑)。 ![]() 振舞われた桜茶と一緒に、熱々のコロッケを食らう。しかし、相変わらずデカい手だな、小生(笑)。 ![]() ![]() そろそろ移動。ちなみに写真の辺りが、シゲルとヒトシがダムを作ろうとしていた桑畑の場所。 ![]() 次の場所へ。と、その前に、毛利庭園の駐車場で小休止。天満宮同様、なぜこんな立派なお屋敷が、本編に登場しなかったかというと…、 おっと。今日はもうこんな時間なので、続きはまた明日。 最終更新日時 April 06, 2011 9:21:31 PM |一覧| |